神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア

第145話 情愛と幸福のノスタルジア⑯

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「あれー、お兄さん、また、お仕事?」

 その日の晩、0時をまわり夜も更けた頃、仕事をしていた侑斗の部屋に、飛鳥を寝かしつけたゆりが、ひょっこりと顔を出した。

 侑斗は、パソコンを打つ手を止めると、ゆりをみつめ、難しそうな顔をする。

「そんな顔しないでよ。もう襲ったりしないよ?」

(いや、逆だから!?)

 あの日を思い出し、心中穏やかじゃない侑斗が、心の中でつっこむ。

 ゆりの姿は、あの日と同じ、ショートパンツにピンクのパーカー姿だった。可愛らしいルームウェアから露出した細く長い足が、やたら艶かしい。

 だが、せっかく来てくれたのに、ここで変なことをしたら、それこそ、もう2度と来てくれないかもしれない。

(俺の理性、頼むから、また仕事してくれよ)

 侑斗は、決して間違いを犯さないようにと、自身に念押しすると、ゆりが侑斗の斜め向かいに座り、明るく声をかけてきた。

「ねー聞いて~私この前、誕生日きたんだ~」

「え、誕生日? いつ?」

「5月12日!19歳になりました~」

「そうか、おめでとう」

 誕生日が近いなんて知らなかった。知っていれば、一緒にお祝いしたのに、もしかして、一人で過ごしたのだろうか?

 それとも、ほかの「誰か」と?
 そんな言葉が、漠然と侑斗の脳裏に浮かぶ。

「……にしても、お兄さん相変わらず、仕事大変そうだね」

「え? あー、今の部署人手不足で、俺もムリ言って早くあがってるから、家に仕事持ち込んで、少しくらいは会社に貢献しないとな」

「ほー社蓄も大変だねー」

「社畜とか、言うな!」

 男手一つで、子供を育てることの大変さを、侑斗はここ数ヶ月で、痛い程思い知った。

 だけど、仕事も周りからの目も、別に苦ではなかった。これが、飛鳥と一緒にいるために、どうしても必要なことだったから。

 でも……

「もしかして、私のありがたみ、少しは感じてくれた?」

 そのゆりの言葉に、納得する。

「あぁ……有りがたかったよ。家事とか料理とか、色々してくれてたし……それに───」

 侑斗は言葉をつぐむ。そして

「ゆりちゃん……なんで、いきなりきたの?」

「んー?」

「もう、こないと思ってた」

「えー、また来るっていったよ?」

「……」

 その後、二人の間には、暫く沈黙が流れた。

 そして、シン静まる部屋の中、先に言葉を放ったのは──ゆりの方だった。

「あのね、お兄さん……今日は、これを返しにきたの」

「?」

 "これ"といって、ゆりがテーブルの上に差し出したのは、前に侑斗がゆりに渡した茶封筒だった。

 そう、ミサからの示談金だ───

「え?」

「ここを早く出ていくのに、どうしてもお金が必要だったから、少しだけ借りました。でも、使った分は、ちゃんと働いて、全額きちんと戻してあります」

 正座をして、あらたまった表情で、封筒を差し出すゆり。それを見て侑斗は困惑する。

「何言って……っ、それは、お前のお金だ。返す意味が分からない」

「そうかな。私は、このお金、飛鳥のために送られたものだと思う」

「!」

「だからね。飛鳥のために使ってほしいの」

 ゆりは、そう言うと、侑斗をまっすぐに見つめ、優しい笑みを浮かべた。

「なんでそこまで……君にとって、飛鳥は、なんのゆかりもない子供だろ?」

「うん。確に、あの日コンビニで見かけなければ、わざわざ追いかけることもなかったし、あの時の飛鳥は、私にとって、只の迷子の男の子だった。だけど……」

 ゆりは思い出す。

 母親を探しに行こうといったゆりに、飛鳥が言ったあの言葉。

『行きたくない! 俺……帰りたくな……っ』

 泣きながら訴えた、あの言葉。

「あの時、帰りなくないって泣いた飛鳥を見て、自分とかさねちゃったの。こんな小さな子が、私と同じように家に帰りたくないのかと思ったら、飛鳥のこと、他人とは思えなくなっちゃった」

 視線を下げ、穏やかな表情を浮かべる、ゆりのその姿は、まるで、我が子を思う母親のようだった。

「私ね、ここでお金に変えられないものたくさん貰ったの。前に間違った選択の先に、もしかしたら明るい未来が待ってるのかもしれないって、話したでしょ? 私が、そう思えるようになったのも、飛鳥と侑斗さんと、一緒に暮らすようになってから……後悔ばかりして、いつ死んでもいいなんて思ってた私が、それまでの嫌な出来事全部チャラに出来るくらい、心の底から、生きててよかったって思えた。こんな私が、また未来に希望を持てた」

「……」

「飛鳥と侑斗さんに出会えて、本当に良かった……ありがとう」

 二人のそばは、温かくて優しくて、本当に本当に幸せだった。

 このまま、ずっと一緒にいたい。

 何度も、そう思った。

 だけど───

「でも、だからこそ、今日はこれを返して、お別れを言うために来たの」

「え?」

「私……もう、ここには来れない」

 お別れ──そう言ったゆりに、侑斗が小さく問いかける。

「なんで?」

「……」

 だが、ゆりはうっすらと頬を染めて侑斗を見つめると、何も言わず悲しそうに笑った。

 言葉にされなくても、伝わって来るようだった。

『私、侑斗さんのこと──』

 あの日、ゆりがいいかけた、続きの言葉。


「えっと、お仕事の邪魔してゴメンね! じゃ、私そろそろ、飛鳥の所に戻るね」

 再びいつもの笑顔にもどると、ゆりはその場から立ちあがり、侑斗に背を向けた。

 パシッ──

 だが、立ち去ろうとした瞬間、突然グッと腕を引かれたかと思えば、ゆりはその場から動けなくなった。

 自分の腕を掴んだ、男らしい手の感触。ゆりが驚き目を見開けば、侑斗が真剣な表情で、ゆりの腕を掴んでいた。

「え? お兄……」

 突然のことに困惑した。
 だが、侑斗がその腕を更に強く引きよせると、ゆりの身体は、そのまま侑斗の胸の中に収まった。

 これは、思い上がりかもしれない。

 もし、違っていたら、今度は軽蔑されて、嫌われるかもしれない。

 だけど、それでも──


「行くな……ゆり」


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