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第一部

第十九話 墓を愛した少年(1)

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――ランドルフィ王国最南端レーヴィ付近
 
「暑い」

 綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは馬車の中で揺れながら横に寝そべっていた。

「扇とか持ってくりゃよかったよー」

 シャツ一枚になり、そのボタンすら幾つか外しているほどだった。

「手で扇いどけ」

 そう冷たく言ったものの、ルナが日射病で倒れたりしたら大変だと不安を感じ始めたのは、メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカだった。

「手で出せる涼風なんてたかが知れている。氷が欲しい」

「うーむ」

 ズデンカは周囲を見回した。石畳に舗装された道へと入っている。ランドルフィ半島の最南端に位置する港街レーヴィはすぐそこだ。

 アントネッリと比べて大きな街で、沢山の人が出入りしている。何台もの馬車と途中行き合っていた。

「我慢しとけ」

「ふわぁー!」

 言葉にもならないうめきをルナは上げて伸びてしまっている。ズデンカが振り返って確認すると、顔も赤くなっていた。

――こりゃいかんな。

 ズデンカは馬に鞭を当てた。

 駆け足で走り出す馬車。

「ルナ、大丈夫か!」

「ふう」

――まだ夏は早いぞ。

 ズデンカは暑さ寒さもあまり感じない。感じたとしても蚊が刺す程度のものだ。

 故にルナがどこまで具合が悪いのか判断するのが難しい。何度も確認を取って聞くしかないのだ。

「死にはしないか?」

「たぶんねえ」

 ルナの旅行券を翳して、街の検問所を通り抜けた時、

「どうされましたか?」

 気弱そうな衛兵が声を掛けて来た。

「連れが日差しにやられたらしい。何か冷たいものはないか?」

「あ、氷嚢ならあります。毎日誰かは日射病で倒れるので……」

「すまんが、頼む」

 衛兵は走って検問所の中へ入り、氷嚢を取ってきた。暑さに結露した水が掌を伝わってぽたぽたと石畳に散らばった。

「ほれ」

 ズデンカはルナの額に氷嚢を置く。

「うーん」

 ルナの顔から赤みが即座に引いていった。

「しばらく寝かしてやらんといかんな。どこか良い場所は知ってるか?」

「おっ、奥に……」

 ズデンカはルナを担いで検問所の中へ入った。

 簡易なベッドが置かれていた。ズデンカはルナをそこへ寝かせる。

「助かった。礼をしなくては」

 ズデンカはルナの懐を探って財布を取り出した。

「いっ、いえいえ、結構です。任務外のお金を貰っては後で罰されますし」

 衛兵は焦りながら両手を大きく広げて断った。

「そうか」

 ズデンカは渋々財布を引っ込めた。

「お前、名前は何て言う?」

「ヴィットーリオです」

 衛兵は素直に答えた。

「まだ若いな。いつから衛兵をやっている?」

「今年配属されたばかりです。他にも何人かいるんですが……」

「任務を放り出して遊びにいってるんだろう」

 簡易ベッドに横になったルナが言った。

――とりあえず、元気そうだな。

 ズデンカは一先ず安心した。

 直後に疑問が湧き上がった。

「なんでわかった?」

「勘さ。でも一応理由はある。この検問所、そこら中に酒瓶が転がってるじゃないか。アル中にはアル中の気持ちがわかるってもんだ。昼からでも飲みに出たいんだよ」

「なるほど」

 ズデンカは納得した。
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