神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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第9章 【過去編】偏愛と崩壊のカタルシス

第122話 偏愛と崩壊のカタルシス⑤

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 父と母が離婚してから、母は専業主婦をやめて仕事を始めた。

 まぁ、仕事と言っても、在宅の仕事をいくつかかけ持っていたようで、俺は、その後もずっと部屋からだしてもらえなかった。

 ただ、仕事をする時間が増えた分、母と一緒にいる時間は、前よりも減った。

 それでも、一人部屋でやることは全て決められていて、ドリルや字の練習など、宿題のようなものを毎日出された。

 だけど、そんなものも、慣れてしまえば、すぐに終わってしまい、そのあとは、ずっとなにをするわけでもなく、窓際に座って外ばかり眺めていた。

 一階の子供部屋からみる景色は、いつも代わり映えのしない景色だった。

 もう見飽きた光景。

 だけど、それでも窓の外には、青く綺麗な空が広がっていて、2月中旬のその日の空は、羨ましいくらい澄んで見えた。

 まだ、外は寒いのだろうか?
 そう思って、窓ガラスにふれる。

「冷たい……」

 すると、それはひやりと肌に馴染んだ。

 部屋に閉じこめられたまま、ただ呆然と、そんな毎日がすぎていった。

 生活を彩るのは、やりたくもないモデルの仕事だけ。

(オレ、なにに……笑ってるんだろ……)

 家の中では、もう長く笑っていなかった。

 "笑う"という感情が、わからなくなっていた。

 両親が離婚して、笑える状況じゃまったくないのに、仕事の時はいつも笑顔でいなくてはならなくて

 なんだか自分が、二人いるみたいだった。


 もう一人の自分が、叫ぶ。


『もう、疲れたよね?』


 そう言って、笑いかける。

 ──疲れた。

 考えるのにも、無理して笑うのにも、何もかも疲れた。

 目を閉じれば、心の中は、つねに暗雲がたちこめていた。

 この世に「自分」を愛してくれる人なんて、どこにもいない。
 
 まるで暗闇の中に

 たった一人取り残されているような



 そんな、果てしない



 ──孤独感。



 そして、それは


 精神を蝕むように



 俺の心を、体を




 弱わらせていった──





「パパ! ママ! はやくいこーよ!」

 ぐったりと窓辺に持たれていると、外から明るい声が聞こえた。

「ちょっと待ちなさい」
「慌てると転んじゃうわよ?」

 閉じていた瞳をうっすら開くと、窓の外を歩く、親子が目に入った。

 父親と母親と一緒に手を繋いで歩く男の子の姿。


 それをみたら、なんだか急に


 ──涙がでた。



 羨ましいと、思った。



 手をつないで一緒に歩く。



 ただ、それだけのことが

 自分には叶えることができなかった、その姿が

 眩しくて眩しくて


 仕方なかった。



 温かい家族に憧れた。


 自分を必要としてくれる

 決して壊れることのない家族を夢見た。



 何も望まない。

 ただ普通に笑える




 ──日常が欲しかった。




「……もう……いい、かな?」


 瞬間、なにかが弾けた──


 もう、どうなってもいい。

 そう感じて、俺は窓をあけると、レッスン用に使っている室内シューズをはいて、そこから飛び降りた。

「痛……ッ!」

 少し高さがあって、着地した瞬間、膝と手の平を擦りむいて、だけど

(あ……また、怒られる……っ)

 この後に及んで、まだそんなことを考えている自分が恐ろしく滑稽だった。

 だけど、もう怒られたくない。

 嫌だ。逃げたい。

 もう、こんなところにいたくない。


「────っ」


 一度だけ家を見上げて、その後、俺は立ち上がると、意を決して家から逃げ出した。

 このあとのことは

 何も考えてなかった。



 ただ、このままは嫌だと




 そう思っただけだった。






 ◆

 ◆

 ◆


「はっ、はぁ……っ」

 しばらく走り続けたあと、気がついたら知らない場所にいた。

 上着を着ることなく出てきたけど、走ったせいか寒さは感じなかった。

(どこだろう…ここ?)

「ぼうや?どうしたんだい?」

「っ……!」

 瞬間、声をかけられて、体が震えた。

 見知らぬ土地にきて、急に不安なのに、わざわざ声をかけてくれた優しいおじさんですら、その時は、ひどく恐ろしいものに見えた。

 母が、毎日のように俺に刷り込んだ、あの言葉が何度と脳内を駆け巡る。


『外の世界は、恐ろしいもので溢れてるの』



「──ッ!」

 俺は、とっさにおじさんの手を振り払うと、そこから逃げて、近くにあったコンビニの中に入った。

「いらっしゃいませー」

 店員の声が響けば、そこでやっと、母から逃げられたのだと安堵した。

 だけど、息も切れ切れに走ってきたせいか、ひどく喉が乾いていて、俺はフラフラとコンビニの中を歩くと、ふと目についたペットボトルの水を手にとった。

 だけど──

(あ……お金、持ってない)

 思考が、少し麻痺していた。

(どうしよう……)

 持っていっても、いいかな?

 ──なんてバカなことを考えて、でも出来なくて体が硬直する。

「ねぇ……!」
「ッ!?」

 すると、また、誰かに声をかけられた。

 反射的に体が震え上がり、手にしたペットボトルが手から滑り落ちる。

 すると、それはコロコロとコンビニの床を転がって、声をかけてきた人の足元で止まった。

「なに、やってんの?」
「……ッ」

 自分のしようとしたことに、とてつもない恐怖を感じた。

 あ、どうしよう、怒られる。

 俺は、その人から逃げたい一心で、コンビニから飛び出した。

 どうしよう。
 どうしよう。どうしよう……!

 お店のものを、勝手に持っていこうとした自分に、体が震えた。

 警察に捕まるかも?
 お母さんにバレたら、どうしよう。

 そんなことを考えて、ひたすら走り続けて、次第に力尽きる。

「はぁ……、はぁ…は…ッ」

 もともと、あまり食べていなかったのもあってか、体力にも限界が来ていた。

 走り疲れて、ふらふらとガードレールに手をつくと、俺は、そのままその場に座り込んだ。

「ぅ……っ、うぅ」

 なに、やってるんだろう。

 すると、その瞬間、また涙が溢れてきて、視界が鉛色に滲み始めた。

 すぐ横の道路には、地響く音をたてながら車やトラックが、たくさん走行していた。

 色々なものが


 もう限界だった───


「……っ、ぅ、もぅ……ッ」

 もう、嫌だ。

 嫌だ。いやだ。


 こんな世界、もう────




「ねぇ──」

「!」

 だけど、その時

「これ、いらないの?」

 その人は、また俺の前に現れた。

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