魔王メーカー

壱元

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第二章 後編

第三十六話

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   私が目を覚ますと、そこは真っ白な部屋の一角だった。

不審に思いながらも身体を起こし、眠り眼を擦る。

遠くに扉が見えた。

ゆっくりとそれに近付き、ドアノブに手を掛ける。

その時、何か違和感を覚えた。

取り返しのつかない何かを始めるような、望まぬ未来が齎されるような、出自不明の不安。

だが、ここには何も恐れるべき物は無い。

錯覚に過ぎないと確信して、扉を開ける。

   そこには彩り豊かな森が一面に広がっていた。

美しい紫色の羽を持つ蝶や小鳥が飛び交い、少数だが夜の湖のような深青色をした茸や、赤色のささくれ立った蔦が生えているのも見える。

小径がそんな幻想空間の中を伸びているのだ。

私は我慢できず、ゆったりとした調子で歩き出した。

何とも心地よい感覚が、私を静かな物思いにどっぷりと浸した。

この一年間、あっという間だった。

アルクと出会い、アルクを殺し、伯爵に拾われ、ラーラやバセリアと出会い、伯爵に裏切られ、ラーラと契りを結び、「キリカナム教団」と戦い、ラーラに誕生日を祝われ、「計画」を変更し、ラーラと代わって「近衛兵」になり、バセリアと修行し、ラーラを守ろうと決意して、クリロン城でクオーテと出会い、「計画」を変更し、そして一ヶ月後に決行…。

「あれ?」

それ以降も何か重大事件があったように思えるのだが、何故だか思い出せない。

紫の小鳥達が悲しげに、そして必死に鳴き、私の方から前方へと逃げていく。

気になって振り返ると、私の通ってきた道、見てきた風景の全てが漂白されて硬直している。

私は立ち止まった。

再び、あの扉の前で覚えた感覚に襲われたのだ。

だが今度はもっと強い衝動であった。

思考を投げ出して散歩を継続すれば、「自分が自分で無くなる」とでも言う様な、一世一代最大の危機感。

だが、この安心感は捨て難い…。

私は数分間葛藤した。

だが、とうとう決心し、元来た道を全速力で戻った。

全ての邪念を捨て去り、後ろは顧みず、ただただ、あの扉に駆け寄り、それを迷いなく開け放った。

すると、星空のような空間に吸い込まれる。

幾本もの色取りの光の筋が闇の中を突き進んでいく。

私も同じように進んでいくが、これでもまだ「正解ではない」と感じる。せめて限りなく近い所にいると信じたいが。

先程の森の小道において、私は間違いなく快適さを感じていた。

しかし、それは何かが、何かしらの目的の為に、何かしらの形で私を陥らせようと見せていたものだった。

そこで、私は自分自身の五感を吟味し始めた。

今私が見ている物は、本当に私の網膜に実態を持って飛び込んできたものなのか。

今私が聞いている物は、私の鼓膜を真に物理的に震わせているものなのか。

私は他の「何か」を知覚しているのではないか、と

声が聞こえた。








「グレア様」

私が正気を取り戻してまず見たのは、ラーラの涙だった。

「ああ…」

彼女は安心したように笑うと、私を柔らかく抱き締めた。

「良かった...」

閉じた目から、一筋の涙が頬を伝った。

私も思わず彼女を抱き締め返す。

その時、火傷するほど熱い、生理的嫌悪を感じる質感の何かが手に触れた。

「え?」

私は目を疑った。

ラーラの腹から背中へと、ぽっかりと大きな風穴が空いていた。

まるでいつかのように。

私が触れたのは、彼女の傷口であったのだ。

突然、私に寄りかかっている身体が重くなり、するりと抜けて、地面に落ちた。

「面白かったぞ」

唖然とする私に対し、誰かがそう言った。

顔を上げれば、その声の主が、そしてラーラを痛め付けたのが誰か、即座に理解した。

「お前だな?」

私の傷は完全に回復している。

だが、この内側で燃え滾る炎は、せっかくの私の身体を丸ごと焼き焦がしてしまいそうに思えた。


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