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+惚れてるので既に負けている

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 その日、ジョシュが仕事終わりに白の騎士団団長の執務室、すなわちウーラの執務室を訪れた。

 婚活パーティの騒動の諸々の雑務が軒並み終了し、やっと普段の業務が軌道に乗りだしていた。

 それまでの忙しい日々を考えつつ、ノックしたが返事はなかった。

 いないのかとドアノブを回すも開かない。なるほど、いないのか。そう理解したジョシュはとくにためらわずに昔傭兵をしていたという騎士から教わった鍵開けをおこない、執務室に入り込んだ。

 忙しかったは忙しかったが、仕事の大半は部下に押しつけていたため、毎日定時には上がり、隙あらばこの部屋を訪れてウーラにちょっかいを出していたため、入ったことはある。

 ただし、毎度毎度入り込んですぐにそうそうに追い出された(が、かわりにウーラをそのまま外に連れ出した)為、ろくに部屋を見ることができなかったのだ。ジョシュはのんびりその部屋を見て回ることにした。

 薬品棚、本棚、大きな机が二つ(執務用と研究用のようだ)と1人用のイスが何個か。うちいくつかはイスというよりもものを置くほうに用途が偏っているようである。あと長いすが一つ。こちらは完全に寝る用のようだ。使い込まれた後のある分厚い毛布とクッションがそこにはおいてあった。

 部屋はジョシュの執務室より少し大きいのは、魔法の研究もここで行っているからだろう。

 すこし乱雑だが、それでも何がどこにあるか程度はしっかり管理されているらしい。

 魔法使いの持ち物にふれて何かあっても困る。そのため、ジョシュは棚や机は見るだけの方がいいだろう。ジョシュは見たことのない植物の乾燥したものや、何やら生きているようにうごめいているガラスのなかの何か(何なのだろう)をじっと見ていた。

 人はいないはずなのに、なぜか視線を感じる。



(なるほど。あまり人を入れたくないわけだ)



 普通の女性の部屋ではない。いや、騎士の部屋なのだから、性別は関係ないか。しかし、まぁ、騎士の部屋にしたって変であることに代わりはないだろう。

 ジョシュは色々と見聞し、飽きてきたため、(たぶん)触っても大丈夫そうな長いすに腰掛けた。



(さて、いつまで待つか)



 ウーラが帰宅したという話は聞かない。彼女は騎士団の寮に入っているということは確認済みであるし、そこに帰宅すれば、黒の騎士団の極少数だが存在する女騎士の部下にジョシュに報告するように伝えてある。奴らは餌(食料)で釣ってある上に、現金で縦社会になれきった獣人だ。裏切ることはない。

 寝て待つか。無意識にクッションを抱き寄せ、なんとなしににおいをかいでいると、ドアノブが回った



「なんで鍵が開いて……おかしい……」



「お帰り」



 独り言をいいながら帰室した彼女に声をかければ、愕然とした顔をされた。



「な、なんでここに………」



「待っていた」



 さりげなくクッションを片づけ、ウーラに近づく。

 逃げる彼女を室内に押しやり、ドアを閉める。



「なんでそんなになれなれしいんですか!!」



「そりゃあ、あんなことした以上はそれなりの距離感になると思うが」



「あ、あんなことしたら!こうなるんですか!」



「なる。なぁ、今日も一段ときれいだな」



「か、顔を近づけないでください、何をするつもりですか!!やめて!」



「唇だけですむ。さすがにここではな……、いやできるか?」



 長椅子をちらりと見ると、ウーラに胸元を殴られた。



「そういう問題ではなく!!」



 ジョシュはじーっとウーラが怒る姿を見ていた。相変わらず非常に魅力的である。

 ウーラはジョシュを見上げて、大きくため息をついた。



「なんだそのため息」



「何度も言っていますが、何もかもがあり得ないから頭が痛いんですよ。貴方は私のことを10年以上も嫌ってきて。それなのに、私が女だったとわかった瞬間に!結婚申し込んで!あんなことして!私はその変わり身が不誠実だと思うし、貴方を信頼できない理由です!!し、……あんなことをしてその、どんな対応をしていいかわからないですし。勝手に婚約の準備を全て済ませてあまつさえ婚姻の日取りまで勝手に決めつつあったのが!断っても断っても求婚し続けるところが!すべて!全体的に!ありえなくて気に食わないんですよ!ため息をつかずにはいられませんよ」



 ウーラの興奮で段々赤くなる顔をじっと見つつ、ジョシュは顎に手を当てた。



「不誠実って、お前、そんなこといったって心代わりは仕方ないだろう。やったのは惚れてしまったからだし、好きになって、結婚したいと思った以上は、早々に申し込むのはむしろ誠実ではないか?そもそも、お前も俺が好きなんだろう。じゃなきゃ体があんなに反応するわけがない」



 ジョシュの言葉にウーラは口を戦慄かせていたが、深呼吸をし、口をひらいた。が、すぐに頭を抱えた。



「……そ。その!そういうのは!もう、あああ!あのことはもういわなくていいですから!!」



「お前が言い出したことだろう」



「ええと、だから!ともかく、前々から言ってますけど、ふつうは散々バカにしてきた相手とすぐに仲良くなれる訳がないでしょう!!」



「じゃあ、待てばいいのか」



「……」



 ジョシュの言葉にウーラは詰まった顔をした。



「待てばいいなら待つぞ。しかし、その場合はどれくらい待てばいいんだ。どちらにせよ、俺はお前が折れるまではあきらめないからな」



「待つというか……いや、そうだけれども。なんというか、ああ……話が通じない………なんでこんなの好きになっちゃったんだろ……」



 私の馬鹿私の馬鹿本当馬鹿等と、ぐちぐちと何かをいっているウーラを後目にジョシュは、



「ほら、人間足りないものを求めるっていうし、お前が頭がいい分馬鹿な俺を求めたのかもしれないな」



 と、したり顔でいうと、ウーラは死んだ目でこちらを見て大きくため息をついた。



「……もういいです………帰ってください」



 ウーラは執務室のドアを指さした。



「まだ帰らん。とりあえず夕飯を食いにいくぞ。いい店だ。今から出れば予約の時間に間に合う」



「貴方は私の話を聞いていたのですか!?」



「聞いていた。さぁいくぞ」



 ジョシュはウーラの手をつかみ、歩き出した。



「耳も馬鹿なんですか!!!」ウーラの悲鳴が城に響いた。





  ◇◇◇ 





「おいしかっただろう」



 帰り道、ジョシュは満足していた。何しろ、料理はおいしかったし、なにやら文句は言っていたものの、ウーラはジョシュについて着てくれたし(強制的に連れて行ったともいうのだが)、話も弾んだ(ウーラは話し込んでは定期的に我に返った顔をしていたが)。

 しかし、ウーラの顔は浮かなかった。



「おいしかったですが、完全に私は浮いていました」



「どこがだ?」



「服装です」



 ジョシュは少し考えた。横目でちらりとウーラをみる。

 最近やっと出すようになった化粧けのない顔(いまはぶすくれているが美人)、まとめられた銀髪(艶やか)、やけに長い白のローブ(邪魔)、その下は(たぶん)普通の騎士団の制服(白)。



「いつもの服装だが。制服は礼服だ。何の問題もあるまい。葬式にも出ることができるぞ。そうだな、確かに白のローブは長すぎだな。それさえなければもう少し早く結婚の話が進んだはずだが……」



「そこではありません!!周りをみていましたか!?ほかの女性は皆、ドレスコードでしたよ!制服は礼服ですが、あのような店に制服で入るのはそれこそ葬式のときくらいですよ!!」



「そうか?」



 確かにそういえばあそこは着飾って入るたぐいの店だったかもしれない。いつもは常に着飾ることに人生をかけているような女とばかり来店していたせいで少し忘れかけていたが、そうか。普通は着飾ってからいくものだった。



「……なんですか」



「今度着飾ってみてくれ。見たい」



「………なぜそんな話に」ウーラは大きく肩を落とした。



「よく考えたらあれ以来おまえが女の姿をしているのを見ていない」



「この服装だって女物です。……着飾って、貴方に連れ回されろと?」



「そうだな、色々いってみたい店がある」



 ウーラとは行きたいところはたくさんあるのだ。

 何しろ、今まで二人で出かけたことなどろくにない。軍の遠征で同じ部隊で遠出したことがあるが、あれは出かけたとは流石にいえないことくらいはわかっている。そもそも、その時は口げんかが激しくなりすぎてジョシュはルイスに殴られて途中退席する場面があった。いい思い出とは言えまい。

 それに、ウーラはジョシュのしっている限り相当な出不精で引きこもりだった。ジョシュと二人で、どころか友人とすら(友人が存在するかどうかも謎だが)あまり出掛けたことがないのではないだろうか

 世の中には色々おもしろいところがある、というのを教えてやりたい

 単純に一緒にいってみたい気持ちが9割なのだが。

 ジョシュが近場の名所を指折り数えていると、となりのウーラが立ち止まってつぶやいた。



「行きませんから」



「は?」



「やっぱり貴方はわかっていない、私は、あなたにもう振り回されたくないっていってる意味わからないんですか。もう、なんで……」



 力なくつぶやいた声にジョシュは嘆息した



「顔を見せろ」



「やだ」



「ほら」



 いやいやと首を振るウーラの頭を強引にローブのフードから出す。

 泣きそうになっている顔はそれでも美しい。



「食事とか、連れまわすのとか、本当やめてほしいんです。わかってるでしょ。そろそろ」



 視線を地面に落としたままのウーラの姿に、ジョシュは頭をかいた。

 そして、ウーラの握りしめられたこぶしに自分の手を重ねた。

 ウーラはジョシュを見上げた。泣くまいと眉根が寄せられている。

 ジョシュはつぶやくように言った。



「俺が馬鹿だったから、ずっと今までお前を傷つけていた。――傷ついた分の信頼はすぐには取り戻せないのもわかってるし、再三言われたからこれが俺の勝手に過ぎないことも少しはわかってる。だけどな、俺はお前が好きだ。お前は俺が好きだ。できれば、いや、好き同士なら、一緒にいるべきだ。だからあきらめるわけにはいかない」



「本当に、勝手で馬鹿な意見です」ウーラの声は震えていた。



「ああ、勝手だ。でも、誰かがわがままを言わないと、お互いに触ることもできずに終わってしまう。手を伸ばすのも触るのも、嫌なのかどうなのか、やってみなければわからないだろう」



「………私が、あなたを許せないことに変わりはないですよ」



 ウーラはそういって深呼吸をして、手を開いた。そして、ジョシュに向き直ると、彼の胸に指を突き付けた。

 彼女の手は小さく、やわらかい。白の騎士団では剣はさほど握らない。彼らを守るのは魔法や魔術だ。彼女には自身を守る力があると知っていても、ジョシュはその手を握り、傷つけるものを壊してやりたい。

 ――問題は目下のところ、彼女を傷つけた一番の存在は過去の自分であるということだ。



「ここで、はっきりと言わせていただきます。あなたのことは、嫌いになれない。どうしたってあなたを見れば心が躍る。ドキドキする。胸が暖かくなる。でも、割り切れないことが多すぎるんです。10年は長かったんです。だから、あなたが私に愛を囁くのが、うれしくもあって、同じくらいかなしくもあって、ばかばかしくっていやになる」



「………」



「片思いが、長すぎたんです。私は、もっと前にあきらめた方が凄くすごく楽だった。無理に、意地になって好きでい続けようとしたから、こんなに悲しくて馬鹿馬鹿しくて嫌なんです。あなたに付き合って食事にいくのも」



  ◇◇◇



 ウーラは想う。

 初恋は辛く苦く、しかし甘美だ。

彼女の初恋は相手に嫌われることで長らく停滞していた。それは第一印象の嫌悪だと思われていたから、人間性を否定するものではない。人間性を知るほどの関係から嫌われるよりは、断然いい。

 ――と、長年のなかで自分に言い聞かせていたものだった。

 しかし、今になって強く思う。

 望みがない片思いは凄く楽だった。

 望みがないから行動もしようがなかったし、少し距離のある同僚だから定期的に顔は合わせるし、話題も聞いた。

 その姿を見るだけで、ときめいた。声を聴くだけで、少し心が躍った。

 彼女が魔法を使い続けるためには、魔術の研究を続けるためには、国一番の研究施設でもある白の塔――白の騎士団に所属し続けるしか他なかった。他国の研究機関から引き抜きの話もないわけではなったが、彼以外の条件や諸々を考慮して、結局ここにとどまることになった。

 対する彼も騎士団を率いることに誇りを持っていたし、やめることはないだろう。きっと未来、彼が他の女性と結婚したとして、自分の心が張り裂けそうになったとしても、それを受け入れ、自身は結婚せずに魔術や魔法の解明と研究に人生をささげただろう。

 少しくらい別の人を好きになる努力をしてみようと、お見合いパーティなどに行ってみたけれど、どれもあまりうまくいかず。

 しかし、彼は今になって彼女に振り向いた。

 あっさりと、何事もなかったかのように彼女に求婚し、強引な形とはいえ、体の関係を作り、ウーラがいかに自分に惚れているのか、自分がウーラをどれだけ求めているかを示そうとした。

 あまつさえ、その後は断っても断っても彼は延々と求婚し続けてくる。



 ――自分が苦しんだ10数年は何だったのだろう。



 いまだって彼が好きだ。馬鹿馬鹿しいのは承知で、いっそ彼の手を取った方がいいのかもしれない。そんな世迷いごとを思わないでもないくらいだ。しかし。



「くやしい……」



 漏れた心は10数年で熟成されたしこりなのだろう。

 ジョシュはそんなウーラの言葉を静かに聞き、考えるように瞬きしていた。そして、おもむろに彼女を抱きしめた。

 ジョシュの手がウーラの背中に周り、大柄なジョシュにウーラはすっぽりと包まれてしまう。夜道に人の姿は少ない。いないわけではないが、男女の間に割って入るものもいない。珍しいものではないのだ。

 ジョシュの胸元で抱き寄せられるままだったウーラは身をよじるも、力負けして逃げ出すことはかなわなかった。あきらめて口を開く。



「……またごまかす気ですか」



「まぁ、そうともいうが」



「……」



「俺には結局謝ることしかできないわけだが、提案もある」



「馬鹿馬鹿しい提案なのは察しの上で聞きますが、なんでしょう」ウーラはもごもご言った。



耳元で聞こえるジョシュの声にウーラはこっそりと(結局声だけでときめいてしまう……自分ながらちょろすぎる……)等と考えていたが、次の言葉に甘い気持ちが吹き飛んだ。

ジョシュは言った。



「……興奮しないか?」



 ウーラは頭が痛くなった。



「正気か疑わしいです、話の流れで何故そんなことに」



「障害があると燃えるって言わないか?」



「いいますが、やはりあなたは正気じゃないです」



「ともかく、無理とか意地とかで好きや嫌いになんてなれるもんじゃないし、その悔しさがあればあるほどお前が俺のこと好きなんだなーって思うと興奮する」



「………」



 馬鹿馬鹿しくて思わず笑いそうになった。なんでそうなるんだろう。

 ウーラは静かに深呼吸をした。ジョシュのにおい、それがわかる自分は少し気持ち悪い。

 片思いをしているときはある意味楽だった。苦しかった10余年をなかったことにされるのは凄く悔しい。

 でも、なんやかんや、抱きしめられると嬉しさがあるもの事実なのだ。

 なんて簡単で間抜けなんだろう。



「……あなたは私のこと好き好き言いますけど、私のほうが好きなんですよ。悔しいことに。何しろ年数が違いますから。でも、求婚は受け入れません。絶対」



「年数は関係ないだろう。俺のほうがお前のことが好きだ。本能的なアレで」



「嫌われてても好きでい続けた執念も考えてください」



「俺だって全否定されながらも好きだぞ」



「私はどう見てもあなたのこと好きにしかみえないから、全否定したところで口だけだってもろバレじゃないですか」



「いやだから――」言い募ろうとして、ジョシュはいうのをやめた。代わりに少し笑って、ウーラの頭に口づけした。



 ウーラはジョシュの腕の中で嘆息した。

 嫌われても、好きで。好きと言われても受け入れることができず。その癖、連れ出されればなんやかんやついて行ってしまう。でも、ジョシュの求婚を受け入れることもできない。

 ジョシュを好きでいることが自分の一部になってしまったのだろう。最近そう思うようになった。

 堂々巡りの馬鹿な女。

 ――結局、きっと本当の馬鹿は自分なんだろうなと思う。







 夜半過ぎは寒さを増していく。抱き合った二人の言い争いは小声で戯れているようにしか見えず。一塊の男女を見て、酔っ払いは隣の寝こけた酔っ払いに「みろよ、犬も食わねえぞ」とささやいた。

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