お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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最終章 箱と哀愁のベルスーズ

静寂

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 扉が開けば、そこは静けさに包まれていた。

 正月の賑わいが嘘のような、その静謐せいひつな雰囲気は、まるで時が止まってしまったかのようだった。

 だが、中に入れば、屋敷の古時計は、コチコチと秒針を進めながら時を刻んでいて、今、この空間が、現実だということを知らせてくる。

 だが、そこには確かな現実があるのに、明らかに奇妙おかしかった。

「結月はどこだ! なぜ、誰も出迎えない!」

 普段なら、洋介たちが訪れると、屋敷の使用人たちが総出で出迎えてくれた。

 だが、今日は誰も迎賓せず、それどころか、人がいる気配すらない。

戸狩とがり黒澤くろさわは、使用人たちを探してこい! 私は結月の部屋に行く」

 すると、洋介が苛立ちながら指示をすれば、戸狩たちは、すぐさま屋敷の中を探し始めた。

 そして、洋介は、美結と共に、結月の部屋がある二階へと向かう。

 屋敷の裏口も正門も、しっかり施錠されていた。
 ならば、人がいないはずはない。

 しかし、屋敷は、どこもかしこも静寂を貫き、親族の集まりで消耗した体を更に困憊《こんぱい》させる。

 もしこれで、本当に誰もいないなら、住民たちがいっていたように、まるで神隠しにでもあったみたいだ。

 ──バタン!

「結月!!」

 結月の部屋につけば、扉を開けた瞬間、洋介が鋭く声を発した。

 まるで叱責するような声色だ。
 娘を叱りつけようとする威圧的な声。

 だが、その中に娘の姿はなく、それどころか部屋の中は綺麗に整頓され、乱れた様子すらなかった。

「ゆ……結月?」

 苛立つ感情とは裏腹に、戸惑いと困惑が同時に押し寄せる。

 なぜ、結月がいないのか?
 昨日、電話をした際も、結月は平然としていた。
  
 それなのに──

「結月! 隠れてないで出てきなさい!」

 すると、普段なら使用人たちに指示するだろうに、洋介は、自ら部屋の中を探し始めた。

 奥のウォークインクローゼットだけでなく、タンスの中やベッドまで。

 そして、そんな夫の珍しい行動を横目に流しながら、美結が、遅れて部屋に入ってきた。

 度々、目にしてきた娘の部屋は、普段と何も変わらないように見えた。違うとすれば、カーテンが締め切られていることだろう。

 住民たちの話では、昨夜、日付がかわると同時に、屋敷の明かりが落ちたらしい。

 なら、それからずっと締め切られたままなのかもしれない。美結は、真っ直ぐ部屋の中を進むと、まずはカーテンを開けた。

 幾分か明るかった部屋の中も、陽の光が入れば、更に探しやすくなる。

 すると再び、部屋の中を歩き出した美結は、辺りを見回しながら進み、そして、ある場所で止まった。

(……トランク?)

 娘が愛用していた机の上。
 そこには、革製のトランクが置かれていた。

 鍵付きの黒いトランクだ。
 その得体の知れない荷物をみて、美結は眉をひそめた。

 なぜなら、そのトランクの上には、ご丁寧にまで置かれていたから──

「旦那様!!」

 だが、その瞬間、結月の部屋に、黒澤と戸狩がやってきた。

 屋敷中を探し回ってきたのだろう。
 きっと、使用人たちが寮として使っていた別館まで。
 すると二人は、息を切らしながら

「五十嵐も他の使用人も、誰もおりません!」

「なぜいない!? 結月は、どこにいったんだ!?」

「わ、わかりません。なにか事件でしょうか? それとも本当に、神隠しに……っ」

「ふざけるな! 神隠しなんて、非現実的なことが起こるわけないだろう! とにかく、使用人たちを見つけ出して、連れてこい! 家族でも親戚でも連絡すれば、どこにいるかくらいは分かるだろう!」

「ですが……っ」

 すると、戸狩が口を挟んだ。
 珍しく身を強ばらせ、青ざめた表情をする戸狩は
 
「申し訳ございません、旦那様……実は、先程、使用人たちに連絡をとろうと、屋敷の電話から連絡を試みたのですが……その連絡先が、全部デタラメで」

「は?」

 その言葉に、洋介が短く声を発する。

「デタラメ……だと?」

「はい。実家の住所も電話番号も、全て使用されていないものになっておりました」

「な、何を言ってる……! それに、使用人たちの連絡先は、別邸の方でも保管してあっただろう! あっちは」

別邸あちらも確認しました! ですが、別邸の住所録も、全てすり変わっていて……っ」

「な!?」

 屋敷の使用人たちの情報は、この本館と別邸の両方で管理されていた。それも、個人情報を扱うため、厳重に管理されていたはず。

 だが、戸狩の話によれば、消えた三人の使用人の情報は、全てすり変わり、履歴書すらも紛失しているらしい。

 そして、それは、誰かが意図的に行ったとしか思えなかった。すると洋介は

「誰が、そんなことを……っ」

「五十嵐でしょ」

 すると、戦慄わななく洋介に向けて、美結が言葉を返した。結月の机の前に立つ美結は、そのまま落ち着いた声で話し続ける。

「五十嵐には、春からは、私の執事として別邸で働くよう命じていたわ。別邸の業務に関しても、戸狩が教えて込んでいたから、重要書類の保管場所も、鍵のありかも全て知ってたはずよ。なら、住所録をすり替えるのも、履歴書を盗むのも、造作もないことだったでしょうね」

「な!? じゃぁ、五十嵐がやったというのか!?」

「違うわ。五十嵐は、指示をされてやっただけよ」

「し、指示だと……一体、誰に?」

よ」

 瞬間、空気がピンと張りつめた。

 だが、泰然たるその声が告げたのは、あまりに衝撃的な言葉で、洋介は、呆然と立ち尽くしながら

「ゆ……結月が、五十嵐に指示したっていうのか……っ」

「そうよ」

 すると美結は、トランクの上に置かれていた封筒を手に取り、それを洋介に差し出した。

「読んで」

「な……なんだ、これは?」

よ。結月から、両親わたしたちに向けた──」

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