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第五章
第五話 前編
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翌朝、グレアは約束通りフェソロフォートと待ち合わせた。
二人は朝食を共にした後、普段は馬車を引いているグレアの馬に乗って、そのまま近くの森に入っていった。
「さて、約束通り剣術を教えます」
「お願いします。先生!」
ややふざけているフェソロフォート。
「手始めに実力を図るために手合わせしましょう」
やるからにはちゃんと。グレアの指示は浮ついた彼に喝を入れる目的も少なからずあった。
木剣を手に向かい合い、構えを取る。
どちらも「風蒼流」というだけあって一見すると鏡映しのようだが、実際にはグレアは意図的に全身を脱力させ、反対にフェソロフォートは力を込めている。
「貴方の方からどうぞ」
「いいのかい? じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って走り出したフェソロフォートの全身は魔力を帯び、一瞬にして最高速に達する。
驚きながら攻撃を受け止めたグレアは、なすがままに後方に二歩分ほど吹き飛ばされる。
止まぬ追撃。
態勢を立て直したグレアは相手の止めどない「隼斬り」を同じく「隼斬り」で受け続けるが、最高速を維持し続ける斬撃に速度で負け始める。
(これだけ手数が多くて速いと、もはや「隼斬り」というより「白巌流」の「吹雪」じゃないか)
グレアも剣の持ち方を素早く変え、「吹雪」で迎え撃つ。
速度が互角になり、筋力と技術で勝るグレアが押し返す。
状況を不利と見るや、焦燥感を胸にフェソロフォートは距離を取り、全身にさらなる魔力を込める。
本来であれば死を覚悟で残存魔力の全てを賭し、最終盤で勝負を決めに行く為に使われる必殺の技術:「回生」である。
それを何気なく使いながら、再び「駿馬」で距離を詰めてくる。
(不服だがしょうがないか)
グレアは「理識」で見て初撃を受け止め、そのまま「柳」で受け流した。
途端に力の方向が乱され、フェソロフォートはそのまま体勢を崩した。
その喉元に木製の切っ先をゆっくりと突き付け、手合わせを終わりにする。
「いやあ、強い。あわよくば倒してやろうと思っていたのに」
額の汗を拭いながら、フェソロフォートは笑って言う。
「僕より小柄な女の子なのに、一撃一撃が重かった。最後は完全に意表を突かれたし、これが剣術の高みなんだね」
「いや…」
グレアは首を振った。
「最後のは『逃げ』みたいなものです。私は教える立場になった以上、攻撃は全て受け止めようと思っていました。でも貴方の攻撃速度に対応出来なくて、最終的には『蒼風流』に無い技を使ってしまったのです」
「別にいいんじゃないか」
フェソロフォートの言葉、その軽やかで真っ直ぐな響きがグレアの心を震わせた。
「実際の戦いなら使えるものは全部使うだろうし、僕は手加減してくれなんて言っていないだろう? …それよりも、『蒼風流』以外の流派の技も習えるなんて嬉しいよ! あれはどこの流派だったのかな?」
人を憎むことを知らない純真さと底抜けのポジティブさ。
グレアは昔の想い人の姿を目の前の少年に重ね、笑みを零した。
「『白巌流』と『泰然流』。もしよろしければ、喜んで教えますよ」
指導と練習に夢中になっている内に日は暮れ、二人は町に戻った。
「何を頼もうか?」
行きつけの冒険者酒場にて、フェソロフォートは目の前に座る美少女に問い掛けた。
「なければ、僕のオススメを食べて欲しいな」
「是非とも。それでお願いします」
「分かった。お酒は飲むかい?」
「…遠慮しておきます」
グレアには飲酒経験はない。自分が幼いことを知っているが故に無理はしないと決めていた。
「貴方は? 行きつけってことはいつもは飲むんですよね?」
「…いいや、今日は良いよ」
フェソロフォートはグレアに目をやり、一瞬考えてからそう答えた。
「そんな気分じゃないんだ」
アルコール無しでも宴は大いに盛り上がった。
ちょっとした身の上話に始まり、冒険者らしく魔法や剣術について、これまで受けた依頼について、冒険の中での印象的な体験談…。
フェソロフォートの飾り気のない言葉と歯切れのよい語り口はグレアを楽しませた。
ひとたび聞き手に回れば、混じりっ気なしの純粋な感情から来る肯定と賞賛によって喜ばせ、グレアの口を止まらなくさせた。
グレアも彼の言葉が口先だけでないことを感じてこそ、純粋な気持ちで話し続けることが出来た。
支払いの時、昨日とは逆に、フェソロフォートがグレアを引き留めた。
「昨日は奢ってくれただろう。だから今日は僕に払わせて欲しい。昼間にも便利な技を教えてもらったしさ」
これも打算的な発言ではなかった。
グレアはそれを感じ取り、笑顔で頷いた。
二人は明日以降に会う約束を改めて確認した後、夜空の下で別れた。
しばらく行ったところで物陰から人影が現れ、一瞬にして取り囲まれる。
昨日の少女たちだ。
「本当に怖い者知らずね」
リーダー格の者が一歩出てきて言う。
「それとも、馬鹿で無知なのかしら。夜に二人きりで密会なんてどういう神経? 自分が何をしているか、身をもって知りなさい!」
少女たちはほうきやフライパンなどを取り出し、グレアに襲い掛かった。
今度は一度に全員襲い掛かるのではなく、連携の取れた波状攻撃だ。
グレアは正面の一人の攻撃を鞘で受け流してバランスを崩させると、それで出来た隙間から抜け出し、そのまま「駿馬」で走り去った。
(今日は楽しかったな…)
机に向かい、ラーラの居場所についての情報を整理しながら、ふと手を止めて物思いに耽る。
(ラーラ…今くらいはいいよね)
机から離れ、ベッドに寝転がる。
その脳裏にはあの曇り気のない、太陽のような笑顔が映っていた。
(今くらいは…いいよね)
グレアは幸せそうに目を瞑った。
二人は朝食を共にした後、普段は馬車を引いているグレアの馬に乗って、そのまま近くの森に入っていった。
「さて、約束通り剣術を教えます」
「お願いします。先生!」
ややふざけているフェソロフォート。
「手始めに実力を図るために手合わせしましょう」
やるからにはちゃんと。グレアの指示は浮ついた彼に喝を入れる目的も少なからずあった。
木剣を手に向かい合い、構えを取る。
どちらも「風蒼流」というだけあって一見すると鏡映しのようだが、実際にはグレアは意図的に全身を脱力させ、反対にフェソロフォートは力を込めている。
「貴方の方からどうぞ」
「いいのかい? じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って走り出したフェソロフォートの全身は魔力を帯び、一瞬にして最高速に達する。
驚きながら攻撃を受け止めたグレアは、なすがままに後方に二歩分ほど吹き飛ばされる。
止まぬ追撃。
態勢を立て直したグレアは相手の止めどない「隼斬り」を同じく「隼斬り」で受け続けるが、最高速を維持し続ける斬撃に速度で負け始める。
(これだけ手数が多くて速いと、もはや「隼斬り」というより「白巌流」の「吹雪」じゃないか)
グレアも剣の持ち方を素早く変え、「吹雪」で迎え撃つ。
速度が互角になり、筋力と技術で勝るグレアが押し返す。
状況を不利と見るや、焦燥感を胸にフェソロフォートは距離を取り、全身にさらなる魔力を込める。
本来であれば死を覚悟で残存魔力の全てを賭し、最終盤で勝負を決めに行く為に使われる必殺の技術:「回生」である。
それを何気なく使いながら、再び「駿馬」で距離を詰めてくる。
(不服だがしょうがないか)
グレアは「理識」で見て初撃を受け止め、そのまま「柳」で受け流した。
途端に力の方向が乱され、フェソロフォートはそのまま体勢を崩した。
その喉元に木製の切っ先をゆっくりと突き付け、手合わせを終わりにする。
「いやあ、強い。あわよくば倒してやろうと思っていたのに」
額の汗を拭いながら、フェソロフォートは笑って言う。
「僕より小柄な女の子なのに、一撃一撃が重かった。最後は完全に意表を突かれたし、これが剣術の高みなんだね」
「いや…」
グレアは首を振った。
「最後のは『逃げ』みたいなものです。私は教える立場になった以上、攻撃は全て受け止めようと思っていました。でも貴方の攻撃速度に対応出来なくて、最終的には『蒼風流』に無い技を使ってしまったのです」
「別にいいんじゃないか」
フェソロフォートの言葉、その軽やかで真っ直ぐな響きがグレアの心を震わせた。
「実際の戦いなら使えるものは全部使うだろうし、僕は手加減してくれなんて言っていないだろう? …それよりも、『蒼風流』以外の流派の技も習えるなんて嬉しいよ! あれはどこの流派だったのかな?」
人を憎むことを知らない純真さと底抜けのポジティブさ。
グレアは昔の想い人の姿を目の前の少年に重ね、笑みを零した。
「『白巌流』と『泰然流』。もしよろしければ、喜んで教えますよ」
指導と練習に夢中になっている内に日は暮れ、二人は町に戻った。
「何を頼もうか?」
行きつけの冒険者酒場にて、フェソロフォートは目の前に座る美少女に問い掛けた。
「なければ、僕のオススメを食べて欲しいな」
「是非とも。それでお願いします」
「分かった。お酒は飲むかい?」
「…遠慮しておきます」
グレアには飲酒経験はない。自分が幼いことを知っているが故に無理はしないと決めていた。
「貴方は? 行きつけってことはいつもは飲むんですよね?」
「…いいや、今日は良いよ」
フェソロフォートはグレアに目をやり、一瞬考えてからそう答えた。
「そんな気分じゃないんだ」
アルコール無しでも宴は大いに盛り上がった。
ちょっとした身の上話に始まり、冒険者らしく魔法や剣術について、これまで受けた依頼について、冒険の中での印象的な体験談…。
フェソロフォートの飾り気のない言葉と歯切れのよい語り口はグレアを楽しませた。
ひとたび聞き手に回れば、混じりっ気なしの純粋な感情から来る肯定と賞賛によって喜ばせ、グレアの口を止まらなくさせた。
グレアも彼の言葉が口先だけでないことを感じてこそ、純粋な気持ちで話し続けることが出来た。
支払いの時、昨日とは逆に、フェソロフォートがグレアを引き留めた。
「昨日は奢ってくれただろう。だから今日は僕に払わせて欲しい。昼間にも便利な技を教えてもらったしさ」
これも打算的な発言ではなかった。
グレアはそれを感じ取り、笑顔で頷いた。
二人は明日以降に会う約束を改めて確認した後、夜空の下で別れた。
しばらく行ったところで物陰から人影が現れ、一瞬にして取り囲まれる。
昨日の少女たちだ。
「本当に怖い者知らずね」
リーダー格の者が一歩出てきて言う。
「それとも、馬鹿で無知なのかしら。夜に二人きりで密会なんてどういう神経? 自分が何をしているか、身をもって知りなさい!」
少女たちはほうきやフライパンなどを取り出し、グレアに襲い掛かった。
今度は一度に全員襲い掛かるのではなく、連携の取れた波状攻撃だ。
グレアは正面の一人の攻撃を鞘で受け流してバランスを崩させると、それで出来た隙間から抜け出し、そのまま「駿馬」で走り去った。
(今日は楽しかったな…)
机に向かい、ラーラの居場所についての情報を整理しながら、ふと手を止めて物思いに耽る。
(ラーラ…今くらいはいいよね)
机から離れ、ベッドに寝転がる。
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(今くらいは…いいよね)
グレアは幸せそうに目を瞑った。
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