殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第十八話「蛮姫一行暗殺者を問い質す事」

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 かくしてカエストゥスとアルキリーレが引見したその東吼トルク人は、紛れもなくあの時の刺客であった。

 背後では女達とセバスティアヌスが、先にアルキリーレが浴場テルマエで気絶させたイテリーヌとアラミの件で忙しく立ち回っているが。

「皆、此方に手当てを手伝ってくれ。早くっ……」

 カエストゥスが青ざめてそう言うように元刺客の傷は重い。あちこち切り傷があり自力で手当てもしていたが、顔色が酷く悪かった。単なる疲労や失血のダメージではない。

「と、兎に角話しを聞いてくれ……この傷、毒を塗られている。事前に耐毒薬を飲んで置いたが、何時まで保つか……」
「ペルロとレオルロを呼んでこい! セバスティアヌス、厩から早馬を出せ! あの二人なら毒だってどうにかなる!」
「は、はいですじゃっ!」
「爺さんじゃ速くとはいかないだろ、アタイが乗る!」
「マアリ、通行証!」
「あんがと、ハイユ!」

 刺客の告白に、アルキリーレが加えて大声で指示する。遠くで泡を食ったセバスティアヌスの甲高い叫び声が答えた。その後に行商で馬に乗り慣れた西馳ザインのマアリが、元気な声でセバスティアヌスの動きを手伝い、セバスティアヌスの主人であるハイユもマアリを手助けする。

 一国の帝とそのお抱えを顎で使うが如き指示だが、カエストゥスが助けた人命がかかっているのだ、それが優先だとアルキリーレは考えた。

「我々は金で仕事を請け負う隠密傭兵だ。依頼主が東吼トルク帝室官房枢密局皇帝直属秘密情報機関、相手がレーマリアの執政官コンスル暗殺だと聞いて驚いたが奮い立ったものだ。裏家業に色々な理由で身を落とした我等だが運が開けるかも知れぬと……俺は落ちぶれたが元々官房枢密局で仕事をしていたんだ。命令書は正式のものに見えて、仕事を成功させれば帰れると。だがそっちの嬢ちゃんのおかげでしくじって、こっちの執政官コンスル殿のおかげで死に損なって……」

 カザベラとオルヴァがやってきて、出来る範囲で元刺客の男の手当てを行う。

「ありがとう。その、妹を気絶させるだけで済ませてくれて」
「庇ったんはカエストゥスにごつ」
「それでも、ありがとう……止めてくれて」

 手当てに向かいながらすれ違う時、短くやりとりをするカザベラとアルキリーレ。妹が刺客に仕立てられる等それだけで大変な事件だが、命が無事だった事で何とか精神的安定は保てていて。ぶっきらぼうに礼はカエストゥスに言えと応答するアルキリーレだったが、そもそも最初にアルキリーレが当て身に留めず殺してしまう可能性もあったのだ。

 それをしなかった事、妹に罪を犯させなかった事……殺されても文句を言えない事をしたのに……そんなカザベラの感謝に、情報の為、拷問の為だったと白状するのも妙に嫌な気分となり、感謝するカザベラの前でアルキリーレは黙った。失いたくない。これ以上深くなるのが不安だ。入り交じる、友愛に関する相反する衝動。

「しくじった後、本来成功したら証拠を、執政官コンスル殿の手を持って落ち合う予定の場所に行った。帝室の命令ならばその場で処刑されてもいいから報告はしなければと……だが違った。依頼時と違いそこに居たのは東吼トルク人じゃなかった。あいつらはレーマリアのガベロット・マヒアス・クマールだったんだ。嘘の依頼だ、最初から成功しても処分するつもりだった、嵌められた……」
「ガベロット・マヒアス・クマール?」
管理者にして威迫ある博徒ガベロット・マヒアス・クマール。略して威迫者マヒアス。そう名乗ってる、早い話が犯罪組織地球で言うマフィアだ。私も護民官プレービスを通じて警察に働きかけているが、何代も前から根絶出来ずにいるレーマリアの害悪だ」

 聞いた事の無い長い名前に首をかしげるアルキリーレに、元刺客の告白を邪魔せぬよう小声でカエストゥスは囁いた。頷くアルキリーレ。頷き、黄金の鬣の中の頭脳を巡らせそして分析する。

「金次第で何でもやるとはいえ、威迫者マヒアス東吼トルクの書類の偽造なんて出来る筈が無い。あれは皇帝スルタン陛下やごく一部の大臣パシャ様しか知らない筈の、長官アミールベイでは知らぬ程の正式な書式だった。執政官コンスルを暗殺する理由も普通なら威迫者マヒアスにある筈が無いし、威迫者マヒアスらしからぬ貴族社会人風の護衛を連れた監視役がいた……この東吼トルクの耐毒薬で解毒しきれぬ毒も……うう、俺は執政官コンスル殿、アンタに救われた……どうしていいか分からなかったが……ならアンタの為に命を使おうと思って……」
「ありがとう。だが命は使うものじゃなく生きるものだ。生きれるなら、生きよう」

 出血は止まった。だが毒が。元刺客の汚れた手を取り、カエストゥスは励ます。

 本当に、優しい奴だと。そんなカエストゥスは傍らアルキリーレは見ていた。

「来たよ!」
我が友カエストゥス!患者はどっちだ!」
「ここだ、応接室に来てくれ!」

 そして夜中だというのに言われるまま馬車ですっ飛んできたペルロとレオルロ……レオルロに至っては寝間着姿で薬箱を担いでいた……がすっ飛んできて、治療を始めた。オルヴァが手伝い、イテリーナが立ち上がる。レオルロの薬を、ペルロの神秘が増強する。

 駆けずり回るセバスティアヌスが伝えてくれた。当て身を食らわせたイテリーナとアラミが目を覚ましたと。取り調べをするのに、姉も居た方が良かろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい姉さん……脅されて、怖くてっ……」

 イテリーナの取り調べは短時間で済んだ。姉の顔を見た途端イテリーナは全てを白状した。アルキリーレ毒殺を狙わざるを狙わざるを得なかったのは、侍女の筈のアラミに脅されたからだという。毒薬指輪や段取りもアラミが行っていた。彼女は利用されたのだ。手荒い暴力を用いなくて良かったとアルキリーレも安堵する。……友愛に関して入り交じる失いたくないという思いと不安という感情の内、失いたくないという思いが勝った。少しずつだが、アルキリーレは変わりはじめていた。

「金だよ。金が理由さ。結構長い付き合いだが相手のことは詳しく知らないがね」

 対してその本命たるアラミはタフだった。アルキリーレの心の中で暴力衝動が再度身を擡げたが、ペルロとカエストゥスが司法取引を持ち出した為漸く応じた。

 元々侍女になる前金に困っていて、するとある貴族かその関係者らしき物腰の男から、貴族の従者としての態度を会得し言われた仕事をすれば大金を払うと言われ、時間を掛けてイテリーナの従者として潜り込んだのだという。……まともな従者として使うつもりじゃ無かったろうとは思っていたし、犯罪をする覚悟はしていたとも。

 それに対してカエストゥスもペルロも行ったのは心を痛めた謝罪であった。元より貧者があるのは治者の罪なのだと。二人とも若く、先代から継承して間もない。繁栄をもたらしてはいるがまだ全ての民に行き渡っていないのはすまないと。……それに、アラミは逆に罪悪感を抉られた顔をして、兎に角それ以上は知らないと答えた。

 それを聞いて、イテリーナは強要された被害者故に保護、アラミは司法取引の酌量はされるだろうが衛士警察に後日引き渡す事となった。


「治療は無事終わったよ。今は寝てるけど、回復する。……あれは怖い毒だよ。刀傷の方も指輪の方も。刀傷は解毒しにくい混合毒で、指輪の方は神経麻痺させた後は分解して証拠が残らない。僕らじゃなきゃ解毒どころか検出も無理だったろうね。相当高度な研究で作った奴だ」

 そして、レオルロが手を拭きながら元刺客の治療の完了を報告する。一段落と言うことで屋敷の居間にアルキリーレ、カエストゥス、ペルロ、レオルロが揃った。

 もうかなり夜も遅いからと西馳ザイン産の珈琲が出された。レオルロはミルクと砂糖をたっぷり入れて飲み……アルキリーレは一口啜ってレーマリアに来てから初めて飲食について不満げな顔をし、後レオルロと同じ事をして漸く機嫌を直した。

「敵は威迫者マヒアスは使うちょる執政官コンスルに成り代わりたかち思っちゅうレーマリア貴族の何者なにがしかじゃ。そいと、そいつと協力し取る東吼トルク内部の高位の汚職者。まあ威迫者マヒアス東吼トルクと貴族、どいが主でどいが従かはもうちっと詰むっ必要があっどん……中々大規模な話ん上に実にこまんか仕事しごっをするわろたい」

 そんなアルキリーレにちょっと微笑むペルロとカエストゥスをにらみつけた後、アルキリーレは改めて論を展開した。中々情報を細かく管理する面倒な相手だが、ここまででだいたいてきの輪郭は掴めた。

 それは炙り出そうとした時からの予想通りと言えた。アルキリーレは最初から国内の裏切り者を想定して動いていた。レーマリアと東吼トルクの戦争に対して西馳ザイン南黒ナンゴクが国際的なバランスが崩れることを警戒してレーマリア側に梃子入れすべく首をすげ替えようとした可能性については、すげ替える後釜が必要である以上どのみち国内の裏切り者が必要になるからだ。

 ともあれ手札は配られた。勝負に出る時だった。
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