英雄の世紀

博元 裕央

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・断章②【1945年8月、広島、そして長崎】

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 1945年8月6日、広島。

 立ち上がるキノコ雲を、アメイジングマンは呆然と眺めていた。

(この飛行機は何としても任務を果たさなければならないので護衛をして欲しい。そう頼まれて引き受けた。それが祖国の為であり、祖国の為になる事は正義であると、戦いに参加した皆が信じていた……僕も信じていた)

 眼下の街は煮えたぎる地獄だった。超人的な五感が全てを伝えてくる。蒸発した人間が混じった空気の味、街が燃えた熱気による風の触感、燃える人間の匂い、皮膚を剥がされた人間が痙攣する光景、首の吹き飛んだ母親に縋る子の泣き声……そしてそれら全ての怒りを込めて叩きつけられる金鵄髑髏の鉄拳で己の骨が折れる感触。

「あれは、悪だ」

 空中を吹き飛ばされて間合いを取り、条件反射的に体勢を立て直したアメイジングマンに、金鵄髑髏はキノコ雲を見て語った。

「思い出した。高天原ラ・ムー・リアの最後の日も、あれに似たものが降り注いでいた。あれは、悪だ。これは、悪だ。これが悪でなくて何だというのだ」

 猛禽の兜の下、直前のアメイジングマンとの戦いで髑髏の眼窩に入った罅が、その戦いで原爆投下を阻止出来なかった事に対する涙のようだ。重慶空爆を廃して単身突入し、蒋介石政権を犠牲を限定的にして崩壊させた金鵄髑髏は語った。

「悪はこれだけではない、アメイジングマン。お前と戦えるのは私だけだ。だから防げなかった私も同罪だ。そもそもここまでの戦争での破壊についてもだが。あれで焼こうが、焼夷弾で焼こうが、これが悪で無くて、何だというのだ」

 日本全国津々浦々で繰り広げられる市街地絨毯爆撃。原子爆弾は恐るべき破壊力だが、本質においては民間人の殺戮という悪はこれだけではないのだと。そして。

「次は私は全ての力を使い尽くすつもりで戦う。命を捨ててでも悪を阻止する。お前はどうする、アメイジングマン」

 髑髏は死者を代弁し、アメイジングマンに問うた。

 ――――――――

 1945年8月9日。長崎。

「……ああ……」

 宣言の通り、金鵄髑髏はアメイジングマンと戦うより原爆投下を阻止しようとすることを優先し、アメイジングマンに背中を見せ、そして死んだ。手加減できる程の隙や余裕等、己と互角、僅かでも過てば殺されうる相手の力量故ある筈も無かった。

 そうしておきながら、投下される原子爆弾に対し、煩悶し、見過ごせず、縋り付いてしまった己にアメイジングマンは嘆息した。

 原子爆弾は馬鹿に重かった。普段なら戦車でも軽々持ち上げられるのに。本能が理解する。金鵄髑髏の故郷のように、母星もこれに近いもので滅び……故にこの金剛不壊の肉体にとって、これは唯一つの致死毒なのだと。

「これが、僕の罪の重さか」

 最後の力で原子爆弾を街から遠ざけながら、死を前に寂しく、宇宙人ディ・シィは微かに泣き笑った。
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