月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第五十一話 西山物語(2)

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「うっせえ」

 ズデンカはそう言い放って先に進んだ。

「またすぐ機嫌を損ねる」

 迷った末、ズデンカは振り返った。

 ルナは半笑いだ。

「でも、幼い頃の君が見ただろう景色を一緒に眺められて嬉しいよ」

「気持ちわりいな」

 と言いながらズデンカも、不快な気分では決してなかった。

 「何で西山なの?」

 ルナは当たり前のことを訊いた。

「西にあるからだ」

 ズデンカは答えた。

「じゃ、東山もあるって訳だ」

「もちろん」

 とズデンカは逆の方を向いてその稜線をなぞった。西山よりも遥かに高い山並だ。


「やっぱり詳しいね」 

「そりゃ生まれ育ったからな」

 自分は何を話しているのだろうと、ズデンカは呆れていた。

「逆に訊くがなんでお前は西山に興味を持った? 別に東山でも良いだろう」

「なんとなくだよ。強いて言えば、綺譚《おはなし》の匂いに惹かれて、かな」

「どう言う意味だ?」

 ズデンカはまるで解せなかった。

 確かに今までルナと一緒にいると変な事件に巻き込まれることは多かったので、不思議な察知能力でもあるのかも知れない。

 「どうもこうも、何となくわかっちゃうもんなんだよ」

 ルナは言った。

「へいへい」

 ズデンカは後は黙った。



「どひー! ぜいぜい!」

 案の定、登りの道になるとルナがへたばった。

 空は黒々と曇っているし、先に荷物を処分したズデンカにとってはまことに歩きやすい状態なので、ルナの体力のなさには驚かされた。

「糞雑魚な体力だな」

「ああ……そう……だよ! 糞雑魚だよ」

 ルナが荒い息で応じた。

 ズデンカはその腰を脇に抱え歩き出した。

 「ルナさんも少しは筋トレしましょう! 昨日はホテルの個室だったでので、私はしっかりやってきましたよ!」

 カミーユが元気いっぱいに叫んだ。

 かなりきつめの山道を足どり軽やかに上っていた。

「筋トレをするための体力がないよ! あと、頭痛もする」

 ルナは言った。

「二日酔いだろ」

 ルナはウイスキーを買いこんできて独り飲んでいたのを、ズデンカは横で観察したから知っていた。

――ハードな登山も控えているというのに、本当にふざけたやつだ。

 ズデンカはルナを振り落とさないようにしっかり押さえて山を登った。

「酒を飲まないと、こんな世の中、やっていけないよ。ああ、また一杯飲みたいな!」

 ルナは楽しそうに言っている。

 と、銃声ひとつ。

 ズデンカは身構えた。一瞬カスパー・ハウザーの手のものかと考えたからだ。

「ブレヒトがいるのかもしれん。やつは射手《スナイパー》だ」

「違うよ」

 ルナは即座に否定した。

「なぜわかる?」

「だってブレヒトが使うのは猟銃。今のはガトリング砲、最近流行りのやつだ」

「銃声だけで聞きわけられるのか」

「ほんのさわり程度だけどね。この世界は奥が深すぎるから」

 ルナは微笑んだ。

「銃なんざ、あたれば危ないのに変わりないんだから、どっちでもいいだろう」

「まあ撃たない側からしたらそうかも知れないね」

 ルナは言った。

「何が言いたい」

「要はあのガトリング砲、反政府独立派ゲリラのものじゃないか、って推測しているのさ」

 ありえそうな話だとズデンカは思った。

「この山を拠点にしてやがるのか。厄介なところに来合わせちまったぜ」

「そうでもないよ。ぜひ、話を訊いてみたい」

 ルナは興味津々な様子だった。

――また厄介なことになった。

 ズデンカは呆れた。
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