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第二章

・第二十七話「竜と暴力と変革と(中編)」

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・第二十七話「竜と暴力と変革とドラゴンボーリョク・レボリューション(中編)」


 何時もの通りの僅かな呻き声と溜め息が大多数の静寂を強調するナアロ王国首都闘技場から、国王エオレーツ・ナアロ、即ち新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア第三位『交雑クロスオーバー欲能チート』は立ち去った。

 〈王に異議を唱える者は、王に挑んで構わない。受けて立つ。〉という掟の元、今日も挑戦者を打ち倒したのだ。もはや挑む者も疎ら、久しぶりの挑戦であり、それなりに策を誂えていたが……『交雑クロスオーバー』の力の前では無意味であった。

 恐怖を以て見送る民達を無視し一人進む『交雑クロスオーバー』の肩に、ひらりと機械の鳥が舞い降りた。ナアロ王国首席錬術れんじゅつ博士ドシ・ファファエス、即ち『文明サイエンス欲能チート』がその力で産み出す様々な道具である『発明品マクガフィン』の一つだ。ドローンでもなければ携帯電話でもない所は、『文明サイエンス』の狂科学者を演じる事へのこだわりである。

「ジャンデオジン海賊団と〈長虫バグ〉が接触しよったぞ」

 かちかち、と、機械仕掛けの鳥は嘴を鳴らすと、そこから『交雑クロスオーバー』の耳にしか届かない指向性音波を発生させ交信する。

「そうか。他は」

 それに『交雑クロスオーバー』は、そちらが本題だ、という風に促した。機械仕掛けの鳥は続ける。『文明サイエンス』が各地に飛ばした『発明品』から集積し続ける情報を。

「〈帝国派〉が動き出しておるのう。臆病者共にしては珍しい事じゃが、『増大インフレ』と〈長虫バグ〉、食い合わせて勝ち残った方を潰す算段のようじゃ」

 それに『交雑クロスオーバー』は、僅かに帝国派への侮蔑めいた表情を浮かべた。連中の方針は手に取るようにわかる。『惨劇グランギニョル欲能チート』『経済キャピタル欲能チート』『神仰クルセイド欲能チート』そしてあわよくば『増大インフレ欲能チート』の死後、空位の座を少しでも多く自派閥で埋める事で組織内における優位を確立する計画だ。それはもう想定済だ。故に『交雑クロスオーバー』は問う。

「『永遠エターナル欲能チート』は」
「どうやらご懸念の通りのようですな」

 言葉少なに、そのやりとりだけで十分だった。それは既に〈王国派〉が『永遠エターナル』について調べを進めている事を意味する。

「やはりか。……珍しくやる気を出したようだが、正攻法では少々消耗させた程度で〈帝国派〉全軍を以てしても『増大インフレ』は討てまい。それは〈長虫バグ〉も同じ事だ。奴等の力では、これまで通りの戦い方で勝てる相手ではない・・・・・・・・・

 そして『交雑クロスオーバー』は断言した。〈長虫バグ〉では、〈欲能を殺す者達チートスレイヤーズ〉の力では『増大インフレ』に勝てぬと。

「普通にいけば、勝ち残るのは『増大インフレ』」
「普通に行けば、な。これ以上混珠こんじゅを荒らす『増大インフレ』に生き残って貰っては困る」

 そう言って『交雑クロスオーバー』は笑った。これではまるで、この世界を守ろうとしているようではないかと。断じて、そうではないにも関わらず。

「難しい匙加減じゃのう。〈長虫バグ〉共は此方と相性が良いわけではないが邪魔者にけしかけるには良い。しかし出来ればこれ以上組織の力は落としたくもないが、最低限〈全能ゴッド欲能チート〉、場合によっては『全能ゴッド』と『永遠エターナル』は殺す必要がある。〈長虫バグ〉を殺す為の札はもうじきに準備が出来るし、それは戦力的には〈長虫バグ〉の上位互換じゃが、〈長虫バグ〉と違いけしかけた上で正体が明らかになればそれは宣戦布告じゃ。あくまで敵のやった事である〈長虫バグ〉の攻撃とは違う」

 リアラもルルヤも派閥抗争の手段の一つとすら言い切りながらも、その上で更に対抗手段を整え、整えた上で対抗手段にも奢らない『文明サイエンス』。しかしその後の手を思案する『文明サイエンス』に、『交雑クロスオーバー』はすぱりと決断した。

「『増大インフレ』が勝利した場合は、〈帝国派〉と共同で潰す。やつならば潰す口実に事欠かんし、〈帝国派〉の企みとしても〈全能〉の目的としても問題はないから奴等も妨害はすまい。〈長虫バグ〉が勝利した場合は『永遠エターナル』と『全能ゴッド』への対処を優先する。対処は俺が行う。兵力は……『虚無ウチキリ欲能チート』を借りるぞ。他の部下共が必要になるのはこの後の局面だ」
「ひょひょ。またぞろ〈超人党〉〈軍人党〉の諍いが増えそうじゃのう。その不満は、後の戦にぶちまけて欲しいものじゃがな。ともあれ了解じゃ。それじゃあ、儂は切り札の準備を続けるぞい」

 その決断に従い、機械仕掛けの鳥はこの間まで組織最大だった自派閥故に存在する派閥内党派についてひとくさりぼやくと、〈文明〉の声を出し終え飛び去った。

 『交雑クロスオーバー』は歩き続ける。複雑な新天地を、目的を目指して。



 夜の船内。

「全く、これはいけないね、いけないともさ」

 ハリハルラは小声で呟き、自室を出た。普段の大股歩きで夜中に騒がしくしてはいけないと、普通の歩調で歩きながら。

(このハリハルラさんの船で、この雰囲気は良くない、実に良くない。全くガルンったら! 何より、これが原因で負けたら堪ったもんじゃない?」

 戦意が魔法に直結する混珠こんじゅにおいて、心の揺らぎは敗北に繋がりかねない為メンタルの管理は重要性が高い。にも関わらず……ガルンの一言二言で、真竜シュムシュの勇者二人は目に見えて動揺してしまった。本来、勇者であるという二人は、過去に挙げてきた戦果の噂からすれば、如何なる恐ろしい敵にも、如何なる苦痛にも耐えうる正に勇者の精神性を持っている筈なのだ。なのに。つまりそれは、ガルンの言葉が、二人の関係の繊細かつこれまで二人が意識も想定もしていなかった部分に触れてしまった事を意味する。

(何とか、しないとねえ)

 ハリハルラは甲板に出た。甲板には他に誰もいないが、マストには交代制の見張員がいる。船長である彼女にもその当番はあり、今晩はたまたまその当番であった。丁度良い機会だ。潮風に吹かれ波の音を聴く事で頭をしゃっきりさせながら、思案する事にしようと。

「異常なし」
「りょーかい。おつかれさま」

 蛇の様に音立てずまた月明かり以外の明かりも要さずするするとマストに登ったハリハルラは、大小二個のカンテラの置かれた見張り台に上がり、その場にいた船員に労いの笑みを浮かべた。船員は小さなカンテラを腰に下げ、縄梯子に足をかけて。

「船長こそ」
「大丈夫さ」

 一旦足を止めた海賊は暫く思案して、上手い言葉が思い付かなかったらしく、そうとだけ言って。それでも十分嬉しいよとハリハルラは、魚の尾鰭の様な海森亜人シーエルフの耳をぴこぴこ動かせて答えた。

 そして、カンテラとしては大きいけれど周囲と比べれば随分小さく感じる明かりを、そんな小さな明かりでは到底消せない燦然と輝く星月、そして深い深い暗い海。

 それら全てを感じながら、ハリハルラは考えを巡らせる。


 起こった事、行動、行動が反射的であった事、その後の表情の変化、そこから考えると。つまり、リアラはそれまで意識していなかったが、人としてルルヤの事を愛しているのだ。だから、ガルンが告白した時に、取られるのは嫌だ、と思った。そして、その後のガルンの言葉で、最初は恋愛について細かく考えた事も無く好意を向けられた事自体を喜んでいたが、それまで家族みたいに思っていたリアラへの思いがもっと別の好意かもしれない可能性に気付いて……けど、それは、真竜シュムシュの血を引く宗家として、血を残す事との両立が難しい事にもまた気付いて……

「ガルンの馬鹿、余計な事を……」

 思わず小声で呟く声に本気で苛立ちが混じった。ガルンに悪意は欠片も無かったのはわかる。あいつはそういう事で相手の心を揺さぶって恋愛の駆け引きをしようとする男ではない。だが、あいつは余りにも単純で、動物的だ。至極当然に、人間は誰でも繁殖したいし繁殖しようとするものだし繁殖は義務だと思っているのだろう。……そうでない奴もいるし、そうである事を嫌う奴も、それをどうかと思う奴も……上手く思考が纏まらない。

「どうすれば、いいかな」

 ぽつり、ハリハルラは呟く。そもそも神歴時代に姿を消したという真竜シュムシュが帰還したという事自体、この非常事態においては単に〈不在の月〉からの侵略者に抗う力として機能しているが、平和が取り戻されれば政治的に中々厄介な話になりかねない……いやいやそんな事気にしてる場合か? それは自由・平等・博愛の名の元に抗う存在である海賊らしくない思考だろう。大体それこそ今回こんな判断をしてこっちの敵になったボルゾンがそうだ。そういう事にいつも配慮しすぎて、獣人としての力強さを自縄自縛して良い大人良識的な知識人であろうとしていつもいつも堅苦しく遠慮がちで奥手でだから困るって思ってたからこそ新しくやってきたガルンの単純明快単刀直入な所を快刀乱麻で痛快至極と好ましく思っていたのにこれだ。何だよもう惚れた女が居るってんなら言っとけ馬鹿、挙句の果てに安定した関係にあった女の子達に家系継承なんて生臭い話題で要らざる乱を起こすとか絵草紙ラノベ作家だったら読者ファンが離れるどころかその筋百合好き数奇者オタクにブン殴られかねないぞおい場合によっちゃ彼女はまだ知らんがTSは百合じゃないと見逃されるかもだが、まああいつの場合大抵は返り討ちにできそうだけど、でも、ガゴビス・ジャンデオジンは、ああもう、真竜シュムシュの勇者はそれとも戦えるという人なのに何て事を、って、ええい、思考が脇に逸れてるぞ話題を戻せ……


「あの、すいません。船でご厄介になってるんで……あっ船長」
「ふぁっ!?」

 等と夢中になって考えていたら、見張りの交代要因が来た。しかもそれはリアラだった。ハリハルラは驚いて、そして。


「あー!?」
「わー!?」

 落っこちそうになった。船に生まれ船に暮らす諸島海の民として、あり得ないレベルの動揺であった。

 幸い、間一髪リアラが支えた。


「あ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」

 とはいえ、ズッコケても船長は船長だ。そうお礼を言った後、ハリハルラはこう切り出した。

「……見た所、あれこれ思い悩んで夜風にでも当たろうと思ったら見張りの交代要員に出会って、一人になれる場所を探してたって事を告げたら、船員がそれなら見張り台はどうだいと言って代わりに見張りをする事になったって所? ……そうだとするなら、当然ハリハルラさんがここにいるのも承知の上で船員もここに寄越したわけだから。勿論一人にしてもいいけど、相談をしてもいいし、ただ傍に黙って居るだけでもいいよ? 何、海森亜人シーエルフは伊達じゃない。少々の夜更かし位肉体年齢の若さ的に何ともないさ」
「……凄い。……それと、有り難う御座います。それじゃあ、話を聞いて貰えますでしょうか、先ずは」

 見張り交代員と出会ったのは船内の廊下。それなのに、全て言い当てられた。これにはリアラも、流石に目を丸くしたのだった。そして、好意に甘える事にした。


「僕は。……ルルヤさんの事が大好きです。けど、その大好きの、細かい区分が良く分からないんですよ」

 そしてリアラは、とつとつと語りだした。

「……僕は、〈不在の月ちきゅう〉の転生者です。昔は、男でした」

 自分を。

「けど……恋愛というものが、よくわかりませんでした。モテたいとか、女性と、その、性的な関係になりたいとか、そういう欲求が。女性と付き合っている自分でありたいから女性に好まれようとするとか、性的な体験をしたいから女性に好かれようとするとか、そういうのは、その、なにか違う気がして。何か、嫌だったんですよ。その人を好きになるというのはその人の人格に対して好意を持つと言う事であって、異性だからとか外見が好ましいから好きになるというのは違うんじゃないかなって」

 抱え続けていた違和感とそれへの疑問を。

「もちろん、それは、僕が嫌だなぁって思うだけで、一般的な事ではないと言うのは分かってますし……鉱易砂海の人達の、性的な事への割りきった考え方は、好もしいと思いました」

 補足説明を。

「だから、〈不在の月ちきゅう〉での友人わしば みきも、混珠こんじゅで仲間だった人達__ソティアさんやハウラさん__#も、僕は人として好きだったんだと思うんです。……皆、大切な人達でした。今でも、皆、大好きです。そして、その人達と同じ様にルルヤさんの事も大好きだ、と、思うんです。思っていたんです」

 過去を。過去を語る時、リアラの声にはいつも哀切の色が混じる。

「勿論、ルルヤさんの事は可愛いと思いますし綺麗だとも思いますけど、可愛いからや綺麗だから好きになったんじゃなくて、酷い目にあっている僕の為に怒り悲しんでそれを守って戦ってくれる心を持っている人だから好きになったんです。むしろ、同性同士だって事が……自分でも潔癖性だって思ってるんですけど、僕がルルヤさんを好きだっていう感情は性欲発情の類じゃないんだ、っていうのが、むしろ、嬉しかった位で」

 そしてリアラは己が先程感じた、内心の苦しいうねりについて吐露した。

「……なのに。その、ガルンさんがルルヤさんに告白した時、何だか……凄く、嫌な気分になって。こんなの、今まで、感じた事無くて。思わず立ちはだかったけど……こんな事するのは、僕は、実はやっぱりそういう性欲的な方向でルルヤさんを好きだったんだろうかって思ったら、ショックで、嫌で、それに実際、その、そういう性的な事をしたいなんて思わなくて、けど、でも、そういう事について、ルルヤさんはいつも僕の事を好きだといってくれるけど、でもどういう好きなのかを詳しく確認した事なんて無くて、そういう話をするのも苦手だし、知るのも怖くて、こういう感情を持ってるって事や、それをどうしていいか分からない情けない所を、ルルヤさんに見られるのが恥ずかしくて……本当、色々な思いがぐちゃぐちゃになって……ごめんなさい、助けに来たのに、格好悪くて。整理も、出来なくて」

 胸苦しげに、リアラは呻いた。えずくように荒く息をつき、顔をしかめて俯いた。何とか思いを吐き出して……少し息をついて。暫く俯いた後、おずおずといった様子でハリハルラを見た。

「……難しいね。それでも、船に乗って、見張りを手伝ってくれた。となれば君はハリハルラさんの船員だ。命の恩人である事にも加えてね。船長として一働きしなければ、船長と船員は役割が違っても船の仲間としては平等という海賊の仁義に悖る」

 火香枝をカンテラに突っ込み、火を付けて燻らせ……ハリハルラは暫く考えた後、それでも、言葉を続けた。

「……そうだね。戦棋の横見は読み五手増しおかめはちもくと言う。傍から見てたからこそ分かる事だけど。……ルルヤは君の事が大好きだ。一番好きだ。何があっても、彼女にとって一番大事な人は君だ。そうでなきゃ、ややこしい事を言われた時、あんな辛い顔するもんか。だから」

 元気付けるようにハリハルラはリアラと顔を会わせて微笑みかけた。

「そこは絶対に安心していい。そう思うよ」
「……ハリハルラ、さん」

 それに、リアラは、少し胸の痛みが解けていくのを感じた。

「ありがとうございます。その、ハリハルラさんだって、色々大変なのに……」
「ははは。なあに……まあ実際、敵はかなりヤバいけどさ。敵とは、それこそ戦う事は決まってて、後は勝つか負けるかは戦場で決まる事だ。これと比べればそう悩む事じゃないさ」

 潤んだ瞳で感謝するリアラ。それに軽く笑って大したことないさと……

(戦う不安と罪悪感を、こんな風に飲み込もうなんて、情けないったらないな。けど、それでも、船長として背筋を伸ばしてないと……)

 そう己の内心を笑い飛ばそうとするハリハルラだったが。

「いえ、そっちじゃなくて。その、これも戦棋の横見は読み五手増しで、いえ、僕みたいな恋愛クソ雑魚ナメクジの見立てだから手荒く外れてる可能性はあるから勢いで口に出したの今凄く後悔してるんですけど、その、ハリハルラさんもしかして、本当はボルゾンさんの事好きだけどボルゾンさんがいっつも紳士的かつ堅実かつ現実的で今回も死ぬ覚悟で戦う事を決めたのに分かってくれないとか思ってて、それで船に転がり込んできたガルンさんにちょっと靡きかけてたらガルンさんの本命がルルヤさんだって分かって別に本気じゃなかったけどそれはそれで心穏やかじゃないみたいな感じに見えたんですけど」

 軽く背筋を伸ばして火香枝を吸い込もうとした瞬間、ついさっきの涙目感謝からいきなり先程までのガルンへの微妙な態度と昼の食堂でのボルゾンとの昔馴染みで気脈を通じてる割にぎくしゃくしてそうですれ違ってるけど敵対的じゃなく哀しみの混じった苛立ちな雰囲気についてリアラから質問が入り。

「げほはっ!?」
「え、直撃!?」

 ハリハルラは盛大に噎せて悶絶しバランスを崩し。リアラはまさかの指摘的中&予想以上のすっごい動揺ぶりに仰天し、その結果。


「あー!?」
「わー!?」

 ハリハルラ、落っこちそうになったアゲイン。船に生まれ船に暮らす諸島海の民として、あり得ないレベルの動揺、まさかの二連続であった。

 幸い、また間一髪リアラが支えた。


「……ハリハルラさんは、ちゃらんぽらんな根無し海月だからね」
「まあその、踊り子してた時に、ルルヤさんが言動の真偽を見破る【真竜シュムシュの眼光】を使ったのを、【真竜シュムシュの宝玉】を使って此方に伝えてくれた情報も基にしてましたから、ええと、普通は隠せるものですから、そんな動揺する事は」
「ううっ……」

 適当にそれっぽい事を言って格好付けてごまかそうとしたらフォローが入ってそれ以上ごまかし続けるのが惨めになり、ハリハルラは嘆息した。そして。

「……実際どう思う?」

 と、今度は逆に相談を持ちかけた。

「正直ボルゾンさんは微妙に他人の様な気がしません」

 それにリアラはそう答えた。そして今までのやり取りで気づいた事ですから……と、だからこれは貸し借りとか平等とかそういうのとは関係ないと思います、と付け加えた。それに、ハリハルラは感謝の表情で頷きそして考えた。

「……つまり」
「割りと僕みたいけっぺきしょうな事考えてるんじゃないかなーって。細部は違いますけど。生まれつきの大猩々の筋力ゴリラパワーじゃなく努力した知性と理性を評価してほしいと思ってるっぽい所とか、自分よりプライドよりハリハルラさんのほうが大事だし自分の力なんかではもうどうしようもないと思ってるところとか」
「……なるほどねえ」

 そう言われてみるとハリハルラは、成る程、ボルゾンとは幼馴染みだけど、昔からどうしてだろうと思っていた部分が、理解できる気がした。

 そして思う。気ままに自由に降るまい、対等に平等であろうとし、飄々と博愛的に誰にも接してきたつもりだったが。


 と、そんな会話をしていると。

「あっ」
「っ!!」

 不意に何かに気づいた様子でハリハルラが呟き。それに気づいたリアラが猛烈な勢いで見張り台の縁にひっついた。戦闘中もかくやという程、目を見開き耳をそばだて、【真竜シュムシュの眼光】と【真竜シュムシュの角鬣】、感覚強化を全開にした。

 ……甲板上にルルヤが上がってて来たのだ。しかも、ガルンと一緒に、しかしそれに、リアラが驚く暇もなかった。

「……おいおい、どういう事だ? こりゃ」
名無ナナシっ?」

 直後もっと驚く破目になったからだ。名無ナナシ名無之権兵衛・傭兵・娼婦之子ジョン・ドゥ・マーセナリー・サノバビッチ。ルルヤの方に集中したリアラに、真逆の方向からかけられたのは、冗談めかした好意をリアラに歌う、美しき四半森亜人クォーターエルフの少年傭兵の声で。振り向けば彼は後ろ側からマストを上り、見張り台にひょいと上がり込んできていたのだ。小舟を使って乗り込んできたのか。彼の修めた採神ケルモナス法術は隠遁の術に長けてはいるが、それでもリアラとハリハルラが通常の状態なら探知は出来ただろうが、心を乱して相談に興じていたが故に気づけなかったのだろう。名無ナナシもまた鍛錬を増しているのも、そして第六感も強化する【角鬣】は殺意の有無関係無く攻撃には強く反応するがそもそも攻撃でなかった為もあるだろうが……はっきりいって見張りとしてはかなりダメな状況だったが、今はそれどころではない。

「何で、ここに?」
「いや、手が空いたら助けに行くって断章第十一話で言ったしな。それに、ちょっとこっちの戦況報告と掴んだ情報を伝えようと……俺等らの事だけじゃなく、諸国の情勢についてもちょいとややこしい事になってて……したら何、この……修羅場? 愁嘆場?」

 訪れた理由を問うリアラに名無ナナシはそう答え。ある意味どっちも修羅場でも愁嘆場でもあるなのだが、不敵な美少年ボイスで指摘されると、ちょっと恥ずかしいと、リアラは密かに赤面した。

「ええと、二人の協力者?」
「リアラちゃんの彼氏です」
「ちょ!? (////)赤面
「ああ、例のルルヤさんが言ってた……」

 始まるすったもんだ。そして下ではルルヤがガルンに声をかけ……


 考えが、思いが動き始めようとしているのかもしれなかった。


 しかし何れにせよ、戦いはやってくる。暴力はやってくる。様々な全てを無視し、一切合切を、考慮も何も無く粉砕せんと。
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