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第8章 遭遇
第111話 飛鳥とミサ
しおりを挟む『ッ……な、んで……おかあさん……っ』
今でも鮮明に蘇る。
ドアを叩く音と、あの母の声──
『……ぅ……ゃだ、ここから、だして……っ』
何度泣きながら訴えても
いつも返事は決まっていて
『飛鳥……お母さんね、飛鳥のその綺麗な顔が大好きよ』
『……っ』
『だから……絶対に……』
────出してあげない。
◆◆◆
古い記憶がよみがえると同時に、心臓が早鐘のように動きだした。
聞こえてきた声に、見覚えのある姿に、呼吸が浅くなる。
なんで──
なんで、あの人が
ここにいるんだ───?
第111話 飛鳥とミサ
「あの、神木さん!? 離してください! エレナちゃんが……!」
「──ダメ、だ」
エレナの元へ駆け出そうとした、あかりの腕を掴んだのは──無意識だった。
あれが誰なのか認識した瞬間、体は正直に反応しはじめた。
(ダメだ、今は……)
思い出す。あの声のトーン。
あの人は、今
────すごく、怒ってる。
「ごめんなさいッ! でも、ちゃんと門限には帰るつもりだったの!! それに、せっかく誘ってくれたに、断るなんて……!」
「エレナ!」
「ッ……!?」
「あんな公園で遊んでいいなんて、言った? 怪我でもして、そのキレイな体に、傷でもついたらどうするつもり?」
母親が、エレナの頬に手を添え、冷たく囁く声が聞こえた。こちらには気づいてないようだが、恐ろしいくらい二人の会話はよく耳に響いた。
恐怖に震えるエレナの顔が見え、あかりは再度その場から離れようと試みたが、飛鳥に腕を捕まれ、身動きが取れないあかりは、その二人から、ただ目をそらさずにいる事しかできなかった。
(エレナちゃん……っ)
どうしよう。あのままじゃ──
「──痛ッ」
だが、そんなあかりの腕に、突如鈍い痛みが走った。
反射的に顔をしかめ、痛みが走った腕を見れば、飛鳥がその手の力を更に強めたのだとわかった。
男性の力だ。強く捕まれたら、やはり痛い。
だが、その腕に響いたのは、なぜか痛みだけではなく。その手から、ほんのわずかに伝わってきたのは
──微かな振動。
「神木さん……?」
もしかして……震えてる?
「ぁ……、は……ッ!」
瞬間──顔色が、みるみる青ざめていくのがわかった。
呼吸が荒くなり、苦しそうに不規則な息をしては、肩を震わせていた。
先程まで、普通に会話をしていたはずなのに、突然豹変したその姿見て、あかりは驚き目を見開く。
「え!? なんで……どうしたんですか!?」
その場にしゃがみこみ、あかりが慌てて声をかけると、飛鳥のもう片方の手が、あかりの服へと伸びてきた。
服の裾を必死に掴み、まるで怯えるように縮こまるその姿は、なにかから身を隠そうとする子供のようにもみえた。
あまりにも弱々しい姿。
それは、どうみても、今まで見てきた『彼』ではなかった。
「ッ、──はぁ……ぁ」
「神木さん……っ」
まるで恐ろしいものでも見るかのように、その表情は険しく、カタカタと体を震わせていた。
今にもベンチから崩れ落ちそうなほど、いや下手をすれば、気を失ってしまうのではないかと思ってしまうほど、ゼーゼーと荒い呼吸をしていて、あかりの腕を掴むその手は、もう血の気が引いたように冷たくなっていた。
(何かの発作??)
過呼吸? 喘息? それとも……
「ぁ、あの、薬とかありませんか!? お水でもなんでも、欲しいものがあれば、私すぐとってきますから……!」
幸い家はすぐそ側だ。あかりは、なにか手助けができないかと、飛鳥に声をかける。
だが──
「……ッ──て」
「え?」
「ッ、そ……に……ぃ───」
────そばにいて。
その言葉を聞いて、あかりはなにかを察した。
これは、発作とか、そんなんじゃない。
本当に、何かに、怯えてる───?
「……!」
瞬間、その何かに気づいて、あかりは公園の出口に顔だけむけて振り返った。
すると、さっきまでそこいたはずのエレナとその母親の姿は、もうすでに姿を消していた。
(エレナちゃん……っ)
エレナも心配だ。
だが、気になったことがある。
(……すごく、似てた)
─────神木さんと。
「ッ……はぁ、っ……ッ」
「……!」
二人の姿はもうない。
だが、その震えも、苦しそうな息遣いも全く治まることはなく、飛鳥は縋るようにあかりの服を掴んだまま離そうとはしなかった。
その姿に、あかりはそっと空いている方の手を飛鳥の背に回すと、落ち着かせようと、ゆっくりとその背をさすり始めた。
「……大丈夫。どこにも、行きませんから」
いつのにか二人の頭上には、鉛のような雲が広がっていた。
それは、今にも雨が降りだしそうな
──そんな重く暗い空だった。
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