殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第五十八話「決戦の事(前編)」

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 かくして、第二次レーマリア・東吼トルク戦争は最終局面へと至った。

 決戦の地は中原会戦より北方、アクアリア・ルーム間。

 二都市を結ぶ街道を右に、水運ともなるルームからアクアリアへ流れるベレテ川を左に、その中でも道と川の間が広くなった十分に大軍を展開できる土地で両軍は対峙した。

「ふん。北摩ホクマの獣にルームの城壁は扱いきれなんだか? それとも全戦力をかき集められた事で読み勝ったとでも思っているのか……」

 首都ルームを襲うか、先にフロレンシアを叩くか、二派に分かれるか。その読み合いにおいて東吼トルク皇帝スルタンメールジュク一世は全軍を率いてのルーム攻略を選び、そしてそれに対しレーマリア将軍ドゥクスアルキリーレはフロレンシアの住民をルームに一時避難させた上でフロレンシア地方軍団アウクシリアを自軍に加え、ルームに駐留していた第三正規軍団レギオーを合わせ全軍を迎撃に出していた。

「集めたところで、たかが知れておる」

 東吼トルク軍六万二千五百体レーマリア三万一千。倍の戦力相手にこの地で決戦を選んだ時点で、知恵も底を突いたと知れる。尤もだからと言ってこの周辺にはより迎撃に敵した地形も無く、籠城しても国境を守る正規軍団レギオーは外交攻勢の結果助けには来れないし、この決戦には重すぎて置いてきたが時間的余裕のある籠城や防衛戦ならネアンパニウムを陥落させるのに用いた超大型回転式投石機ウルバンを運ぶ事も出来る。籠城しても城壁は長くは持たない。

「勝ってみせるのではない。勝てるようにするのが真の戦というものだ」

 そう言いながらも、皇帝スルタンは油断の揺らぎ無く陣形を整えた。

 中央右街道側に戦奴歩兵バジバズーク、その更に左、川岸に皇子将軍マイスィル率いる第三軍残存騎兵隊。

 中央左ベレテ川側に陸軍長官アミールズイミシュト率いる第二軍の歩兵・射撃兵部隊、その更に右の河畔近くに第二軍騎兵隊。逃げ腰のマイスィルよりは此方の方が限られた戦場でも良い働きをする筈だ。馬鹿息子マイスィル戦奴歩兵バジバズークと並べ多少圧を掛けてやった方がまだましな働きをしよう。

 その後に本軍が中央に歩兵隊・射撃兵隊、左右に騎兵隊。それらに守られる形で中央後方に宗教大臣パシャジャヴィーディアの祈祷僧侶兵タオ-フィー隊。

 その更に後方が本陣だ。前方に対して半円形に獣騎兵が展開する。この半円が言わば本陣を守る城にして自陣を押し出す原動力だ。敵の騎兵を威圧し味方の歩兵をも威圧する。その半円の中に皇帝スルタンを守り親衛隊イェニチェリと、更に少年皇子将校セフトメリムが率いる武闘僧侶兵カサンフーシー隊が存在する。

 陣の厚さからして違う。

 対してレーマリア軍はベレテ川側にこれまで戦ってきた歴戦部隊、街道側にフロレンシア地方軍団アウクシリアと第三正規軍団レギオーと、過去に見せた中央に弱兵を配置し左右の精鋭で包囲する釣り野伏せとはまた別の構えを見せていた。当然この東吼トルク軍の分厚い陣形は、釣り野撫せと穿ち抜きの対策も兼ねているが故に。

「斜行陣を敷く算段であろうな」

 レーマリア軍の最精鋭を片方に集中し、そちら側を推し進め、逆側の弱兵に後退を許し、こちらの攻撃を斜めに受け流しながら精鋭部隊で側面を突く。

「だが愚かな事よ」

 それならば一刻も早く突破すべく、街道側の戦奴歩兵バジバズークと第三軍残党に最精鋭部隊をぶつけるべきなのだ。自軍の弱兵が後退するのは前提なのだからそちらの相手の強弱はそこまで関係無い。それを逆にしたのは、恐らく戦奴歩兵バジバズークにレーマリア軍捕虜もいるためそちらを攻撃するのを躊躇った事、そして味方の犠牲を厭い味方の弱兵でもこちらの弱い側である戦奴歩兵バジバズークであればそこまで損害を受けまいと思った為か。甘い、甘すぎる。

「それならば容易に対処が出来よう。そしてもし、それ以外の手を打ったとしても」

 その気になれば、平らな街道側はもっと横隊を伸ばす事が出来た。一度にぶつける事が出来る戦力を増やし、包囲を行える可能性を上げるというなら、それもありな選択肢だった。それをしなかったのは、この三段構えの陣を作る為だ。仮に逆方向から突破を仕掛けようとも、軍団の継ぎ目から中央突破を目論もうとも、対処出来る距離と時間と兵力を得る。それがこの布陣の利、この布陣を選んだ理由だ。

 前衛が崩れれば後衛も混乱するという、普通の軍なら起こりうる状況も東吼トルク軍法では存在せぬ。前衛が混乱すれば前衛諸共敵を討つ。それが可能な射撃戦力とそれを行える苛烈さこそが東吼トルク軍法だ。

(さあ、どう出る)

 故に東吼トルク皇帝スルタンメールジュク一世はレーマリア左軍に位置するであろうアルキリーレの居る場所を、本陣からずっと見据えていた。


 対して、レーマリア軍本陣。そこにアルキリーレは居ない、実際アルキリーレはベレテ川側に居た。目立つ外見なので、影武者を使って所在を誤魔化す事もままならない。旗印には良いがの、と、アルキリーレ自身苦笑したほどだ。己が目立つ外見でなければ使えた策も幾つかあるのに、とも。故にレーマリア軍旗と単神教モナド旗がはためく下、本陣にいるのは四人の男達である。アントニクスはアルキリーレと共に居る。

 カエストゥスは本陣中央に座し、ここよりは退かぬと全軍に示す。ペルロは熱心に兵士達に祈りを説き、神秘を付与して回っていた。チェレンティはある軍略をアルキリーレに図り、その指示を兵に行う。そしてレオルロは……幌を掛けた何かをあれこれ弄る作業をしつつ、それと同じく首都からやってきた第三国家軍団レギオーが持ってきた気球を上げ、気球に乗せた見張り員達と縄で手紙を上げ下げして連絡を取り何かを観測していた。

 アルキリーレが細い旗を付けた槍薙刀を掲げる。全員が、全力で戦に挑む。
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