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・第六十二話「決戦の事(逆転決着編)」
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……時間は少し遡る。
「「「「何だこれ!?」」」」
皆が出陣を決意したレーマリア本陣。レオルロが幌を取った下にあったモノを見て、レオルロ以外全員が目を丸くした。
それは、強いて言えば短艇を二枚貝のように二艘貼り合わせ、左右の合わせ目から水車を左右合計四つ突き出したような……強いて言えば馬の無い幌馬車に辛うじて近いような何かであった。
「蒸気戦車!!薬缶の蓋や火山湖の爆発と同じ原理で……兎に角、火と水の力で馬より速く進む乗り物!乗って!」
「あの香炉、まさかこれの実験体だったのか!?」
説明を省略し側面のハッチに即座に全員押し込むレオルロ。中はこれまたレオルロ以外の全員が見た事も無い歯車と鉄管の塊がでんと中央に鎮座し、公衆浴場の裏を思わせる大量の配管とバルブと目盛りと釜とレバーと舵棒と紐と、兵器用と思しき引金。
引金。そう、これは戦う為の乗り物だ。蒸気戦車の姿はより正確に言えば四つの車輪の内前後二つは鎖めいて繋いだ鉄の帯で繋がっていて、あちこちに鎧めいた鉄板装甲だの棘だの投矢機だの様々な兵器らしき物がくっつけられている。四つの車輪が二個づつ繋がって一見車輪が二つにも見えるから四頭立二輪馬車という訳か。
このとんでもない物をかつて自分に献上された蝋燭の火を焚くと風車が回る小さな絡繰を巨大化させた物という事に気づけたペルロもまた高い知性の持ち主だった。
「猊下は火ぃ焚いて!釜にじゃんじゃん炭突っ込んで!僕が機械の具合見て操縦する!チェレンティは武器使って!兎に角敵来たらそっちの方の引金引いて!」
「私は!?」
キビキビ指示を下すレオルロ。ペルロはレオルロの言葉の途中から、既に燃料が焚かれていた炉に積んであった炭をブチ込み始めていた。恐らくオーブンのように予熱しておく必要があるものだったのだろうというのを理解し、更に神秘を祈り、炎の勢いを最大効率化する。チェレンティも武器に取り付く。自分は何をすればいいんだとカエストゥスは叫んだ。
「一番大事! そこの隙間から外見てどっちに進めたらいいか大声で指示して!」
「普通馬車とか御者が行く方向を見定めるもんじゃないのか!?」
役割が無いのは耐えられないが予想外の指示に驚くカエストゥスに即座にレオルロは怒鳴り返す。
「試作品だから作るの精一杯で蒸気機関の位置が窓から遠くなっちゃったんだよ! 一人で操縦するように出来てたらしてた! いいからやる! もう動き出した!」
「わ、分かった!」
ずしずしがたがたという音と共に、事実蒸気戦車は車輪を自力で回して前進を開始していた。即座にレオルロが制限を解除した為だ。最初牛の歩みだったそれは、ピストンやクランクが息せき切るような音を立て車輪と車輪に撒かれた鉄帯がジャラジャラ言う度に、忽ち馬並の速度に加速していく。
「行くぞ!まず右に曲がって、それから前進だぁっ!」
柔和なカエストゥスが必死に声を張り上げた。人の望む事を叶える事に特化していて敵対者のいる戦場では活躍出来ぬと言われたその知性を、仲間達の望む道を、アルキリーレを助ける為の道を、そう絞り込む愛の力で今こそ弱さを振り払って。
「何だ? 船? 陸の上、なのに? 煙? 燃えている?」
カエストゥスが街道上を走る事を選んだ結果、直撃を受けたのは戦奴歩兵ではなく第三軍騎兵部隊であった。指揮する皇子将軍マイスィルは最初目を擦ったが、直後それどころでは無かった。
「うわああああ!?迎撃、お前等迎撃しろぉ!?」
「効きませええん!? ぐわああああっ!?」
何しろ街道上の怪物は、完全に激突する態勢で騎兵隊に突っ込んできたのだ。
軽騎兵も重騎兵も、ぶつかれば木の上に鉄板を装甲したそいつの質量と強度と馬に勝るとも劣らぬ速度で一方的に粉砕される。特に先端部分と側面が強力で、丸鋸が回転するわ、一定以上走ると発条が巻き上げられて先端の衝角がどんな剛力の兵士達が突き出したよりも凄まじい速度で破城鎚の様に突き出されるわで、更に反撃とばかりに槍を振るおうが弓矢を打ち込もうが装甲が跳ね返してしまう。
更に反撃してくるのだ。
四方八方に投矢機と重機関弩と投火機をぶっ放してくるのである。狙いはいい加減だが、近くに要るだけで何時食らって即死するか分かったものではない。
「松明だ!松明を持ってこい!全部が鉄じゃない!それと柵だ、槍だ! 違う装甲じゃない! あの水車みたいな車輪の根元に突っ込め、噛ませるんだ!あとダメ元で天辺から生えてる煙を吐いてる煙突を狙え!」
それでも尚肉薄攻撃の案を思いつくだけマイスィルも優秀な将であった。特に煙突は蒸気機関に直結しているだけに中に攻撃が入ると危ない可能性もあった。
しかし自身が逃げ腰に命じるばかりでは兵も躊躇し。とはいえ、兵達も松明と槍と陣地構築用の柵をかき集めようとしていたが。
「蒸気圧限界、汽笛解放!」
……レオルロの行動が状況を粉砕した。それは、当初殆ど遊びのようなものであった。溜め込みすぎて圧力が機械を壊しそうになった分の蒸気を排出する機構。その蒸気排出管に、排出成功を音として確認できるよう笛としての機能を付けただけ。
……その音色に、ちょっとだけ凝っただけの結果が、他の凄い勢いで故障と弾切れが近づいている全兵装より圧倒的な効果を発揮しただけなのだ。
汽笛は、鳴り響いた。
「チ゛ェ゛ス゛ト゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!」
即ち、戦場に轟き渡るその音色はチェストの叫びを模したものであった!!!!!
「「「「「「殺戮獣じゃああああああああああ!!!??」」」」」」
戦場で既に死神の呼び声として恐怖の対象となっていたチェストの大音声!
間近でそれを見た事のある第三軍騎兵隊はその轟音を聞いただけで全員恐怖に叫んで潰走した!自軍の城象獣に勝る怪物の出現に名すら付けて!
「「「「「あいひいいいいいいっ!? チェスト!? 殺戮獣何で!?」」」」」
更に、第三軍騎兵隊の隣にいたのは過去に散々にチェストに打ち破られた敗軍の寄せ集めが大半である戦奴歩兵である。殺戮獣出現という理解を超えた現象に、チェストの恐怖が督戦射兵の弓矢による威圧すら越えた!
将棋倒しめいて壊乱する戦奴歩兵! 督戦射兵が味方に構わず矢を放つが止まらぬ!
「おい逃げるぞ!?」
「どっちだ!?」
「馬鹿、他の連中は兎も角俺達元レーマリア兵にゃ人質がいるんだぞ!?」
「俺馬鹿だから良く分かんねえんだけどよー……人質を殺す奴がいなくなれば逃げてもいいんじゃねえか!?」
「そうか、つまり皇帝の方に逃げて皇帝を殺せばいいのか!」
「レーマリア戦奴歩兵共の裏切りじゃあああああっ!?」
一部のレーマリア人捕虜達が、天性の戦に対する斜め上の感性と土壇場で発揮される変な方向への思い切りの良さが炸裂した結果、偶発的にもある意味北摩めいた【自軍本陣目がけての脱走】という大トンチキをかまし始めた結果瓦解が更に加速。
「こんな、こんな馬鹿なあああああああっ!?」
絶叫したマイスィル皇子が直後暴走する蒸気戦車の車輪と回転鋸で血煙と消えた時点で、最早東吼軍の街道側は逆流する人雪崩と化していた。
「チェスト!?チェストがもう一匹!?」
「チェストドン!?」
……チェレンティは今この場で武器の引金を兎に角片っ端から必死に引きまくっているだけでなく、情報戦で如何にレーマリア軍が圧勝したか、いかにアルキリーレのチェストが凄まじいかの噂を流していた。そいつとアルキリーレが戦争前半に稼いだ連勝がボディブローのように聞いたのだ。
とうとう正規歩兵や正規射兵まで逃げ出した。
幾ら鉄の規律で縛ろうとしても、人の心はそう簡単にはいかない。
人の心の愛で、アルキリーレがレーマリアに味方したように……!
「はーっ、はーっ……!」
「ここまでだね、お姉ちゃん!」
「アルキリーレぇえええっ!!」
遂にアルキリーレが出血で地面に膝を突いた。もう斧も振えなくなり取り落としている。セフトメリムが己の前に跪いた格好のアルキリーレに対して刺突短剣を振り上げる。体重数百キロもありそうな巨漢の武闘僧侶兵を撲殺するのに手こずったアントニクスが叫ぶ。彼も限界だ。間に合わぬ。
(皆……)
アルキリーレの霞む視界に、様々な過去が蘇る。弱くて、情けなくて、でも優しくて、愛深き人々。
(カエストゥス……)
足りないものばかりの己についてきてくれた人々の事が。アルキリーレは願った。どうか彼等が無事であるようにと。故にか、彼等は無事であった。そうであるが故に、彼等の願いは叶う。
「貰ったっ!」
セフトメリムが刺突短剣を振り下ろす。
だが。いや、アルキリーレが歩んだ愛の旅路故に、必然として。
「チ゛ェ゛ス゛ト゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!」
アルキリーレ絶対の窮地にそれは間に合った! アルキリーレの元に男達の奏でる特大のチェストが響き渡った! そこから放たれた投矢機の槍矢を咄嗟にかわすセフトメリムだが、その槍矢が弾き飛ばした石が強か手に当たり刺突短剣を取り落とす。
「っつっ……!? な、んだあっ!?」
それは途中まで出来るだけ平坦な街道を走ったとはいえまだまだ未完成、数多の矢と槍を受け、既に瓦解しそうな状態で走っていた。搭載した兵器は撃ち尽くし、幾つかは外れて弾け飛んだ。上部装甲はボロボロになっている。
愛の奇跡というにはあまりに凄まじいが、しかしそれは即座に勝機を失った事を悟らせセフトメリムを退かせる程の凄まじさだった。
迫り来る殺戮獣の姿は兄マイスィルがそれにかかって血煙と化したと知る由もない、薬物で恐怖の感情が鈍磨した彼ですら後退を選ばせる程の勢いを持っていた。その勢いの乗り物を乗り熟し続ける断固たる意思、愛するアルキリーレを何が何でも助けそうという男達の意思の具現であった!
「……おい、あれは……」
「ああ……!」
そう、凄まじいチェストだった。だからこそチェストと共に戦ったアントニクスには分かった。チェストを伝えたアルキリーレには分かった。絆で、愛で分かった。あれは、仲間だ!
ズドドドドドドドドドドドドドドド!ガシャン!
「「「「「「うわああああっ!?」」」」」」
そして親衛隊に最後に遺った武器を撃ち尽くしその射撃部隊を黙らせると……
ガランッ!
とうとう最後に残った武器が全て落ちるのと同時に短艇を二枚貝めいて貼り付けたような上面装甲が剥がれた。理由は三つあった。既に装甲が既に限界に達していた事。装甲だけで無く竜骨まで限界に達していてこれ以上装甲を背負っていたら装甲の重量で自壊していた事。そして。
「アルキリーレーーーーーッ!!」
アルキリーレを助ける為だ! 中身が丸出しになった蒸気戦車から、方向を定め終えて手の空いたカエストゥスが叫ぶ。蒸気戦車がアルキリーレの横を通る瞬間、身を乗り出す!
「カエス、トゥスッ!」
アルキリーレも必死に叫んだ。萎えかける足に力を入れ、まだ動く片手を必死に伸ばし、カエストゥスに……これまでの蓄積に……愛に……しがみついた!
「飛び乗れアントニクス!」
「分かってるっ!」
使う武器を全部失ったチェレンティも叫ぶ。アントニクスも飛び乗る。ガリガリと地面を削りバキバキと部品を取り落としながら蒸気戦車は急旋回し最後の加速をしながら戦場を離脱する!
「アルキリーレ、アルキリーレ、アルキリーレっ!!」
「カエストゥス……!!」
夢中でアルキリーレを抱きしめ、蒸気戦車の中に引き込んでカエストゥスは何度もアルキリーレの名を呼んだ。
アルキリーレも、抱きしめ返してカエストゥスの名を呟いた。失血で寒気を感じる体に、鎧越しなのに暖かさを覚える程に、強い思いで。
「カエストゥス、皇帝が……」
我ながら損な性分だ、と思いながら、しかしアルキリーレは呟いた。アルキリーレを助ける事を優先して、蒸気戦車は皇帝を直撃せず途中で大きく舵を切っていた。更に言えば、これはどう考えても車体の限界が近い。上部装甲も振り捨ててしまった上に兵器も全部失った。どう考えてもこれでは皇帝を倒す事は……
「いいや」
カエストゥスは頭を振った。
「奴はもう終わりだ。奴の周囲には、もう一欠片の愛もない」
そして答えた。人の望みを叶える事に特化した者として。もう、皇帝の願いを叶える者はいない、誰も彼を愛しては居ないと。
「は、ははは。何と、何と言う事だ。何と言う事だ」
東吼皇帝、メールジュク一世は笑った。己の眼前を、男女が唯只管、互いへの愛を貫いて過ぎ去っていった。この東吼皇帝たる己を無視して!
それは滑稽でドタバタ喜劇のようだった。だが。
「何と……」
眼前には人と獣の大津波だ。逃げ惑う兵と、殺戮獣が突入した段階でそれに気圧されて錯乱し狂気に陥りそれから逃れんと反転し己の方に突っ込んできた城象獣達。周囲の貴族や女官共はこの皇帝を見捨てて逃れんと逃げ惑うが、これはもう、誰も間に合うまい。全員纏めて、ぺしゃんこだ。
「何と言う滑稽で、無様で」
メールジュクは笑った。眼前を通り過ぎていった愛に。
「面白い事よ。これが、愛か」
そして皇帝の上を歴史の激動が大量の城象獣の暴走として通り過ぎていった。
「「「「何だこれ!?」」」」
皆が出陣を決意したレーマリア本陣。レオルロが幌を取った下にあったモノを見て、レオルロ以外全員が目を丸くした。
それは、強いて言えば短艇を二枚貝のように二艘貼り合わせ、左右の合わせ目から水車を左右合計四つ突き出したような……強いて言えば馬の無い幌馬車に辛うじて近いような何かであった。
「蒸気戦車!!薬缶の蓋や火山湖の爆発と同じ原理で……兎に角、火と水の力で馬より速く進む乗り物!乗って!」
「あの香炉、まさかこれの実験体だったのか!?」
説明を省略し側面のハッチに即座に全員押し込むレオルロ。中はこれまたレオルロ以外の全員が見た事も無い歯車と鉄管の塊がでんと中央に鎮座し、公衆浴場の裏を思わせる大量の配管とバルブと目盛りと釜とレバーと舵棒と紐と、兵器用と思しき引金。
引金。そう、これは戦う為の乗り物だ。蒸気戦車の姿はより正確に言えば四つの車輪の内前後二つは鎖めいて繋いだ鉄の帯で繋がっていて、あちこちに鎧めいた鉄板装甲だの棘だの投矢機だの様々な兵器らしき物がくっつけられている。四つの車輪が二個づつ繋がって一見車輪が二つにも見えるから四頭立二輪馬車という訳か。
このとんでもない物をかつて自分に献上された蝋燭の火を焚くと風車が回る小さな絡繰を巨大化させた物という事に気づけたペルロもまた高い知性の持ち主だった。
「猊下は火ぃ焚いて!釜にじゃんじゃん炭突っ込んで!僕が機械の具合見て操縦する!チェレンティは武器使って!兎に角敵来たらそっちの方の引金引いて!」
「私は!?」
キビキビ指示を下すレオルロ。ペルロはレオルロの言葉の途中から、既に燃料が焚かれていた炉に積んであった炭をブチ込み始めていた。恐らくオーブンのように予熱しておく必要があるものだったのだろうというのを理解し、更に神秘を祈り、炎の勢いを最大効率化する。チェレンティも武器に取り付く。自分は何をすればいいんだとカエストゥスは叫んだ。
「一番大事! そこの隙間から外見てどっちに進めたらいいか大声で指示して!」
「普通馬車とか御者が行く方向を見定めるもんじゃないのか!?」
役割が無いのは耐えられないが予想外の指示に驚くカエストゥスに即座にレオルロは怒鳴り返す。
「試作品だから作るの精一杯で蒸気機関の位置が窓から遠くなっちゃったんだよ! 一人で操縦するように出来てたらしてた! いいからやる! もう動き出した!」
「わ、分かった!」
ずしずしがたがたという音と共に、事実蒸気戦車は車輪を自力で回して前進を開始していた。即座にレオルロが制限を解除した為だ。最初牛の歩みだったそれは、ピストンやクランクが息せき切るような音を立て車輪と車輪に撒かれた鉄帯がジャラジャラ言う度に、忽ち馬並の速度に加速していく。
「行くぞ!まず右に曲がって、それから前進だぁっ!」
柔和なカエストゥスが必死に声を張り上げた。人の望む事を叶える事に特化していて敵対者のいる戦場では活躍出来ぬと言われたその知性を、仲間達の望む道を、アルキリーレを助ける為の道を、そう絞り込む愛の力で今こそ弱さを振り払って。
「何だ? 船? 陸の上、なのに? 煙? 燃えている?」
カエストゥスが街道上を走る事を選んだ結果、直撃を受けたのは戦奴歩兵ではなく第三軍騎兵部隊であった。指揮する皇子将軍マイスィルは最初目を擦ったが、直後それどころでは無かった。
「うわああああ!?迎撃、お前等迎撃しろぉ!?」
「効きませええん!? ぐわああああっ!?」
何しろ街道上の怪物は、完全に激突する態勢で騎兵隊に突っ込んできたのだ。
軽騎兵も重騎兵も、ぶつかれば木の上に鉄板を装甲したそいつの質量と強度と馬に勝るとも劣らぬ速度で一方的に粉砕される。特に先端部分と側面が強力で、丸鋸が回転するわ、一定以上走ると発条が巻き上げられて先端の衝角がどんな剛力の兵士達が突き出したよりも凄まじい速度で破城鎚の様に突き出されるわで、更に反撃とばかりに槍を振るおうが弓矢を打ち込もうが装甲が跳ね返してしまう。
更に反撃してくるのだ。
四方八方に投矢機と重機関弩と投火機をぶっ放してくるのである。狙いはいい加減だが、近くに要るだけで何時食らって即死するか分かったものではない。
「松明だ!松明を持ってこい!全部が鉄じゃない!それと柵だ、槍だ! 違う装甲じゃない! あの水車みたいな車輪の根元に突っ込め、噛ませるんだ!あとダメ元で天辺から生えてる煙を吐いてる煙突を狙え!」
それでも尚肉薄攻撃の案を思いつくだけマイスィルも優秀な将であった。特に煙突は蒸気機関に直結しているだけに中に攻撃が入ると危ない可能性もあった。
しかし自身が逃げ腰に命じるばかりでは兵も躊躇し。とはいえ、兵達も松明と槍と陣地構築用の柵をかき集めようとしていたが。
「蒸気圧限界、汽笛解放!」
……レオルロの行動が状況を粉砕した。それは、当初殆ど遊びのようなものであった。溜め込みすぎて圧力が機械を壊しそうになった分の蒸気を排出する機構。その蒸気排出管に、排出成功を音として確認できるよう笛としての機能を付けただけ。
……その音色に、ちょっとだけ凝っただけの結果が、他の凄い勢いで故障と弾切れが近づいている全兵装より圧倒的な効果を発揮しただけなのだ。
汽笛は、鳴り響いた。
「チ゛ェ゛ス゛ト゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!」
即ち、戦場に轟き渡るその音色はチェストの叫びを模したものであった!!!!!
「「「「「「殺戮獣じゃああああああああああ!!!??」」」」」」
戦場で既に死神の呼び声として恐怖の対象となっていたチェストの大音声!
間近でそれを見た事のある第三軍騎兵隊はその轟音を聞いただけで全員恐怖に叫んで潰走した!自軍の城象獣に勝る怪物の出現に名すら付けて!
「「「「「あいひいいいいいいっ!? チェスト!? 殺戮獣何で!?」」」」」
更に、第三軍騎兵隊の隣にいたのは過去に散々にチェストに打ち破られた敗軍の寄せ集めが大半である戦奴歩兵である。殺戮獣出現という理解を超えた現象に、チェストの恐怖が督戦射兵の弓矢による威圧すら越えた!
将棋倒しめいて壊乱する戦奴歩兵! 督戦射兵が味方に構わず矢を放つが止まらぬ!
「おい逃げるぞ!?」
「どっちだ!?」
「馬鹿、他の連中は兎も角俺達元レーマリア兵にゃ人質がいるんだぞ!?」
「俺馬鹿だから良く分かんねえんだけどよー……人質を殺す奴がいなくなれば逃げてもいいんじゃねえか!?」
「そうか、つまり皇帝の方に逃げて皇帝を殺せばいいのか!」
「レーマリア戦奴歩兵共の裏切りじゃあああああっ!?」
一部のレーマリア人捕虜達が、天性の戦に対する斜め上の感性と土壇場で発揮される変な方向への思い切りの良さが炸裂した結果、偶発的にもある意味北摩めいた【自軍本陣目がけての脱走】という大トンチキをかまし始めた結果瓦解が更に加速。
「こんな、こんな馬鹿なあああああああっ!?」
絶叫したマイスィル皇子が直後暴走する蒸気戦車の車輪と回転鋸で血煙と消えた時点で、最早東吼軍の街道側は逆流する人雪崩と化していた。
「チェスト!?チェストがもう一匹!?」
「チェストドン!?」
……チェレンティは今この場で武器の引金を兎に角片っ端から必死に引きまくっているだけでなく、情報戦で如何にレーマリア軍が圧勝したか、いかにアルキリーレのチェストが凄まじいかの噂を流していた。そいつとアルキリーレが戦争前半に稼いだ連勝がボディブローのように聞いたのだ。
とうとう正規歩兵や正規射兵まで逃げ出した。
幾ら鉄の規律で縛ろうとしても、人の心はそう簡単にはいかない。
人の心の愛で、アルキリーレがレーマリアに味方したように……!
「はーっ、はーっ……!」
「ここまでだね、お姉ちゃん!」
「アルキリーレぇえええっ!!」
遂にアルキリーレが出血で地面に膝を突いた。もう斧も振えなくなり取り落としている。セフトメリムが己の前に跪いた格好のアルキリーレに対して刺突短剣を振り上げる。体重数百キロもありそうな巨漢の武闘僧侶兵を撲殺するのに手こずったアントニクスが叫ぶ。彼も限界だ。間に合わぬ。
(皆……)
アルキリーレの霞む視界に、様々な過去が蘇る。弱くて、情けなくて、でも優しくて、愛深き人々。
(カエストゥス……)
足りないものばかりの己についてきてくれた人々の事が。アルキリーレは願った。どうか彼等が無事であるようにと。故にか、彼等は無事であった。そうであるが故に、彼等の願いは叶う。
「貰ったっ!」
セフトメリムが刺突短剣を振り下ろす。
だが。いや、アルキリーレが歩んだ愛の旅路故に、必然として。
「チ゛ェ゛ス゛ト゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!」
アルキリーレ絶対の窮地にそれは間に合った! アルキリーレの元に男達の奏でる特大のチェストが響き渡った! そこから放たれた投矢機の槍矢を咄嗟にかわすセフトメリムだが、その槍矢が弾き飛ばした石が強か手に当たり刺突短剣を取り落とす。
「っつっ……!? な、んだあっ!?」
それは途中まで出来るだけ平坦な街道を走ったとはいえまだまだ未完成、数多の矢と槍を受け、既に瓦解しそうな状態で走っていた。搭載した兵器は撃ち尽くし、幾つかは外れて弾け飛んだ。上部装甲はボロボロになっている。
愛の奇跡というにはあまりに凄まじいが、しかしそれは即座に勝機を失った事を悟らせセフトメリムを退かせる程の凄まじさだった。
迫り来る殺戮獣の姿は兄マイスィルがそれにかかって血煙と化したと知る由もない、薬物で恐怖の感情が鈍磨した彼ですら後退を選ばせる程の勢いを持っていた。その勢いの乗り物を乗り熟し続ける断固たる意思、愛するアルキリーレを何が何でも助けそうという男達の意思の具現であった!
「……おい、あれは……」
「ああ……!」
そう、凄まじいチェストだった。だからこそチェストと共に戦ったアントニクスには分かった。チェストを伝えたアルキリーレには分かった。絆で、愛で分かった。あれは、仲間だ!
ズドドドドドドドドドドドドドドド!ガシャン!
「「「「「「うわああああっ!?」」」」」」
そして親衛隊に最後に遺った武器を撃ち尽くしその射撃部隊を黙らせると……
ガランッ!
とうとう最後に残った武器が全て落ちるのと同時に短艇を二枚貝めいて貼り付けたような上面装甲が剥がれた。理由は三つあった。既に装甲が既に限界に達していた事。装甲だけで無く竜骨まで限界に達していてこれ以上装甲を背負っていたら装甲の重量で自壊していた事。そして。
「アルキリーレーーーーーッ!!」
アルキリーレを助ける為だ! 中身が丸出しになった蒸気戦車から、方向を定め終えて手の空いたカエストゥスが叫ぶ。蒸気戦車がアルキリーレの横を通る瞬間、身を乗り出す!
「カエス、トゥスッ!」
アルキリーレも必死に叫んだ。萎えかける足に力を入れ、まだ動く片手を必死に伸ばし、カエストゥスに……これまでの蓄積に……愛に……しがみついた!
「飛び乗れアントニクス!」
「分かってるっ!」
使う武器を全部失ったチェレンティも叫ぶ。アントニクスも飛び乗る。ガリガリと地面を削りバキバキと部品を取り落としながら蒸気戦車は急旋回し最後の加速をしながら戦場を離脱する!
「アルキリーレ、アルキリーレ、アルキリーレっ!!」
「カエストゥス……!!」
夢中でアルキリーレを抱きしめ、蒸気戦車の中に引き込んでカエストゥスは何度もアルキリーレの名を呼んだ。
アルキリーレも、抱きしめ返してカエストゥスの名を呟いた。失血で寒気を感じる体に、鎧越しなのに暖かさを覚える程に、強い思いで。
「カエストゥス、皇帝が……」
我ながら損な性分だ、と思いながら、しかしアルキリーレは呟いた。アルキリーレを助ける事を優先して、蒸気戦車は皇帝を直撃せず途中で大きく舵を切っていた。更に言えば、これはどう考えても車体の限界が近い。上部装甲も振り捨ててしまった上に兵器も全部失った。どう考えてもこれでは皇帝を倒す事は……
「いいや」
カエストゥスは頭を振った。
「奴はもう終わりだ。奴の周囲には、もう一欠片の愛もない」
そして答えた。人の望みを叶える事に特化した者として。もう、皇帝の願いを叶える者はいない、誰も彼を愛しては居ないと。
「は、ははは。何と、何と言う事だ。何と言う事だ」
東吼皇帝、メールジュク一世は笑った。己の眼前を、男女が唯只管、互いへの愛を貫いて過ぎ去っていった。この東吼皇帝たる己を無視して!
それは滑稽でドタバタ喜劇のようだった。だが。
「何と……」
眼前には人と獣の大津波だ。逃げ惑う兵と、殺戮獣が突入した段階でそれに気圧されて錯乱し狂気に陥りそれから逃れんと反転し己の方に突っ込んできた城象獣達。周囲の貴族や女官共はこの皇帝を見捨てて逃れんと逃げ惑うが、これはもう、誰も間に合うまい。全員纏めて、ぺしゃんこだ。
「何と言う滑稽で、無様で」
メールジュクは笑った。眼前を通り過ぎていった愛に。
「面白い事よ。これが、愛か」
そして皇帝の上を歴史の激動が大量の城象獣の暴走として通り過ぎていった。
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