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・第七話「蛮姫大いに考え論じ教帝に目通りとなる事(中編)」

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 今後相談役としてアルキリーレを登用すると決めた事を教帝に言上する為に面会するとカエストゥスが言った翌日。その晩の内に出した手紙が昼前には帰ってきて、二人は教帝宮堂、即ち教帝が座す宮殿にして聖堂たる建物へと出発する事になった。市中とはいえ早業と言わざるを得ない。

「そいにしても、随分あばてもなかせわせんな」

 自分で言うのも何だがそんなに俺を信用していいのか。一足飛びに教帝に目通りさせ言わば執政官の相談役として己の提案を用いる事を伝えるというカエストゥスに、大丈夫か問うアルキリーレ。

「私と教帝猊下は懇意にして肝胆相照らす仲で、何より、あくまで宗教的象徴とはいえ我らが帝だ。新しい方針を導入するのであれば、是非快く頷けるよう伝えておきたいからね……そうすれば、元老院における合意も形成しやすい」

 それに対するカエストゥスの言葉は、アルキリーレの言や良しとした判断こそ随分と即断であったが、そこ以外の部分においては随分と配慮が行き届いていた。

 教帝はあくまで宗教的象徴であり元老院こそが政治の中枢だが、教帝と個人的遊戯がありそれを通じて教帝に是と言わせる事が出来れば多少の方針転換や大胆な決定も否と言わせにくい雰囲気を作る事は出来ると。

(ほう)

 議ば言わず引っ飛べ、行動あるのみ、という北摩ホクマ流からすれば洗練された政治的所作だと言えた。尤も、北摩ホクマの宗教は自然崇拝と英雄崇拝が混淆した多神教ヴィドガムで、土地土地に別々様々な神々とそれを祀る神官ドルイド達がおり、あっちがあっちの神官ドルイドの託宣を根拠にするならこっちは別の神官ドルイドに託宣を願うまでと、単一の宗教権威が存在しない為真似するのは難しいのだが。

 何れにせよ、元統治者としてアルキリーレは中々感心した。同時にそこまで根回しが考えられるなら、こちらの提案についても、向こうなりの吟味は十分という事だ。

「そやそれとして、慣れたとおもたが、まだまだか。つっかあつぎぜものが出てくる」

 とはいえ感心に関してはそれだけではない。そう問答しながらも既にして教帝宮堂の入り口をくぐり長い長い奥までの道を歩いているのだが、その造作は荘厳の極みだった。

 眩いばかりの白大理石を基礎とした巨大建造物。石と石の継ぎ目も分からぬ程の見事な建築は巨大なドームと尖塔の複雑な集合体で、白大理石を基盤としながらも初めて見る様々な色の銘石で上品に色付けもされていて。

 無数の彫刻や鋳像、多数の絵画。どれも北摩ホクマ南黒ナンゴクの素朴で呪術的なそれとは技量精度が大違いであり、東吼トルク細密画ミニアチュールと比べても立体感が違う。広大だが見事な噴水を中心に精密丹精に図られた左右対称な庭……大したものだと思うアルキリーレであるが、作庭に関してはあまりに幾何学的に過ぎて逆に趣に欠けるのではないかと思った。綺麗に切り揃えた葉よりは自然に曲がる枝を、精密な噴水よりは勇壮な滝を彼女の感性は好んだ。

 最も、これ程の建物、逆立ちしても北摩ホクマでの建築は不可能だが。

「流石にこれ以上の建物は首都ルーム、否レーマリア全土でも無いだろうさ」
「そうか」

 ともあれこれが最大で少々ほっとした。いい加減上を見上げるのも首が痛い。

「武器の類をお預かりいたします」

 がしゃと長柄斧槍を組み合わせ、所々に控える煌びやかな装の衛兵が警戒する。

 流石にそれは当然だとアルキリーレも思って、ここは武器を預け先へ進む。

「ご苦労」
「!?」

 堂々と長いスカートの下から斧と鉈を取り出したアルキリーレに衛兵は仰天したものの、カエストゥスが笑って誤魔化した。

(凄かが、凄かだけじゃな)

 この建物、防御拠点としての効果は無に等しいなと、アルキリーレは同時に分析していた。兵を臥せるにしても弓を置くにしても、到底実用には堪えぬ。宮殿兼神殿という事ではあるが、宮殿とは同時に実用の城であり、神殿もまた城として使えるように作るのが常識である北摩ホクマから目線からすればどうしても評価は辛くなる。

 ついでに言えば武器を手放す事もアルキリーレは不安視していなかった。そこら中に立っている衛兵から奪えばいいのだ。今の一瞬で幾つか隙を伺って見て取ったが、苦も無く捻れる案山子共だ。

「この奥が謁見の間となっております」

 そして何度か衛兵のいる扉を通り抜け、辿り着いた謁見の間。

 そもそものこの教帝というものが司るレーマリアの宗教、この世の根本原理を唯一の神として尊ぼうとする単神教モナドの聖者と天使を象った像を彫った柱が立ち並ぶ先に、玉座。

「やあ、カエストゥス。急用とは珍しいですが、手紙は読みましたよ。新しい知人は、それほど刺激的なのですね」
「その通り、過去に見ないタイプの人だ」

 成程いかにも勝手知ったる友という風に、屈託のない遣り取りを玉座の主はカエストゥスと交わした。

 世俗と宗教の双方の君臨者を現わす二重冠を重そうに被り典雅で繊細な作りの地顔に教義の勉学を匂わせる丸眼鏡をかけた、柔和な微笑みに目を細めた青年がそこにいた。年の頃や背丈はカエストゥスと同じくらいか。白を基調とした法衣を着ているのと長く真っ直ぐな髪の色が薄いせいか、意外にもカエストゥスよりやや地黒の膚が目立つ。

「そしてようこそ、カエストゥスの恩人にしてお客人の方。初めまして。レーマリア教帝ペルロ十八世です、ゲツマン・ヘルラス王バルミニウス……アルキリーレ嬢……どうお呼びしたら良いか……」
「今はアルキリーレでよか」

 そして改めてアルキリーレで眼鏡の底の細い目を見て挨拶し……応えるアルキリーレを見て、そしてほうと感心の表情を浮かべ。

「成程。確かに、お強い方のようですね。異教の霊の強い神秘を感じます」

 この世界……〈あまねく全てスピオル〉の霊的・魔法的ファンタジーな面、神秘について語り始めた。
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