月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第三十話 蟻!蟻!(4)

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「待てよ」

 ズデンカは意を察し、並んで歩く。

「何をしたい?」

「サシャさんがキーマンだ。なら、イザークさんに話を聞かないといけない」

 ルナはあっさり答えた。

「また男と話すのか」

 ズデンカは男が嫌いなのだ。それはルナも同じことだと確認を取っていたはずだが。


「ああ、必要なら話すさ。好き嫌いとそれは別だ」


  ルナは勢い込んで、厩舎の中で蟻を何匹も掃き散しているイザークの元へ走っていった。

 ズデンカは外で待つことにした。

「弟さんとはどうだったんですか」

「あまり話はしないな」

 イザークはとても無口だ。しかもルナの顔も見ずに話した。

 一匹が横転した以外、馬の被害はないようだった。

「失踪する以前には?」

 そう訊くルナにイザークは答えず、黙々と作業をやり続けるだけだった。

――兄弟でも色々だな。


 ズデンカは前ランドルフィ王国で出会った、礼儀正しい兄弟とは大違いだと思った。

「やれやれ参ったよ」

 ルナはしばらく粘っていたが、イザークのあまりの無口さに断念して引き上げてきた。

 他の連中にも訊いてみたが断られたのだという。

「例の力を使えばいいんじゃないか」

 ズデンカはうっかり口を滑らしたが、すぐに後悔した。

 ルナは自分や他人の頭に浮かんだイメージを実体化出来る能力がある。

 中立国ラミュの首都デュレンマットでスワスティカ残党に襲撃された際はその力を使いすぎてルナは消耗していた。また同じことの繰り返しになることを恐れたのだ。

「うーん、そうするかぁ。わたしとしたら本人の口から聞きたかったんだけど」

 ルナは迷っているようだった。

「なら止めろ」

「いや、やるよ」

 ルナはパイプを取り出した。火を点すと、もくもく煙が周囲にあふれる。

 するとその煙の中から、まだ顔に幼さの残る青年が姿を現し、厩舎の中へと歩いていった。

  ちょうど、蟻の掻き出しが終わり、一段落付いた頃合いだった。

「サシャ!」

 働いている連中はイザークも含めて驚いていた。

「無事だったのか」

「どこへ行っていた?」

 周りに駆け寄られても、手で押し退け、サシャは厩舎の中心まで移動した。

 胡座を掻いて坐り込む。

 そのまま動きが止まってしまう。

「これは……あの時と一緒だ!」

 誰かが叫んだ。

「サシャがいなくなった時と!」

「当たり前だね」

 ルナが嘯いた。皆の記憶の中にある光景を実際化したのだから、当然というわけだろう。

 突然、サシャが何かぶつぶつと呟き始めたが、意味がよくわからない。ズデンカはネルダ語がかなりよく聴き取れる方だが、まるで支離滅裂だった。

 と、いきなり、サシャの口が開いた。そこから無数の蟻が次から次へと涌きだした。

「うわぁ!」 

 周りの人々はいきなり蟻に身体を集られ、混乱して、逃げ惑っていた。

 サシャはそれを見届けると無表情のまま外へ出ていった。

 そして消えた。

 蟻も一緒に。

「これが、みんなが実際に目にしたことさ」

 ルナは言った。

「刺激が強すぎたな」

 まだ身体をかきむしっている人々を前にズデンカは言った。

「同じ恐怖を二度体験させちゃったわけだからね。答えて貰えなかったんだから仕方ないよ」

 ルナは少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「答えりゃよかったのに」

「仕方ないさ、ここではわたしたちはよそ者だ。それにサシャさんの」

 とルナはここで黙る。

「何だよ?」

 ズデンカは訊いた。
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