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己の撒いた種

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……あのゴブリンとの戦闘以降、完全に吹っ切れたとは言えないながらも躊躇いなく斬ることが出来るようになった。どうしても倒した後に気分が落ち込んでしまうのは仕方ないと思おう。


――最初のゴブリン以降も、シュタルクがゴブリンの数を減らし残ったやつを俺が狩るというスタイルで狩猟を続ける。

途中からは一匹だけではなく二匹残してもらって狩りをさせてもらったり、慣れてきた頃にはシュタルクは手を出さず俺が狩る様にもなった。

ちなみに、倒す都度回収するゴブリンの体内にある玉は"魔玉"と言うらしい。「魔力を内包しているが使用できない」ことが魔玉が生成される要因らしいが、詳しいことはわからないそうだ。

詳しくは本に纏められて、図書館に置いて有るらしいからそれも行った時に調べてみようか。


……ついでに明記しておくが、本来この魔玉は回収しないもので「狩猟依頼」のときにだけ討伐の証拠として特別に収集するらしい。酔狂な人間が集めたりするらしいがそれは論外であろう。普通は回収する時間すらも勿体無いとのことだ。



――暫くゴブリンを討伐しながら歩いていると、シュタルクが突然足を止めて俺を制止した。ゴブリンが出てくるときは大体こんな風に俺を止めるから、またゴブリンが出てくるのかと思い視線の先を注視する。


しかし、現れたのは筋肉隆々の大男。

――いや、 頭に角が生えているからもしかすると鬼だろうか? 前にやったゲームの中にこんなキャラが居た気がする。今見ている奴みたいな赤色の体色に鬼のような角が生えているのは――

あぁ、思い出した。たしかあいつは"オーガ"って名前だった気がする。



「アイツは……オーガか?――シアは危険だからちょっと下がってろ」
「わかった。気をつけてな」
「おうよ」


――最初のゴブリンの時と同様にシュタルクは不意打ちを行う。

それもゴブリンの時とは比べ物にならない速さで、そのまま脳天をかち割られて息絶えるだろうと思わせるほどの強烈な一撃だ。

不意を疲突かれたオーガはそのまま頭を斬られ――


「オラァ!! ―― 何だと!?」
「シュタルク?!」
「――グホッッ?!」


――オーガには傷一つ無い。あろうことか、オーガは手に持つ棍棒でシュタルクの斬撃を受け止めた・・・・・・・・のだ。

シュタルクが驚くのも無理はない、普通であれば今の斬撃で倒せる敵なのだ。

それに不意打ちの一撃、倒せない理由が何処にあるのだろうか?

……攻撃を受け止められたシュタルクは咄嗟に後ろに下がり距離を取るが、一瞬でオーガはその距離を距離を詰め――

――殴った。ハルバードで咄嗟に防御したのにもかかわらず、放物線を描いてシアの方へ一直線に吹き飛ばされてしまう。

「――おい大丈夫か!? 『ハイヒール』!!」

「うぐっ…。シア、アイツはヤバイ。多分強個体・・・だ」
「何だそれは?」
「同種族の中で異常に秀でている魔獣や魔物なんかがたまに居るんだよ。
 狼とかゴブリンとかならなんとかなるんだが――オーガはレベルが違う」
「元からの強さが違うからか?」
「それもあるんだが――っと、もう話してる暇はなさそうだな」


オーガが棍棒を引きずりながら此方に歩いてくるのが見えて……笑っている? どうして笑ってるんだコイツは。

――だがその獲物を見つけた動物のような笑いが妙に恐ろしく感じてしまう。

どうやってこの状況を切り抜けようかと考えていると、シュタルクが突然発した言葉に俺は耳を疑った。


「――シア、俺がオーガを引きつけているうちにお前は逃げろ」
「何を……言ってるんだ?」
「そうしたらギルドまで行って強個体の出現報告を――」
「ふざけんな! 誰がそんなことするかよ」


……あぁ、全くふざけている。

何故シュタルクを囮に俺が逃げなければならないんだ? 元はといえば森の奥に行く理由を作った俺が原因じゃないか。ならば――

「元はといえばこうなったのは俺の責任だ。
 自分で蒔いた種だ、自分で刈り取らなきゃ――なぁ!」

「よせシア! 行くな!」


シュタルクの言葉を無視してオーガへと一直線に駆け出す。シュタルクの言葉なぞシアの耳には入らない。


――狙いは首だ、首さえ落とせば絶対に相手は死ぬ。


それにシュタルクは不意打ちを受け止められたんだ、なら真正面から行くしか無いだろう? 実に分かりやすくて良いじゃないか!


俺は『剛脚』を使ってオーガに急接近し、そのままの勢いで首に向かって剣を振り下ろす。だが――

……不意打ちでもなければ、達人の一刀でもない。
  ただ振る速度が早いだけの素人の一撃は、棍棒を使って簡単に防がれてしまった。




俺の――予想通りに・・・・・な。



「シア! やっぱり駄目――」

「そりゃあ攻撃されたら防御するよなぁ? 
 もういっちょ――『剛脚』!」

「――グガァアア?!」

そう、俺はこれを狙ってたんだ。食い込んだ剣を支えにした上、突っ込んだ勢いをそのまま脚に乗せて――


――二発目の『剛脚』をデカブツの鳩尾にぶち込んだ。

筋肉の塊のオーガだろうが、人間の形であればここをやられたらまともに立ってはいられまい! そう思って全力で一撃を叩き込む。

……蹴った瞬間、脚から「ミシッ」と異音が聞こえたがそんな事を気にしている暇はない。気にしていたら俺が殺られる。



……さすがに吹き飛びはしなかったものの、鳩尾への一撃でオーガは堪らず蹲った。
  そこで蹲ったオーガの首を斬り飛ばさんと全力で剣を振り下ろすが――

――またしても剣の向かう先には棍棒があった。

振り下ろした剣は棍棒の半分ほどまでめり込んで……その動作を停止してしまった。

「なっ?! まだガードしやがるか! それなら――『剛腕』!」


――無理やり魔法を使って巨体ごと前に吹き飛ばす。
  腕力にものを言わせ、俺の全力の一撃を叩き込む!それだけだ。


ついにオーガは……その背を土に着けた。


倒すならばチャンスは今しかない。
直ぐに体制を整えてオーガに向かって距離を詰め――られなかった

「――クソッ! 何でこんなときに動けねぇんだよ?!」

――原因は脚だ。

さっきオーガを全力で蹴ったときに嫌な音が鳴ったが、どうやら俺の脚は奴の固さに耐えきれなかった様だ。骨が折れてしまったことによる激痛と、早く倒さねば此方が殺されるとという焦りが俺を襲う。

焦りと痛みで思考が纏まらなくなるが、俺には――

「――『ハイヒール』!」

――癒しの力があるんだ。いくら折れようが千切れようが吹き飛ぼうが……いくらでも直せる。

……そうしている間にもオーガは此方を睨みつけながら立ち上がろうとしていた。
  俺の治療が終わるのが先か、それともオーガが立ち上がるのが先か――

「早く早く早く! このままだと――」


――しかし、こっちの世界でも神は無情だった。


俺の骨が回復する前にオーガはその体をほぼ起こし、棍棒をその手に取ろうとする。

俺の怪我はまだ治らない。
もう数秒で治ると言うのに、その数秒が足りなかった。治らなかったんだ!

俺には絶望が襲いかかり――




     『――俺を忘れんなよデカブツゥゥ!』




……その声の主はオーガの横から飛び出してきたシュタルクだった。


今にも立ち上がろうとしていたオーガの脚を切り裂く。
堪らずオーガは"ズシン"と音を立てて倒れこんだ。

それと同時に俺の治療も――完了だ。
直ぐにオーガの真横へ走り剣を振り上げる。

「シア! 俺が抑えているうちに止めを刺せ!」
「あぁ ――『剛腕』!」


――俺は首めがけて一直線に剣を振り下ろす。


今度の一撃は防がれることなく、実にあっさりとしたものだった。

皮膚、筋肉、骨を断ち切る感覚が伝わってくるがそれでもまだ力を緩めることはしない。地面ごと切り裂くつもりでの一撃だ。それくらいでないと、こいつは――殺れない。

辺りに響くのはオーガの断末魔。鼓膜が破れそうなほどの大音量で足がすくみそうになった。


オーガからは血が吹き出し、ゴブリンの血の痕を塗り潰すようにして俺の服を朱に染めていく。そのうち、吸いきれなくなった血液が服から滴り落ちるようになった。

めり込んだ剣先から感じる荒々しい鼓動は徐々に弱まっていく。
そのうちにオーガの体は冷たくなり――


――首と胴体が完全に離れたオーガは生命活動を停止した。



緊張の糸が切れたのもあり、そのまま地面に座り込んでしまう。シュタルクに至っては大の字になって倒れこんでいた。命のやりとりというものはこうも神経を使うものなのか……。

「ハァ…ハァ、何とか…なったな」
「すまない、助かったよシュタルク」
「馬鹿野郎、それは……こっちのセリフだ」
「じゃあお相子ってことで」
「……ハハッ、そういうことにしとくか!」



血溜まりが広がってきたためオーガから少し離れたところで二人して座っていたが、流石に森のなかでは危険なため重い腰を上げる。


その後はさすがにもう帰ろうかという話になったため、オーガを処理するためにシュタルクと相談をしていた。

「さて、倒したのは良いんだが……こいつをどうやって持って帰るか」
「コイツには討伐証拠部位とかは無いのか?」
「いや、一応は角って事になっている。だが強個体の場合は体まるごと
 持っていくのが規則なんだよ。シアのランクだとまだ説明はされていないと思うが」

「なるほど。……ものは相談なんだが、コイツになら入れられるかもしれない」


俺が差し出したのは例のバッグ。神様から貰ったこのバッグにならオーガを突っ込めるかもしれない、そう思っての提案だ。

もしかすると珍しいもので人前に晒すことは辞めたほうが良い物品かも知れないが、四の五の言っている場合ではないだろう。

「ただのバッグじゃ――もしかすると魔道具か何かか?」
「貰いものだから詳しくは分からん。だがこれになら入るはずだ」
「スゲェもん持ってるな……出来るんならそうしてくれ」


了解を得たため、オーガへと近づく。

……死んでいるのにも関わらずその巨体からは威圧感のようなものが感じ取れる上、切り離されたその顔には怒りの形相が浮かび上がったままであった。

無意識にオーガに手を合わせ、俺はバッグへとその体を首と一緒に収納する。巨体は瞬く間に小さなバッグへと吸い込まれ、後には俺が抉った地面だけが残った。

「おぉ、本当に収納できたんだな。シアがいて助かったぜ」
「ははっ、そりゃあどうも――おっと」
「シア、大丈夫か?」

……いきなり襲った倦怠感にふらついてしまった。

魔法の多用に死の恐怖、初めて自分の手で魔獣を斬り殺したことも相まっているんだ。
そりゃあ体も悲鳴を上げるよな。

よし、それじゃあ――

「――さっさと帰るか!」
「おう!」


鬱蒼とした森を抜け、林を越えた俺達は通常の道に辿り着く。あとは一直線に道を進んでいくだけだ、レスクも此処から見えるから気が楽だしな。

ギルドに報告することはあるがそれも直ぐに済むだろう。


――本当に疲れた。今日は家に帰ったらゆっくり休むことにしよう。
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