英雄の世紀

博元 裕央

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・断章⑪【1971年某月某日、群馬県、榛名山中】

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「お前等、聞け。お前等は革命家だろう。革命家ならば自分達の連帯を否定してどうして革命をするんだ。どうして自分を批判する同志の為に、自分らを殺す革命に従事できるんだ。仲間割れをする限り、お前等は永久に勝てんのだぞ」

 山岳中の粗末な拠点ベースというにもおこがましい遭難と野宿の境界線上で、自己批判と称する内ゲバで今にも同志と呼んだ相手を本気で憎み殴り殺さんとしていた新左翼の一派は、不意に響いた声にぎょっとして向き直った。

 反革命的だと非難されリンチにかけられんとしていた者に全員の意識が集中していた。だがとはいえ、どうして、いつの間に。自分達ではない誰かがこの場に入り込んだのだ?

 盗んだ猟銃だのスコップだの鉄パイプだの角材棒だのを掴んで向き直ると、囲まれた自己批判対象とは真逆の山中の大岩に、美しい女天狗が胡座をかいていた。

 いや、天狗ではない。飾り気の無いカーキ色の軍服を着た天狗がいるものか。だがそいつはそんな奇妙ななりをした黒髪の美しい女で、突然そこに出現した理由である、背中から生えた鴉の羽を悠然と降り畳んでいた。それ故に天狗に見えた。

「静かにせい、静かにせい。話しを聞け。女一匹が命を懸けて諸君に訴えているんだぞ、いいか、それがだ、今、お前等がだ、ここでもって立ち直らねば、仲間割れを止めて立ち直らなきゃ、革命ってものはないんだよ。お前等は永久にだね、唯惨めな山中の立てこもり犯になってしまうんだぞ。私は待ったんだ。空からお前達の言い争いが収まるときを、長く待ったんだ。見捨てたくなったが、待っていたんだよ?」

 忽ち沸き起こり、収まる事野内混乱した誰何と警戒の声。無秩序なそれに眉を潜めながら、悠揚とそう語る女だったが、語り終える頃には、己の言葉に対する相手の反応の当惑しさっぱり団結する様子のない情けなさから、冷徹に判断を下していた。

 新左翼も色々見てきたが、これ程の仲間割れまでするこいつらは私の基準からすれば一際盆暗だ。こいつらには武士として尊ぶ程の魂の値打ちはない。全員足し併せて、道具にするのがやっとという所だ。ならば、そうしよう。

「ふん」

 内懐からフラスクを取り出し、蓋を外して投じる。地面に零れて瞬時に気化する液体、騒ぐ新左翼達……が、即座に、静かに倒れた。女は……組織日本支部長ソサエティ・ジャパンブランチオーダー四島君緒、またの名をバラセンガラスは、生機幽合体サイバイオカルトである故に気化する液体の中で平気でいる。

細菌級微細機械群バクテリアクラスマイクロマシンによる生機幽合体サイバイオカルト速成改造。病毒級超微細機械群ウィルスクラスナノマシンにはまだ届かんとはいえ新技術だが、さて……」

 組織ソサエティとしても実験段階の技術だが、果たして成功するか否か。見守る四島の視線に、笑みがじわりと浮かんだ。成功だ。

 いがみ合っていた新左翼の若者達は、赤子のような微笑みを浮かべて眠りながら異形に変化していく。人の面影を残した蜂に変じた青年男女を、服や武器が変形した蜂の巣と要塞を複合したような形状をした外骨格が繋いで、一体の巨人へと変化させていく。そこに宿るのは神話伝承の多頭や多腕の属性を持つ巨人達の霊力だ。

 多数の人蜂が融合した複数の頭と腕を持つ、怪獣と言うには小さいが生機幽合体サイバイオカルトとしては非常に巨大な怪物、スズメバチトーチカが構築される。

「さあ、行け。行ってしようと思っていた事をするがいい」
「革゛命゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
「武゛力゛闘゛争゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!」
「殲゛滅゛戦゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!」

 多数の口で叫びながら、かくして怪物は進撃を開始した。仲間同士で殺し合うまで山中に追い詰められながら、尚信じ続けていた革命への思いのままに。

「……そして、内輪揉めで殺し合い無様な事件で終わるよりはマシな最後を遂げるといい。カミカゼトンボ、航空偵察報告を続けろ。私が直上、お前が先行だ。せいぜい、マシな相手と天晴れな戦いが出来るようにさせてやろうではないか」

 その背中を見送り、寂しげな哀れみを込めた表情で四島は嘆息し、内蔵通信機を起動。自分と共に上空を飛んでいた生機幽合体サイバイオカルトに命令を下す。スズメバチトーチカを誘導する。同じ新左翼生機幽合体サイバイオカルトの作戦行動を支援する為に民間施設ではなく正義の味方に直接ぶつけるというまだ戦術的に意味のある戦闘をさせる為に……

「……ふん」

 四島は微かに自嘲の微苦笑を浮かべた。それは確かにスコルピウルフやヤドカリジャックら他の新左翼生機幽合体サイバイオカルトが望む事ではあろう。しかし同時に、それは矛の会スピアーズにとってはある種の陽動と攪乱でもあるのだ。無論、彼等新左翼に戦力を提供した対価と言う事でもあるが、そもそもの新左翼の目的と自分達の打算、そう、打算だ、それを考えれば、本懐たる誇りある堂々の戦いと言うには程遠い。

(大丈夫だ、私に任せてくれ。たとえ私達の見ているものが夢だとしても、私は決して夢を現実なんぞに劣るものとは言わせない)

 だが、せねばならぬ。かつて、矛の会スピアーズの皆に、そう誓った。その為に、今は耐えて積み重ねる。

「……行くぞ、マスクドラグーン」

 羽を広げ、呟く。そうだ。耐える戦いだとしても、耐えられる。誇るに値する敵がいる。スズメバチトーチカを誘導する先には、あの男がいる。

 組織日本支部ソサエティジャパンブランチの改造を受けながらその警備を破り己の正義を掲げて脱走に成功し、正義の味方として正に誇り高く戦う男。

「さあ、勝負だ」

 何度めかの、あの男との戦いが始まる。誇り高き正義の味方との戦いが。今はまだ、直接対決で無くとも。

 ……今はスズメバチトーチカすら羨ましく思いながらも、何れ来る日を求め、四島君緒は飛翔した。
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