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第8章 遭遇
第112話 生みの親と育ての親
しおりを挟む目を覚ますと、聞こえた声。
『……ぅ、ひっく……ッ』
幼い頃の俺は、よく泣きながら目覚ますことがあって、そんな俺を、よく抱きしめてくれる人がいた。
『飛鳥、大丈夫?』
その人は、華と蓮の母親で
俺にとっては
血の繋がりなんて全くない母親だったけど
それでも、母さんにだけは
素直に甘えられた。
『また、あの時の夢?』
『うん……ッ』
母さんは、いつも穏やかな笑顔を浮かべていて
どんなに怖い夢を見ても
その顔を見れば不思議と安心した。
『大丈夫よ飛鳥……ずっと、側にいてあげるからね?』
『っ……ぅん…ッ』
ずっとそばに──
いてくれると思っていた。
ずっと一緒に──
いられると思っていた。
だけど、なんで──────
◇◇◇
「ん……っ」
重い瞼をあければ、そこには、見慣れない天井があった。
(どこだ、ここ──?)
まだ、夢をみてるのだろうか?
不思議と懐かしい気配を感じて、思わず子供の頃を思い出した。
うっすら開いた瞳に、影が揺らぐ。
懐かしい人を感じた。
ああ……やっぱり
──夢だ。
「母さ……」
「神木さん?」
「!?」
瞬間、手を伸ばしそうになった、その先にいたのは目的の人じゃなかった。
俺は、一気に我に返り、慌てて起き上がった。
だけど、急に起き上がったせいか、突如激しい目眩が襲ってきて、頭が重い。
クラクラして、気分も最悪だ。
「……無理しないでください」
額に手をあて、頭の痛みにたえていると、横から声がした。
さっきの影は“あかり”だったのだと気づく。
「俺……なんで……ここ、どこ……?」
「ここは、私の家です。覚えてませんか?」
「え、と……」
何が、あった?
全く思い出せない。
まるで、思い出すのを拒絶してるかなような……
「思い出せないなら、無理に思い出さなくていいですよ。なにか温かいものを作ってきますから、今は、ゆっくり休んでいてください」
「………」
そう言って笑うと、あかりは狭い1LDKの奥にあるキッチンに向かっていった。
辺りを見回せば、女性らしい雰囲気の部屋が広がっていた。寝かされていたのは、あかりのベッドなのだろうか?
倒れて、看病されていたのか?
俺、なにしてるんだろ?
「ねぇ……」
キッチンで、背をむけているあかりに声をかけた。だが、振り返らないあかりを見て、ふと片耳が不自由だったことを思い出す。
(あぁ、そうか……)
水道の水の音のせいで、背後から声をかけても気づけないのだとわかると、俺はまた一人、ぼんやりとその思考を巡らせた。
そういえば、雨が降りそうだと、あかりに支えられて、ふらつきながら、ここまで来たのを思い出した。
だが、思い出そうとすると、なぜか頭がズキズキと傷む。
大体、なんで倒れたんだ?
確か、今日はあかりに本を渡しにここまで来て…
それで────
「……………っ」
ああ……思い、出した。
俺は今日「あの人」を見かけたんだ。
俺の──「母親」を。
「……ッ」
思い出した瞬間。背筋が凍りついた。
わずかに震え出した手を必死に握りしめて
意識を保つ。
『そのキレイな体に傷でもついたらどうするつもり…?』
──ダメだった。
あの言葉を聞いたとたん、震えとめまいと吐き気が一気に襲ってきた。
幼い頃の出来事が、走馬灯のように流れ込んできて、あんなにも容易く、あんなにも簡単に、必死に保っていたバランスが、一気に崩れ落ちた。
どうすることも出来なかった。
結局、俺は、克服なんてできてなかった。
あの頃からずっと
──────変われないまま。
(情けない……それで俺は、あかりにすがり付いて……っ)
本当に、なにしてるんだろう。
深くため息をついて、目を閉じた。
すると、キッチンから、ほのかにスープの優しい香りが、こちらの部屋まで流れ込んできた。
どこか暖かいその雰囲気は、不思議と居心地がよくて、気が抜けたのか、安心したのか、急に睡魔が襲ってきた。
だけど、俺がいつまでもこのベッドを使っていたら、あかりだって、よい気はしないだろう。
そう思うと、少し重い体を動かして、ベッドから降りると、下に敷かれたカーペットの上に座り、ベッドを背持たれがわりにもたれ掛かった。
窓の方をみれば、外には雨が降っていた。パラパラと降る雨が、窓ガラスに当たっては、流れ落ちて行った。
どこか切なさを感じさせるその雨は、まるで自分の今の心を映し出すようで
なんだか急に、涙が出そうになった。
「神木さん、もう大丈夫なんですか?」
ベッドからおり、座り込んでいる俺を見て、あかりがキッチンから声をかけてきた。
「うん、もう大丈夫……ベッド使って、悪いね」
「あ、いえ……こちらこそ、こんなところしかなくて、逆に申し訳ないというか……お客様用の布団とかあれば、よかったんですけど……っ」
「いいよ、謝らなくて……ありがとう」
申し訳なさそうに言うあかりの言葉に、無理に笑顔を作ってお礼を返すと、あかりは俺の斜め向かいに座り、そっとテーブルの上にスープを差し出してきた。
そういえば、妙に手が冷たいし、寒気もする。
すると俺は、呆然とテーブルに置かれたカップを見つめながら
「なにも……聞かないの?」
「…………」
あかりに疑問をぶつけた。
すると、あかりは
「神木さんはありますか? 聞いてほしいこと」
それは、話したいことがあるのなら、問いかけると言われているようだった。
あんなことがあって、気にならないはずがない。
だけど、あかりは、無理に聞き出そうとするわけでもなく、だからと言って突き放すわけでもなく、あくまでも、こちらの気持ちにゆだねようとしているようで……
瞬間、喉まででかかって、話してしまいそうになった言葉を、必死に飲み込んだ。
「ないよ。聞いてほしいことなんて……っ」
話すつもりなんてない。
話したところで、どうにもならなくて。
だけど……
「あかり」
「……はい」
だけど、どうしても一つだけ確認して、おかなくちゃならないことがあった。
知っておかなくてはいけないこと。
「お前、さっきの女の人のこと、なにか……知ってる?」
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