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第五話 王太子アレクサンダーの目論見
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セーラとの出会いは、未だに覚えている。
セーラが三歳、自分が五歳である。ジュラベール伯爵が家族を連れて王宮に来た際に、なんと愛らしい娘だと思った。くりくりとした大きな瞳に、少し控えめな性格。他の貴族の娘達は庭を走り回り、気に入らないことがあれば泣き叫んでは親を困らせる中、慎ましく穏やかに過ごしていた。
話しかければにこやかに笑う。おどおどした様子がなく、共に遊ぶと喜んでくれた。次はいつ会えるかと、何度も父である陛下に尋ねた。
会う度に、セーラだけに惹かれている自分に気づき、自身が七歳になると、この気持ちは変わることはないと確信したため、成人したタイミングでの婚約を確約させた。父である陛下は何人もの妃を侍らかしているためか、反対されることもなく、あっさりと承諾された。後に政略的な婚姻が必要となれば、側室に迎えればよいと考えたのかもしれない。
優しく接して成熟するまで見守るつもりではあったが、誰かに盗られることはあってはならない。子供心に、一安心したのを覚えている。
ただ、ジュラベール伯爵にはまずは本人を惚れさせたい為、婚約の話は秘密にするよう言いつけた。
成長してもセーラの慎ましさは変わることなく、どんな時でも少し控えめで、他の令嬢が自分に群がっていても、少し後ろで控えていた。話しかければ、臆することなく会話をしてくれる所も素晴らしい。容姿も好きだったが、セーラに嫌悪感を感じたことがなく、全てが自分の好みだった。
その時が来るまでに圧倒的な力を付けるために決められた公務だけでなく、よりよい国にするよう励んだ。王太子である自分が自由に会いにいけなかったこともあるが、会えさえすれば惚れるような存在になる必要があった。
元々の地頭が良かったためか、努力のかいもあり数ヶ国語を話せるようになった。我が国が大国であるために、近隣諸国といえど主要となる言語は異なった。王子が他国の言葉を話せるというのは極めて珍しい。通常は通訳を付けるからだ。相手からすると、自国の言葉を流暢に話す王子に当然親しみを覚える。直接的なやり取りを増やした結果、国境付近の小競り合いも無くなり、随分と関係が改善された。
もちろん体を鍛えることも怠らない。おかげで街中に紛れていたスパイを退治することも出来た。
日々忙しくする中、一年に数回、社交パーティや舞踏会でセーラに会えることが唯一の喜びだった。ダンスに誘えば恥ずかしそうに手を取り踊るセーラが可愛くて仕方なかった。
「アレクサンダー殿下のご活躍、聞き及んでおります」
「そうか、セーラの耳まで届いているとなれば、多少の身の危険もいいものだ」
「そんな……アレクサンダー殿下に何かあってはいけません。それにそのような口ぶりに、女性はすぐに喜んでしまいますよ?」
「セーラが喜んでくれるなら、本望だよ」
気持ちを仄めかせれば、頬を赤らめるところも愛おしい。
そろそろ女性として接してもいいかというタイミングで横槍が入った。父と宰相は、国の最強騎士であるユーゴに後ろ盾をつけるためにジュラベール伯爵家の養子とさせた。騎士が他国に流れるのを恐れた。貴族となれば昇進させてもうるさく言う者はおらず、役職が付けば本人の給金を上げることが出来る。騎士団にいる使えない上層部を総とっかえしたが、王宮では貴族が優遇される考えはまだまだ根強い。
ユーゴとセーラは同じ屋根の下で瞬く間に恋仲になった。それでもセーラと自分との婚約は揺るがないが、セーラが違う男に惚れているのは気に食わない。
苛立つ中、恋仲になった二人を想像すると尋常じゃなく興奮することにも気づいた。そうだ、二人で愛せばいいのだ。ユーゴが他国に流れる心配もなければ俺も最高に興奮するではないか。あとはセーラに好きになってもらうだけである。
一度ユーゴと距離をおかせる必要があると考えた。俺だけで頭をいっぱいにしなければならない。ユーゴを妹の輿入れの護衛という名目で国を離れさせた。妹には出来るだけ引き止めろと伝えている。
順調にいけば一ヶ月ほどで帰ってくる予定だったが、結果的には半年後に帰ってきた。セーラが俺の事を好きになるにはあまりにも十分な期間だった。
ユーゴが国を出た直後に婚約をセーラに伝えてもらった。話を進める為に王宮に呼び寄せて最初は優しく会話をする。たわいも無い会話で楽しそうに笑うセーラ。愛想笑いではない笑顔に癒される。浮かない顔になる時もあったが、少しずつ距離を近づけた。
庭を歩く時はゆっくりとセーラに歩調を合わせた。自分が早足で移動するのは有名なことだ。移動時間は最も生産性のない無駄な物だからだ。誰かに歩調を合わせたことはないが、セーラの為ならば苦ではない。
外交の話をすれば、興味深そうに聞いてくれる。相槌が上手いのかこちらも話していて気分が良かった。セーラに博識だと褒められたが、セーラも的を得た質問や言葉の節々から、十分に幅広い知識があることが伺えた。ゆくゆくは王妃となるが、教養においても問題はないだろう。
いよいよ婚約が確定となりユーゴとの関係を内に秘めたセーラは隠せないほどに暗い顔をしていた。ここぞとばかりに気持ちに寄り添う。
「謝ることはない、婚約を聞かされる前に交際していたのだろう。それを責めたりしない。むしろ離れ離れにして申し訳ないな。俺がいかせたんだ。大切な王女には信頼できる騎士を連れていかせたかった。そのせいで君に寂しい想いをさせてしまったのか」
頭を撫でながら肩にもたれかけさせる。そのまま抱きしめるように頭を撫でる。抵抗はないが、無理やり奪うようなことはしない。セーラが自分を好きにならなければ、意味が無い。
「俺にその、寂しさを埋めることはできないか?」
「そんな、アレクサンダー様……」
顎に手をかけてこちらを向かせると、うるうるとした眼から涙が零れた。
「申し訳ございません……!……白状します。ユーゴ様と結ばれてしまいました。王太子妃などなれませんっ」
蒼白になるセーラに、安心させるように手を握るとセーラが俯く。
「そうか……それから月のものは来たか?」
「はい……来ました」
「ならば問題はない。処女かどうかは気にしない。先に君と結ばれたという悔しさはあるが、君とユーゴが築いてきた過去を否定はしない」
「アレクサンダー様……」
驚いたようにこちらを見上げる。
「ただ、これからの未来は共にありたい。政略結婚と思っているかもしれないが、俺はセーラとしか結婚する気はない。側室も妾も、持つつもりはない」
セーラが息を飲む。
「生涯セーラだけを愛したい」
自分の立場も容姿も全て利用する。
強い言葉にセーラが揺さぶられると分かっていた。
セーラが三歳、自分が五歳である。ジュラベール伯爵が家族を連れて王宮に来た際に、なんと愛らしい娘だと思った。くりくりとした大きな瞳に、少し控えめな性格。他の貴族の娘達は庭を走り回り、気に入らないことがあれば泣き叫んでは親を困らせる中、慎ましく穏やかに過ごしていた。
話しかければにこやかに笑う。おどおどした様子がなく、共に遊ぶと喜んでくれた。次はいつ会えるかと、何度も父である陛下に尋ねた。
会う度に、セーラだけに惹かれている自分に気づき、自身が七歳になると、この気持ちは変わることはないと確信したため、成人したタイミングでの婚約を確約させた。父である陛下は何人もの妃を侍らかしているためか、反対されることもなく、あっさりと承諾された。後に政略的な婚姻が必要となれば、側室に迎えればよいと考えたのかもしれない。
優しく接して成熟するまで見守るつもりではあったが、誰かに盗られることはあってはならない。子供心に、一安心したのを覚えている。
ただ、ジュラベール伯爵にはまずは本人を惚れさせたい為、婚約の話は秘密にするよう言いつけた。
成長してもセーラの慎ましさは変わることなく、どんな時でも少し控えめで、他の令嬢が自分に群がっていても、少し後ろで控えていた。話しかければ、臆することなく会話をしてくれる所も素晴らしい。容姿も好きだったが、セーラに嫌悪感を感じたことがなく、全てが自分の好みだった。
その時が来るまでに圧倒的な力を付けるために決められた公務だけでなく、よりよい国にするよう励んだ。王太子である自分が自由に会いにいけなかったこともあるが、会えさえすれば惚れるような存在になる必要があった。
元々の地頭が良かったためか、努力のかいもあり数ヶ国語を話せるようになった。我が国が大国であるために、近隣諸国といえど主要となる言語は異なった。王子が他国の言葉を話せるというのは極めて珍しい。通常は通訳を付けるからだ。相手からすると、自国の言葉を流暢に話す王子に当然親しみを覚える。直接的なやり取りを増やした結果、国境付近の小競り合いも無くなり、随分と関係が改善された。
もちろん体を鍛えることも怠らない。おかげで街中に紛れていたスパイを退治することも出来た。
日々忙しくする中、一年に数回、社交パーティや舞踏会でセーラに会えることが唯一の喜びだった。ダンスに誘えば恥ずかしそうに手を取り踊るセーラが可愛くて仕方なかった。
「アレクサンダー殿下のご活躍、聞き及んでおります」
「そうか、セーラの耳まで届いているとなれば、多少の身の危険もいいものだ」
「そんな……アレクサンダー殿下に何かあってはいけません。それにそのような口ぶりに、女性はすぐに喜んでしまいますよ?」
「セーラが喜んでくれるなら、本望だよ」
気持ちを仄めかせれば、頬を赤らめるところも愛おしい。
そろそろ女性として接してもいいかというタイミングで横槍が入った。父と宰相は、国の最強騎士であるユーゴに後ろ盾をつけるためにジュラベール伯爵家の養子とさせた。騎士が他国に流れるのを恐れた。貴族となれば昇進させてもうるさく言う者はおらず、役職が付けば本人の給金を上げることが出来る。騎士団にいる使えない上層部を総とっかえしたが、王宮では貴族が優遇される考えはまだまだ根強い。
ユーゴとセーラは同じ屋根の下で瞬く間に恋仲になった。それでもセーラと自分との婚約は揺るがないが、セーラが違う男に惚れているのは気に食わない。
苛立つ中、恋仲になった二人を想像すると尋常じゃなく興奮することにも気づいた。そうだ、二人で愛せばいいのだ。ユーゴが他国に流れる心配もなければ俺も最高に興奮するではないか。あとはセーラに好きになってもらうだけである。
一度ユーゴと距離をおかせる必要があると考えた。俺だけで頭をいっぱいにしなければならない。ユーゴを妹の輿入れの護衛という名目で国を離れさせた。妹には出来るだけ引き止めろと伝えている。
順調にいけば一ヶ月ほどで帰ってくる予定だったが、結果的には半年後に帰ってきた。セーラが俺の事を好きになるにはあまりにも十分な期間だった。
ユーゴが国を出た直後に婚約をセーラに伝えてもらった。話を進める為に王宮に呼び寄せて最初は優しく会話をする。たわいも無い会話で楽しそうに笑うセーラ。愛想笑いではない笑顔に癒される。浮かない顔になる時もあったが、少しずつ距離を近づけた。
庭を歩く時はゆっくりとセーラに歩調を合わせた。自分が早足で移動するのは有名なことだ。移動時間は最も生産性のない無駄な物だからだ。誰かに歩調を合わせたことはないが、セーラの為ならば苦ではない。
外交の話をすれば、興味深そうに聞いてくれる。相槌が上手いのかこちらも話していて気分が良かった。セーラに博識だと褒められたが、セーラも的を得た質問や言葉の節々から、十分に幅広い知識があることが伺えた。ゆくゆくは王妃となるが、教養においても問題はないだろう。
いよいよ婚約が確定となりユーゴとの関係を内に秘めたセーラは隠せないほどに暗い顔をしていた。ここぞとばかりに気持ちに寄り添う。
「謝ることはない、婚約を聞かされる前に交際していたのだろう。それを責めたりしない。むしろ離れ離れにして申し訳ないな。俺がいかせたんだ。大切な王女には信頼できる騎士を連れていかせたかった。そのせいで君に寂しい想いをさせてしまったのか」
頭を撫でながら肩にもたれかけさせる。そのまま抱きしめるように頭を撫でる。抵抗はないが、無理やり奪うようなことはしない。セーラが自分を好きにならなければ、意味が無い。
「俺にその、寂しさを埋めることはできないか?」
「そんな、アレクサンダー様……」
顎に手をかけてこちらを向かせると、うるうるとした眼から涙が零れた。
「申し訳ございません……!……白状します。ユーゴ様と結ばれてしまいました。王太子妃などなれませんっ」
蒼白になるセーラに、安心させるように手を握るとセーラが俯く。
「そうか……それから月のものは来たか?」
「はい……来ました」
「ならば問題はない。処女かどうかは気にしない。先に君と結ばれたという悔しさはあるが、君とユーゴが築いてきた過去を否定はしない」
「アレクサンダー様……」
驚いたようにこちらを見上げる。
「ただ、これからの未来は共にありたい。政略結婚と思っているかもしれないが、俺はセーラとしか結婚する気はない。側室も妾も、持つつもりはない」
セーラが息を飲む。
「生涯セーラだけを愛したい」
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強い言葉にセーラが揺さぶられると分かっていた。
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