ただ一つだけ

レクフル

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先に言われる

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 ずっとシルヴェストル陛下とシルヴォの話を聞いていただけの俺とジルだったが、ジルが思い立ったように言う。


「あの、父上、お願いがあります」

「ん? なんだ? ジュディスの願いなら、余は何でも聞き入れようぞ」

「フェルテナヴァル国は酷い所です。私もいっぱい嫌な思いをしました」

「そうだな。ジュディスにあんな酷い事を強いてきた事が余は許せぬ。だから心配するでない。我が国からもあの国を思い知らせてやるのでな」

「いえ、そう言う事じゃなく……そんな中にも、私に良くしてくれた人もいます。その人達が苦しむのは……嫌です……」

「ジュディス……」

「私に良くしてくれたのはリーンと、リーンのお父さんとお母さんと、そこにいるシルヴォにイザイア、そして侍女のエルマです。他にも優しく接してくれた人もいますが、せめてその人達だけでも助けたいのです」

「ジュディスに良くしてくれた人物であれば、助け出したいと余も思う。しかしどうすれば良いのか……」

「それで、私に考えがあります」

「考え?」


 ジルはその考えと言うのを話し出した。それを聞いて、シルヴェストル陛下は何かを思い付いたように策を巡らせたようだ。
 それには流石だとしか言いようがなかった。

 しかし渋る気持ちはやっぱりあったのか、自分が考えた計画なのに難色を示すシルヴェストル陛下を、ジルは他に良い案がなければそれしか無いのでは? と説き伏せたのだ。

 ジルは優しく謙虚であるが、言い出したら聞かないところがあるらしい。自分の意見を言えるのは良いことだ。何でも誰かの言うとおりにしか動けないのは、この先本人が困ることになるだろうから。

 しかし、自分の危険を顧みないことに周りが困惑するのは当然だ。もっと自分を労るように言い聞かせないといけないな。
 ジルは自然治癒が効かない体になってしまったのだから。

 この事は今後計画を煮詰めていくとして、次にシルヴェストル陛下は俺の容態が良くなった事を聞いてきた。
 そう言えば、後程言うと言ったきりだった。


「あの媚薬は一度服用するだけでも体に異常をきたす事が多いのだ。効果の高い媚薬により理性を失い、快楽に溺れていく。媚薬により増幅されたその快感は、一度味わったら忘れられなくなるのだそうだ。だから依存性も強い。しかも飲まされた媚薬の濃度はかなり高かった。通常であれば、一週間は隔離して薬を体から吐き出す期間が必要となる筈なのだが、なぜいきなり元気になったのだ?」

「それは……」


 俺はチラリとシルヴォを見た。シルヴォは聞いてはいけない話だと感じ、退席しようと腰を上げた。それを止めたのはジルだった。


「待って、シルヴォ」

「え?」

「父上、私がリーンを治療したんです。ほら、こうやって……」


 ジルはシルヴォの無くなった腕に手をかざした。そこから淡い光が発現し、シルヴォの腕を優しく包む。その光がなくなった時、無くなっていた筈のシルヴォの腕が存在していたのだ。


「うそ、だろ……」

「シルヴォは私を助ける為に腕を無くしたから、絶対に治したいって思ってたの。シルヴォも命の恩人だから」

「ジュディス……! やはり伝説である治癒能力があったのだな?!」

「伝説?」

「そうだ。聖女には特殊な能力があるのだと伝え聞かされて王族は育つ。それは空間を自在に操る力、重力を操る力等もあるが、治癒能力を司る力も備わっていた者も過去にもいたと聞いていたのだ。その可能性はあると思っていたが……」

「そうだったんですね」

「それでリーンハルト殿はあの時人が多くいたから口を噤んだのだな」

「はい。以前よりジルは治癒ができるのを知っていました。ですが、それはあまり人に知られない方が良いと思ったんです」

「そうだな。善き判断だ。シルヴォとやらも口外せぬよう、頼むぞ」

「勿論です! こうやって腕を元通りにしてもらって、それを仇で返すなんて事はしませんよ!」

「ならよい。しかし……やはりジュディスの能力は凄まじいな。あまり力を外で使わぬよう、心掛けて貰えぬか? 余は気が気ではないのでな」

「分かりました」


 その後、シルヴェストル陛下とシルヴォは軍事的な話をすると言うことで、俺とジルは自室へと戻っていった。
 シルヴェストル陛下は何かと忙しい身でありながらも、俺たち……まぁジルが気になるから何かと駆けつけてくれるが、本当はそんな暇もないんだろう。

 俺とジルの部屋は離れている。ジルの部屋は以前メイヴィスが使っていた部屋で、シルヴェストル陛下のすぐ近くだ。
 俺にあてがわれた部屋は客室となっているから、それでも王族の部屋の一番近くとは言え、結構離れてたりする。
 それはそうだ。俺は今や平民と同じだ。フェルテナヴァル国から逃げ出した俺が、侯爵家を名乗る事は出来ない。名乗りたくもないが。

 ジルと言えば、この国唯一の存在である王女であり、この世界唯一無二の存在である聖女なのだ。本当は傍にいることも叶わない存在なのだ。
 
 だからこの待遇で何も問題はない。が、ジルには不服そうだった。

 俺が自室へ戻ろうとすると、同じようにジルは俺についてきた。部屋に入る前にジルに分かって貰わないといけないな。


「ジル、俺の部屋に二人きりはここではいけないんだ」

「じゃあ、私の部屋ならいいの?」

「いや、二人きりがダメなんだ。ジルは王女で聖女だからな」

「そんなの関係ないよ……だって、私は何も変わってないもん」

「そうだな。ジルは何も変わってない。見た目は少し変わったけど、ジルは以前と同じだ。だけど関係なくはないんだ」

「けど……」

「まぁ、こんな所で二人でお話なんて。お部屋でごゆっくりなさってはいかがですか? お茶をお持ちしますよ」

「あ、アデラ。うん、そうする!」


 侍女頭のアデラが来て、俺たちにそう提案した。きっとシルヴェストル陛下がよこしたのだろう。
 
 部屋に入り、テーブルに座り、用意されたお茶を飲む。俺と一緒が嬉しいのか、ジルは笑顔でいてくれる。出されたケーキも美味しいんだろうな。目が合う度にニコニコ笑ってくれるのは本当に可愛い。見ていて飽きない。


「ねぇ、アデラ」

「はい。なんでございますか?」

「私ね、リーンが好きなの。ずっと一緒にいたいの。でも、二人きりはダメだって言うの。じゃあ、どうすれば良いのかな?」

「え?! ジル! 何を聞いて……!」

「まぁ……そうでございますね……リーンハルト様が陛下に許可を頂く必要がありますね」

「許可? なんの?」

「ずっと一緒に、と言うことは、一生を共に添い遂げると言うことでございましょう? そのお相手としてリーンハルト様が相応しいかどうかを陛下が判断なさるんですよ」

「どうしてそれを父上が判断するの?」

「陛下が聖女様の父親だからですよ。そう言うものなのです」

「そうなんだ……」


 アデラはそう言うと礼をして、部屋の隅に移動した。
 
 全く……なんで先に言うんだ。俺が何も考えてない訳ないじゃないか。

 せめて指輪くらいは用意しなきゃと思ってたんだ。俺はジルになにも贈れてないし、ちゃんと交際を申し込み、まずは婚約をと考えていたんだ。
 
 それにはまず、シルヴェストル陛下にその許可を貰いに行かないと、と考えていたのだが、結婚の意味も分かっていないジルにはじめから丁寧に教えて理解してもらい、それからと考えていたのだが……

 こうやって他人に先に言われてしまうとは、俺はなんとも情けない男になってしまったな。

 そんな事を考えて、俺は思わず深い溜め息をついてしまうのだった。

 
 
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