ただ一つだけ

レクフル

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修行

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 王都へ向かう。

 立ち寄る村や街の人々は本当に穏やかで優しくて、何処の誰とも分からない俺達にも親切に接してくれる。
 ここが戦争を仕掛ける国だとは思えない程だ。

 そうやって順調に二人で旅をし、俺達は王都に着いた。

 高い城壁に囲まれた王都ラフポルカ。

 そこは今まで見たどの国の王都よりも頑丈な城塞であり、ここに攻め込まれても簡単には崩されないだろうと容易に想像できる。

 大きく高い門には長蛇の列ができており、入るのだけでも一苦労しそうだった。

 俺とジルは冒険者に登録しているから、身分証明としてギルドカードを持っている。ジルは最底辺のGランクで、俺はDランクに留めている。あまり目立ちたくはなかったのでそうしているのだ。
 
 列に並んで門番にギルドカードを見せると、難なく入る事ができた。
 
 王都はやはり広くて活気があって、とても賑わっていた。東側に見える王城は大きく、遠くからでも分かる程に強固な結界が張られていた。流石は魔力に長けた国だと思わされる。

 ジルに
「あの結界、破れるか?」
と聞くと
「うん。多分破れる」
と呆気なく言っていた。流石だな、と思った。

 ジルと手を繋いで歩く。王都は行き交う人々が多く、その人々に俺達は見られているような感じがする。いや、俺達と言うより、ジルを見ているようなのだ。それはさっき、ここに入る為に並んでいた時からだった。

 これまでもそうだったが、ジルは冒険者の格好をしてるから男に見えている。それでも目を惹くのだろうか、あちらこちらからチラチラと視線を感じるのだ。

 俺はジルとしっかり手を繋ぎ、体を寄せて歩く。ジルは視線に気づかないのか、俺と密着しているのが嬉しいみたいで、時々俺の方を見てニッコリと笑う。
 だから今はその笑顔はダメなんだって!

 足早に歩き、適当な宿屋を見つけて入り込む。


「いらっしゃいませ!」

「一部屋取りたいのだが」

「おや……」

「どうしたんだ?」

「あ、いえ……そちらの方の髪色が聖女様と似ていたものだから驚いてしまってねぇ」

「え……髪色?」

「ほら、その白銀の髪! 綺麗だねぇ」

「聖女様もこんな髪色だったのか?」

「聖女様の事を知らないって事は、何処か遠くの国から来たのかい?」

「まぁ……そうだ」

「私も会った事はないけどね。以前国王様の側室だった聖女様の髪はね、白銀でキラキラ透けるように光ってね、見る角度によって色が変わるらしいのさ。虹色の髪って言われていてね。瞳も反射して綺麗で、色が変わって見えるらしいよ」

「なんだか神秘的だな」

「そりゃあ聖女様だもの! 白銀の髪をしているから、皆から注目されたんじゃないかい?」

「だからあんなに見られていたのか……」

「綺麗な顔をしているしね。今王都じゃさ、聖女様が帰ってきたって、皆が噂してるんだよ。だからその聖女様なのかと思われたのかもしれないよねぇ」

「いや、それは違う! ジルは聖女なんかじゃない!」

「ふふ……分かっているよ。聖女様は虹色の髪と瞳を持つんだよ。その子は虹色じゃないだろう?」

「あ、あぁ、そうだ!」

「虹色の髪と瞳は前の聖女様の特徴で、今の聖女様は違うんじゃないかって言われてるけどね。でもやっぱりさ、その髪色は珍しいから注目されるのは仕方ないよねぇ」

「まぁ……そう、だな」


 虹色の髪と瞳……

 ジルはそうじゃない。良かったと、ホッとした。

 しかし、だからあんなに見られていたんだな。ジルが綺麗なのもあるんだろうけど……
 段々心配になってきた。やっぱりジルはここに来ない方が良かったんじゃないのか?

 部屋に入ってから、俺が神妙な面持ちでいると、不意にジルは聞いてきた。


「ねぇ、リーン。やっぱりヴィヴィはここにいるんじゃないかな?」

「え? ヴィヴィ?」

「うん。だって、この王都でも聖女が帰ってきたって言ってるよね? だからそれがヴィヴィかも知れないね」

「そう、かもな……」

「やっぱり心配だよね……」

「え?」


 俺が心配してたのはジルの事だ。言われるまでヴィヴィの事を忘れていたくらいだ。
 しかし、ジルは自分の身代わりと捕らえられたから責任を感じているようで、ヴィヴィの事をしきりに気にしているようだ。

 
「ジルは優しいな」

「え? なんで?」

「いや、そう思ったからだ」

「優しくなんかないよ……」

「そうか?」

「だって……」

「だって、どうした?」

「…………」

「ジル?」

「リーン……ギュッてして……」


 そう言って両手を広げているジルは少し眉間を寄せていた。何か不安な事があるんだろうかと、言われて俺はすぐにジルを抱きしめた。

 ジルも俺をギュッて抱きしめる。
  
 
「どうした? 何か不安な事があるのか?」

「ううん……大丈夫……」

「そうか?」

「そうだよ」


 ジルはそう言うが、何だか不安がっているように感じる。やはり王都は何か感じるものがあるのだろうか。

 潤んだ瞳で俺を見上げてきて、そっと目を閉じる。そうされて、俺は優しくジルの唇に口付けた。

 ジルの唇は柔らかくて、すぐに理性がぶっ飛びそうになる。だからいつもすぐに唇を離すのだが、それをジルが妨害するように首に腕を回してきた。

 流石に驚いたが、こんな事をされて嬉しくない訳がない。ジルの唇を堪能するように、何度も啄むように口付けると、理性は何処かへいったように、とどまる事を忘れたようにジルの事しか考えられなくなってくる。

 それは激しさを増していく。本能のままにジルを求めるように舌を絡ませていくと、もう理性なんて言葉は何処かへ行ってしまったようだ。

 そばにあったベッドにジルを押し倒すようにして、口付けを続ける。

 ヤバい……抑えられそうにない……

 ジルが俺を受け入れるような態度でいるから、自分を抑える事がかなり難しくて、つい執拗に口付けを繰り返していく。


「リーン……?」


 呟くように言われて、ハッとした。
 
 あれ……手に柔らかいものが……

 って俺、いつの間にジルの胸触って……っ!

 
「ごめん、ジル!」

「え? あ、ううん……」


 すぐに体を起こしてベッドに腰かける。マジでヤバい。俺が! 
 こんな事はもっと慎重にならなくちゃいけないのに。ジルはきっと何も分かっていないのに……!


「ねぇ、リーン」

「え? な、なんだ?」

「どうして胸を触ったの?」

「……っ!」


 ほら、やっぱりこう来る。ジルは知らない事が多いから、疑問に思った事は何でも聞いてくる。もちろんそれは悪い事でも何でもない。寧ろ良い事だと思う。
 
 が……


「あ、嫌とかじゃなかったよ? ただビックリしただけなの。えっと……もっと触る?」

「いや、ダメだジル! そんな事を簡単に許しちゃ!」

「ダメな事なの? どうして?」

「それは……」

「私、リーンになら、何されても怒らないよ?」

「だから男にそんな事を言っちゃいけないんだって……」

「だってリーンは私に酷い事や嫌な事はしないもの」

「それはそうだが……」

「だからリーンにだったら良いの。それに、何だか気持ち良かったし……」

「……っ!」


 好きな子がこんな無防備で、俺に全てを委ねようとしてくるのを見て、どれだけ理性が必要になるのだろうかと考えると頭が痛くなってきた。

 これはもう修行だ。俺に課せられた修行なのだ。

 俺は頭を抱えたまま、どうしたのかと伺ってくるジルの顔をまともに見られなくなってしまったのだった。



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