女嫌いな伯爵令息と下着屋の甘やかな初恋

春浦ディスコ

文字の大きさ
1 / 27

第1話 出会い①

しおりを挟む
 王都の中心部にある大通りを二本逸れた道から、さらに路地に入ると、隠れ家のようなアトリエがある。看板を掲げておらず、一見して何の建物かは分からない。しかし、窓には花が飾られ、店先にベンチが置かれている。小綺麗にしていることから、管理はされているようだ。このアトリエが、下着屋だと知る者は少ない。

ーーー

 サラ・ベルクナー、二十二才。暗めの茶髪は肩にかかる程度の長さで、癖毛のおかげで自然と中に丸まっている。王都のはずれの一軒家で長女として生を受けてから、仲睦まじい両親のおかげであっという間に三人の兄弟が生まれた。弟も妹も、明るく穏やかなサラが大好きだった。
 四人兄弟を育てるのは家計に負担がかかるが、流行病の後遺症で働けない母の代わりにサラは十三才から働き始めた。
 二度仕事を変え、ひょんなことから少し珍しい下着屋『サロン・ド・ルモア』で働き初めて早四年。稼ぎの半分以上を家に入れているが、好きな裁縫を仕事にすることができて、サラは今の生活に満足していた。

 朝、目が覚めて伸びをする。簡単にベッドメイクをしてから念入りに身支度を済ませる。食卓の上にある朝食をささっと食べてから階段を降りる。
 一階に作業スペースと応接室があり、二階に住居スペースがある。サラはここの一部屋を借りて住んでいる。
 少し珍しいというのは、女性の下着のみを取り扱っているためだ。オートクチュールの一点物の下着を専門にしており、ヒアリングと採寸を終わらせると、型紙作りから断裁、縫製までをこの店で行う。日常使いの物やセクシーな下着はもちろん、希望があればベビードールやガーターベルトも受注が可能だ。
 女主人のミーナ、その娘であるアリアナと雇われのサラ。この店は従業員がたった三人しかいない。元から裁縫が好きだったが、先輩であるアリアナに一から十まで仕事のイロハを教わった。

 二階から降りてきたミーナが、きっちりと化粧をしているサラを見て声を掛けた。

「サラ、今日はサントロ伯爵家にお届けね?」
「ミーナさん、お早うございます。そうです!何度行っても緊張しちゃうんですよねえ」
「お得意様だし滅多なことでは怒られないわよ」
「そうですかねえ?」

 サラは、貴族の屋敷を訪れる時はいつも緊張してしまう。オートクチュールの下着を依頼する客は裕福な人が多いが、由緒あるサントロ伯爵家の令嬢ナターシャは、サラが担当する中で極めて高貴な方である。庶民である自分がいつ粗相をおかしてもおかしくない。

 サラは午前は作業、午後から出来上がった商品を届けに行く予定だ。早速、別の案件の作業に入る。

「今日も歩いて行くんでしょ?遅くなる時は気を付けて帰ってくるのよ」
「はーい、ミーナさんも気を付けて行ってきてください」

 ミーナも今日は顧客の採寸で終日外出する予定だ。サラは手を動かしながらミーナを見送ると、作業に集中した。
 午後になると、今日の店番である先輩のアリアナに挨拶をしてアトリエを出た。アリアナの明るい見送りの言葉を背に歩き出す。アリアナは最近恋人が出来てご機嫌だ。今日は店を閉じた後にデートをするらしい。なんとも羨ましい。

 サントロ伯爵家はアトリエから歩いて三十分ほどである。顧客の中では比較的近い訪問先だ。採寸もお届けもいつもお屋敷にて行われる。顧客との打ち合わせは屋敷で行われる場合もあれば、家族に秘密にしたい場合などは、アトリエに来てもらうこともできる。
 エントランスで名前を告げると、談話室に案内された。中には美しいご令嬢が座っている。

「ごきげんよう、サラさん」
「いつもお世話になっております、ナターシャ様」
「ごめんなさいね、いつも座ったままで」
「いえいえ、お会いできるだけで嬉しいです」

 顧客であるナターシャ伯爵令嬢が座ったまま挨拶をする。これは足が動かないためだ。学生時代に事故にあい、歩けなくなってしまったそうだ。
 もう二年ほどサラのお得意様でいてくれている。

「早速、品物をお渡ししますね」
「いつも早い仕上がりに感謝するわ。サラさん、ありがとう」

 梱包を丁寧に開く。相変わらず優雅にリボンを解く手つきに、さすが伯爵家のご令嬢だと見惚れてしまう。

「わあ......!素敵!想像していた通りよ」
「有り難いお言葉です」
「ふふふ、今回は少し挑戦的なデザインをお願いしたけど、似合うか心配だわ」
「ナターシャ様にぴったりだと思いますよ」

 今回のオーダーは、日常使いができる上下の下着ではあるものの、レースをふんだんに使用している。気心地の良さとデザイン性をどちらも取り込んだ結果、ショーツはレースが直接肌にあたるのは前身頃のみで、後身頃とクロッチ部分は綿で作られており、その上からレースが縫い付けられている。シュミーズも同様に、前身頃の中心部分が胸元から裾までレースで透けている。指四本分ほどの幅のレースは胸の谷間も臍も透けて見える作りだ。

「誰に見せる訳でもないけど、サラさんが作ってくれる素敵な下着を身に付けるとね、とっても気分が良くなるの、まるで自分がお姫様になれたような気持ちにね」
「ナターシャ様......光栄です」

 サラは少しでもナターシャの力になれていると実感して、心が暖かくなった。

「身に付けてみますか?お部屋の外で待っておりますね」

 いつも出来上がった物をすぐに試着するため、サラが立ち上がる。試着の手伝いをする侍女はテキパキと準備を始めた。退室しようとすると、ナターシャがサラに声を掛けた。

「ちょっと待って、いつも待たせて悪いと思って。待っている間、フィリップに庭を案内させるわ」
「いえ、えーっと、お構い無く......」

 サラのささやかな抵抗もむなしく、程なくしてナターシャの弟であるフィリップがやってきた。

 現れたのは金髪碧眼の麗しい男性。背が高く、体を鍛えているのかガッチリした体型だ。中性的で美しく、吸い込まれるように視線を奪われる。

「どうしましたか」

 サラに目を向けることなく会釈をすると、ナターシャに声を掛けた。

「まあ!ちゃんと挨拶しなさい」
「すみません」

フィリップが目を瞑りながらこちらに頭を下げる。
「あ、いえ、こちらこそ、すみません……」

「全く……。下着を試着する間、サラさんに庭を案内してくれるかしら」

 フィリップがわかりやすく眉間に皺を寄せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...