神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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第10章 涙の向こう側

第155話 涙と熱

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 その後、熱を出した飛鳥のもとに、華がお粥をつくってきてくれた。

 横になった身体を起こし、軽めの朝食をとり、また体温を計る。すると、体温計には37.9℃と先程より高い体温が表示された。

「さっきより、上がってるよ」
「兄貴、やっぱり昨日、雨に濡れた?」

 兄を心配して、華と蓮が眉を下げた。すると飛鳥は、その言葉を聞いて、昨日のことを思い出す。

 あかりが言うには、昨日、公園で倒れたあと、小雨が降り出したらしい。

 多少は雨に濡れた気がしないでもないが、服はさほど濡れてなかったし、髪は多分、あかりが乾かしてくれたのか、正直、風邪をひくほど、雨に濡れた実感はない。

「いや、雨には濡れてないよ」

「ねぇ、やっぱり病院行こう。私、付き添うよ!」

「あのな、子供じゃないんだから……それにお前たち、今日テストあるだろ? たいしたことないし寝てれば治るよ。だから、早く準備して学校行ってこい」

「でも、お昼とか」

「この位の熱なら、自分で作れるよ。だから、大丈夫」

 そういって、ニコリと笑う飛鳥に、双子達は、さらに眉をしかめた。この笑顔もきっと、心配をかけないように、無理に笑っているのだろう。

「華、準備するぞ」
「うん……」

 だが、その笑顔に逆らうこともできず、蓮が華に声をかけると、華は渋々、兄のもとから立ち上がり、蓮のあとに続いた。

「じゃぁ。兄貴、今日はゆっくりしてね? あと、ほしいものあったらLIMEして、帰りに買ってくるから」

「分かった。行ってらっしゃい」

 そう言って軽く手を振る兄を心配しつつも、双子は飛鳥の部屋を後にする。

 ◇

 それから2人は、自室に戻り制服に着替えると、朝食をすませ、歯磨きをするため洗面台の前に立った。

「華、今日は少し早めに出るぞ」

「あ、うん……」

「あとお前、朝から変だぞ? どうしたんだよ?」

「……」

 鏡の前に立った華をみて、蓮が横から声をかけた。すると華は、その蓮の言葉に、今朝の兄とのことを思い出す。

「飛鳥兄ぃさ。私達に、なにか謝らなきゃいけないことがあるのかな?」

「……え?」

 瞬間、歯ブラシを手に取ろうとした蓮の手元が、ぴたりととまる。

「兄貴が、俺たちに?」

「うん。さっき魘されながら、ずっと謝ってたの。私達に『ごめん』って……」

「……変な夢でも見みてたんだろ? 俺は兄貴に謝って欲しいこともなければ、謝るような事された記憶もねーよ」

「そう、だよね……」

 ただただ同意し、華は蓮に言葉を返した。

 兄は、自分の青春を全て犠牲にして、自分たちと、ずっと一緒にいてくれた人だ。

 部活をすることもなく、いつも通りの時間に帰宅しては、料理をし、勉強を見てくれた。

 悪いことをしたら、しっかりしかってくれた。たまに喧嘩もしたけど、いつも優しく見守って、支えてくれた兄。

 そんな兄が、謝らなきゃいけないことなんて、何一つない。……はずなのに。

「そういえば……昔、飛鳥兄ぃが、この洗面台の鏡を、割っちゃったことがあったでしょ。あれ、きっと自分の顔をみて"母親"のこと思い出したんだよね」

 鏡を真っ直ぐに見つめると、華は兄が中学の時、目の前の鏡を叩き割った日のことを思い出した。

 すると蓮も、同じように鏡を見つめ、その中の華に視線を合わせる。

「なんだ。お前、気づいてたのか?」

「そりゃぁ、あの時は私も小学生だったし、つまづいたって言葉、素直に信じてたけど、さすがに不自然すぎるでしょ。お兄ちゃんてさ、母親似なんだよね? 子供の頃に、そのお母さんと、何かあったのかな?」

「…………」

 長い沈黙が続く。

 だが、その後、聞き取れないくらいの小さなため息をつくと、蓮は華をみつめ、ぶっきらぼうな声をあげた。

「さぁな。そんなこと考えたって、仕方ないだろ」

「っ……なにそれ!? 蓮は飛鳥兄ぃが心配じゃないの!?」

「心配だよ。でも、兄貴が話さないことには、何もわからないし……それに、いくら似てるっていっても、兄貴自体あんな浮世離れした姿をしてるんだぞ。あんな顔の人が、他にもいるっていうなら、お目にかかってみた──」

 だが、そこまで言いかけて、蓮は、ふとあることを思い出した。

 あの雨の日。
 蓮が傘を渡した、金髪の女の人──

「あ、……」

「? どうしたの?」

「え……いや……何でもない」

 一瞬過ぎった、兄とよく似た女の人。
 蓮は、さりげなく華から視線を逸らすが

「蓮! あんた今、なにか隠したでしょ!?」

「ッ……」

 そんな蓮をみて、華は蓮のネクタイを掴み自分の方に引き寄せると、弟の顔をみて声を荒らげた。

(っ……こういう時、双子って不便だ)

 二卵性とはいえ、ずっと同じ物を見続けてきた双子だからか、お互いの思考を無意識に感じ取ってしまうのは、昔からで

「あんたまで、私に隠し事しないでよね……っ」

「……」

 だが、次の瞬間、今にも泣き出さそうな華の顔をみて、蓮は一度目を閉じると、諦めたのか、その後、深くため息をもらした。

「はぁ……別に、隠そうとした訳じゃない。ただ」

「ただ……?」

「俺、少し前に、兄貴によく似た女の人に会ったんだ。金髪で目が青くて、顔立ちも兄貴そっくりで」

「え?」

「でも、20代後半くらいの人だったし、とてもあんな大きな子供がいるような人には見えなかったよ。よくても、姉って感じだろうし。きっと、兄貴とは無関係だろ」

 だから、話さなくてもいいと思った──そう言った蓮に、華はそのまま蓮のネクタイを掴んでいた手の力を緩める。

 確かに、あんなに綺麗な兄に似た人なんて、そうはいないだろう。

 でも、その人が兄に本当に似ているのなら、無関係とも言いきれない気がした。

 もし、その人に会えたら

 何か分かるかもしれない。

 兄が教えてくれない



 子供の頃のこと───



「華!」
「!?」

 だが、今度はそんな華をみて、蓮が声を荒らげる。

「お前、今なに考えた?」
「っ……」

 どこか怒っているような、諭すようなその蓮の声を聞いて、今度は華はバツが悪そうに視線をそらす。

(ッ……こういう時、双子って不便)

「家族だろ。影でこそこそ詮索するようなマネするなよな!」

 蓮が華の思考を読み取り叱咤する。すると華は、その言葉を聞いて

「そうだよ、家族だよ! 血は半分しか繋がってないけど、飛鳥兄ぃは、私達の大事な家族だよ!! でも、だから、気になるんじゃん! 家族だから、知っておきたいんじゃん! 一番理解できる立場でいてあげたいのに、苦しんでても、悩んでても、知らなきゃ何も出来ない!!」

「……」

「お兄ちゃん、最近変だよ……私たちを見て、たまに悲しそうにするし、上の空なこともあるし! でも、何も知らないから! 何も話してくれないから! お兄ちゃんが何を考えてるのか、何を悩んでるのか、何で謝るのか! 何も……なにもわかんないッ!!」

 肩を震わせながら、言葉を放つ華の瞳からは、ポロポロと涙が伝い始めた。

「家族……なのに……っ、ずっと一緒にいたのに……私たちお兄ちゃんのこと……まだちゃんと知らないんだよッ……なんで、なんで、お兄ちゃん、何も話してくれないのかな? なんで……っ」

 とまらない涙をみて、蓮が悲しみにくれた顔で華を見つめると、慰めるように、その頬に伝う涙を指先で拭う。

「華、泣くなよ」

「だって……ッ」

「仕方ないだろ。兄貴にとって俺たちは」


 まだ、"子供"なんだから───


 洗面所には、悲しげな蓮の声が響く。






 早く、追いつきたい。


 一体、いつになったら、認めてもらえる?



 いつになったら、話してくれる?



 いつになったら……




 あの兄と




 同じ目線に、立てる───?




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