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第一部
第三十話 蟻!蟻!(5)
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「最期だって大方予想はつくからね」
「最期って、奴は死んでるのか?」
ズデンカは驚いた。
「さあ」
ルナははぐらかす。
「おいてめえ!」
ルナの胸倉を掴むズデンカ。
その腕が、下から蹴り上げられた。
「何するんだよ」
大蟻喰だ。
ズデンカは手を離した。
「こいつがサシャは死んだとか言って、だな……」
とまで言ったところでズデンカは激した自分が恥ずかしくなった。冷静になって考えると別に怒るようなことでもなかった気がする。
「ズデ公はもともと頭が単純だからね。ルナはそこが違って目端が利く」
大蟻喰は笑みを浮かべてズデンカの周りをくるくる回った。
「蚤以下の知性がよく言うぜ」
切り返すも語調に覇気がないことを痛感した。
「馬鹿言っちゃいけない。蚤にも親方がいて聖霊がいる。ズデ公と比べればはるかに知性も品性もあるよ。血を吸うぐらいしか共通点がないじゃないか」
大蟻喰は身を引き離した。ズデンカの打撃を前もって避けるためだろう。
だが、ズデンカはと言えば、撲《なぐ》る意欲もなかった。
まだ恥ずかしさが静まっていなかったからだ。
「それはともかく、もう一回ボチェクさんに話を聞かなきゃいけないね」
ルナはそんな二人を無視して言った。
「聞いてもわからんだろ」
ズデンカはまだしょげていた。
「そんなことはない。親が子供に向ける感情からは色々読みとれることもある。ボチェクさん、何か隠してそうだったからね」
ルナは答えた。
――人の気持ちに鈍感なくせにこんな時だけいやに鋭い。
言われれば確かにボチェクの表情は終始暗かった。息子の失踪について、隠していることがあってもおかしくはないだろう。
「じゃあいくか」
二人はまた歩き出した。いや、大蟻喰も尾いてくる。
「ってか、ボチェクのやつ、どこ行ったんだ」
ズデンカが訊く。
ボチェクは影もかたちも見えなくなっていた。
確かに厩舎の従業員たちは蟻の清掃を終えて馬を戻し始めていた。さっきルナの能力で一騒ぎになった後の混乱は静まっていないようだったものの。
だが、それを監督するボチェクがいないのだ。
「家の中に入っているんだろう」
厩舎の脇に添うように母屋が設置されていた。『管理者以外立ち入り禁止』と張り紙がされていたが、ルナは構わず扉を開けた。
あまり使われていないためか、軋んだ鈍い音が広がる。
「おい」
ズデンカが止めるもルナは進んでいった。
昼だというのに中は暗い。だが、奥の部屋からはランプの明かりが漏れていた。
ルナたちが近付く前に、向こうからボチェクが顔を出した。
「これはこれは、わざわざこんなところまで……」
後ろから光を浴びて、後光を放つような頭のボチェクの顔はかえって影を増した。
「ここなら、話を他に聞かれる恐れもないでしょう?」
ルナが笑みを浮かべて言った。
ボチェクから放たれる後光を浴びて、ルナの表情はなぜだか邪悪に見えた。
「どういうことでしょうか」
「他の皆には隠したいことがあるんでしょう?」
ルナは相手に顔を近づけた。
「……ペルッツさまには全てお見通しのようですね」
ボチェクはため息を吐いた。
「早速、お話ししてください」
ルナはお決まりの古びた手帳と鴉の羽ペンを撮り出した。
「中にお入りください」
ボチェクは三人を部屋の中に招き入れた。
古びた机を前に座り、手を組んで話し始める。
「サシャには妙な癖がありまして……」
「最期って、奴は死んでるのか?」
ズデンカは驚いた。
「さあ」
ルナははぐらかす。
「おいてめえ!」
ルナの胸倉を掴むズデンカ。
その腕が、下から蹴り上げられた。
「何するんだよ」
大蟻喰だ。
ズデンカは手を離した。
「こいつがサシャは死んだとか言って、だな……」
とまで言ったところでズデンカは激した自分が恥ずかしくなった。冷静になって考えると別に怒るようなことでもなかった気がする。
「ズデ公はもともと頭が単純だからね。ルナはそこが違って目端が利く」
大蟻喰は笑みを浮かべてズデンカの周りをくるくる回った。
「蚤以下の知性がよく言うぜ」
切り返すも語調に覇気がないことを痛感した。
「馬鹿言っちゃいけない。蚤にも親方がいて聖霊がいる。ズデ公と比べればはるかに知性も品性もあるよ。血を吸うぐらいしか共通点がないじゃないか」
大蟻喰は身を引き離した。ズデンカの打撃を前もって避けるためだろう。
だが、ズデンカはと言えば、撲《なぐ》る意欲もなかった。
まだ恥ずかしさが静まっていなかったからだ。
「それはともかく、もう一回ボチェクさんに話を聞かなきゃいけないね」
ルナはそんな二人を無視して言った。
「聞いてもわからんだろ」
ズデンカはまだしょげていた。
「そんなことはない。親が子供に向ける感情からは色々読みとれることもある。ボチェクさん、何か隠してそうだったからね」
ルナは答えた。
――人の気持ちに鈍感なくせにこんな時だけいやに鋭い。
言われれば確かにボチェクの表情は終始暗かった。息子の失踪について、隠していることがあってもおかしくはないだろう。
「じゃあいくか」
二人はまた歩き出した。いや、大蟻喰も尾いてくる。
「ってか、ボチェクのやつ、どこ行ったんだ」
ズデンカが訊く。
ボチェクは影もかたちも見えなくなっていた。
確かに厩舎の従業員たちは蟻の清掃を終えて馬を戻し始めていた。さっきルナの能力で一騒ぎになった後の混乱は静まっていないようだったものの。
だが、それを監督するボチェクがいないのだ。
「家の中に入っているんだろう」
厩舎の脇に添うように母屋が設置されていた。『管理者以外立ち入り禁止』と張り紙がされていたが、ルナは構わず扉を開けた。
あまり使われていないためか、軋んだ鈍い音が広がる。
「おい」
ズデンカが止めるもルナは進んでいった。
昼だというのに中は暗い。だが、奥の部屋からはランプの明かりが漏れていた。
ルナたちが近付く前に、向こうからボチェクが顔を出した。
「これはこれは、わざわざこんなところまで……」
後ろから光を浴びて、後光を放つような頭のボチェクの顔はかえって影を増した。
「ここなら、話を他に聞かれる恐れもないでしょう?」
ルナが笑みを浮かべて言った。
ボチェクから放たれる後光を浴びて、ルナの表情はなぜだか邪悪に見えた。
「どういうことでしょうか」
「他の皆には隠したいことがあるんでしょう?」
ルナは相手に顔を近づけた。
「……ペルッツさまには全てお見通しのようですね」
ボチェクはため息を吐いた。
「早速、お話ししてください」
ルナはお決まりの古びた手帳と鴉の羽ペンを撮り出した。
「中にお入りください」
ボチェクは三人を部屋の中に招き入れた。
古びた机を前に座り、手を組んで話し始める。
「サシャには妙な癖がありまして……」
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