ただ一つだけ

レクフル

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迎えにいく

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 今日も少しの休憩時間だったが、俺はまたジルの元まで来てしまった。

 離れている時間が長くなればなる程ジルへの想いは募っていくばかりで、四六時中ジルの事を考えてしまう日々が続いている。

 こんな事は初めてだった。もちろん、俺にも恋愛経験はある。侯爵家だからか、近寄る女も多かった。まぁ、そんな女は俺が平民出身と分かると大概離れていったが。

 それでもと、俺に好意を寄せてくれた人もいて、密かに恋人として付き合っていた事もあった。だが結局はその人は、親が決めた婚約者と結婚してしまったが。
 貴族ではそれが普通だから仕方がないと割りきってはいた。

 市井にもいたな。平民だったが富豪の商人の娘とそう言う関係だった事もあった。俺が侯爵家だから萎縮していたが、俺は元は平民だし気にしていなかった。
 だが、それにレーディン侯爵家が難色を示したのだ。

 俺は何処かの下位貴族に婿養子となる事が決められていて、子が生まれた場合はレーディン侯爵家に養子に出す事も決められている。そうやって魔力を持つ子を残すのだそうだ。
 今はどの貴族に婿入りさせるのかを調整しているところらしいが。

 だからその時も商人の家に侯爵家が圧力をかけ、俺はその子と別れる事になってしまった。
 その時も仕方がないと割りきれたな。

 まぁそんなに多くは無いが、多少なりとも恋愛経験はあった。が、ここまで心を占領される程に想った事は無かった。

 会いたくて仕方がなくて、じっとしていられない。常に考えるのはジルの事で、俺がどうあろうとジルが幸せであればそれでいいと、そんな風に考えてしまう。
 あの笑顔がまた見たくて、この胸に抱き寄せたくてどうしようもないと言う衝動に駆られてしまう。

 って、思春期のガキか、俺は!

 そんな現象がずっと続いていて、俺はジルの元へ行く事をやめられずにいる。これも相手が嫌がっていれば立派なストーカーなのだが。

 こんな風になってしまう自分自身に驚きもあるが、あの状態のジルを放っておけないって事が大前提だ。
 あのままにはしておけない。どうにかして助け出さなければ。

 そう思いながらも、何も出来ずに搭にある窓を見上げていた時だった。またエルマが俺の所まで駆け寄って来たのだ。

 そしてその時にエルマから、俺はとんでもない事を聞いた。

 
「なに?! 眼を?!」

「はい……私もそれを聞いて陛下が恐ろしくなりました……ジル様は怯えてしまわれて……」

「なぜそんな事を……っ!」

「他国の交渉材料とするのだと……ジル様は嫌だと、見えなくなる事が耐えられないと仰られて……」

「当然だ! そんな事、許せる筈がないだろう!!」

「落ち着いてくださいませ、リーンハルト様! お気持ち分かります! 私も貴方様と同じ気持ちでございます!」

「……あぁ、そうだな……すまなかった」

「いえ……そこでお聞きしたいのです。前に言われていた、ジル様から受け取られた首飾りの効果は如何程の物なのかを……」

「それは……」


 俺はこの首飾りの効果を、分かっている範囲の事を話して聞かせた。エルマは信じられないと言った顔をしていたが、首から外してエルマに首飾りを手渡すと、受け取ったエルマが驚いた顔をして首飾りを見つめ、それからまた俺の顔を見た。


「何ですかこれ……何ですかこれ! すごいです! 身体中が何かに満たされていくようで、体力とかが溢れ出しそうな程で、凄く力が漲ってくる感じです! ですが、その力がすぐに首飾りに戻ろうとしているようですね……でも、なんだかこれを手離すのが凄く名残惜しいです……!」

「その首飾りは、多分俺の魔力と同調するように、馴染むようにしてくれてるんだと思うが、俺以外だとそんな風に感じるんだな」

「これがジル様の力……凄いです……!」

「あぁ。ジルは本当に凄い。本人はそんな力よりも、普通でありたかったようだが」

「そう思われるのも分かります。ジル様にされている事を思えば……ジル様に、この首飾りと同じような物を搭で働く者達用に施して貰うようお願いしております! ですから、私達の事を気にして頂かなくても大丈夫だと伝えております」

「そうか! なら早くここから抜け出して欲しいと告げて貰えるか?! 次に陛下が来るのはいつだ?」

「二日後でございます。ですからそれまでには……」

「では明日だ! 明日、必ず俺はここに来る! だからジルにそう伝えてくれるか?! 一緒に行こうと!」

「畏まりました! 必ずお伝え致します!」


 エルマはそう言うと、またすぐに走って去って行った。彼女のようにジルを思ってくれる人が傍にいてくれて良かった。

 しかし……

 眼を奪うとはどういう事なんだ?! なぜそんな発想になる?! あり得ない! 

 ジルを思うと心が、胸が痛くて苦しくなる。だがジルの方が辛いんだ。恐ろしくて震えているんだ。

 イザイアに会い、これからの事を告げる。それから王都で買い物をし、すぐに騎士達のいる街へと戻った。
   
 今俺は、ヴァルカテノ国のすぐ近くの国にある街にいる。明日この街を出発予定だ。
 
 自由時間が終わり、宿泊している宿屋一階にある食堂で落ち合い、点呼を取る。夕食を摂りながら、この街で気付いた事やヴァルカテノ国について聞いた事等があった場合は報告しあうのだ。

 俺はあの搭にいたから、この街の様子は殆ど分からなかったが、適当な事を言って誤魔化し、報告を終わらせた。

 次の日の朝、この遠征に就いた5人のリーダーであるアドルフが、俺達を自分の宿泊部屋へ呼び出した。
 これから出発と言う時に、皆がどうしたのか、と言った具合でアドルフの様子を伺っていると、騎士団長からの伝達が来て、これから王都に帰還しなければならないと言う。

 それには流石に皆が戸惑った。
 ヴァルカテノ国はもう目の前だ。今日にも入国できる筈なのに、何故? と困惑していたが、どうやら今になって、入国するのに大人数では怪しまれる、となったそうだ。

 で、ヴァルカテノ国に行くことになったのは俺一人となって、他の者達は王都へ逆戻りするように指令書が伝書鳥により今朝届けられたとの事だった。

 それを聞いて、皆が納得いかない顔をしていたが、誰より眉間にシワを寄せ憤った表情をしていたのは、俺を監視していた奴だった。
 でもこうなっては仕方がない。誰も納得は出来なかったようだが、仕方なく帰る他無かったようだ。

 納得出来ないのは当然だ。この指令書を届けさせたのは俺なのだから。

 

 
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