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第11章 兄と女の影
第166話 あかりとミサ
しおりを挟むエレナとは違うその声に、あかりは目を見開いた。澄んだ湖のような凛とした声。だけど、どこか威圧的な声。
それは、あの日、エレナの手を引いていた──
「ミサ……さん……?」
『はい。何度かエレナにメッセージを送ってくださったのに、なんの返事もできず、ごめんなさいね』
「あ、いえ……こちらこそ、何度もすみません。あの、エレナちゃんは……」
『元気にしていますよ。毎日学校にも通っていますし、モデルの仕事も頑張ってます』
「そう……ですか」
その言葉を聞いて、あかりはホッと胸を撫で下ろした。
元気に学校に通っている。ならば、本当にモデルの仕事が忙しかっただけなのかもしれない。
「あの、わざわざ連絡して下さってありがとうございました。元気だと聞いて、安心しました」
『いいえ、それより、あかりさん。エレナはあなたに、酷く懐いているみたいね?』
「え?」
決して攻撃的な言葉ではないはずなのに、その言葉には、どことなく棘を感じた。
『エレナがうちでよく、あかりさんの話をしているんです。あなたが話してくれた本の内容が面白かったとか、それはもう楽しそうに』
「…………」
『でもね、うちのエレナが、今まで私のいい付けを破るなんてことなかったの。それなのに、私に内緒で公園で遊んだりして……これって、やっぱり』
「…………」
『あなたの影響かしら?』
「……っ」
耳をつくような言葉に、スマホを持つ手が微かに震え始めた。
底知れない圧迫感。
それはまるで、息をするのすら阻まれるくらいに
『あの子に友達なんて必要ないの。あなたのような、お友達もね? だから、これ以上エレナに付き纏うのは、やめてくださいさらない?』
「……っ」
ミサが電話をかけてきた意図を感じ取って、体中が、異様な緊張感に蝕まれた。
これは「娘に近づくな」という、明らかな警告だ。
だが、身が竦む思いをしながらも、あかりは、その恐怖を必死に跳ね除ける。
友達なんて必要ない?
そんな訳ない。
エレナちゃんは、友達が欲しいと言っていた。
「どうして、ですか……っ」
『……』
「どうして、エレナちゃんから、周りの人間を遠ざけようとするんですか? エレナちゃんだって、一人の人間です。友達だってほしいし、自由に夢だってみたいはずです! それなのに……あの、一度でいいので、エレナちゃんと、ちゃんと話をしてみてくれませんか? エレナちゃん、本当は……っ」
『あかりさん』
「……!」
『忠告、しましたからね?』
「ッ…………」
神経は、ビリビリと緊張していた。
自分の一言で、エレナがまた怒られる可能性だってある。そう思うと、二の句が告げなくなる。
『それじゃ、もうかけてこないでください。エレナにも、そう伝えておきますから』
「ッ……待って、待ってください!」
なんとか話を聞いてもらおうと、必至になって食い下がる。だが……
ツーツー……
その後、返答はなく、あかりの耳には無機質な音だけが残った。
「ッ……ま、って……っ」
今にも溢れそうな涙を必死に堪えて、立ち尽くす、あかりのその表情は、今にも崩れ落ちそうなほど、酷く青ざめていた。
◇
◇
◇
その頃、飛鳥は、一人あかりの家に向かう道中で、先日、父が帰ってきた時のことを思い出していた。
電話をしたその日に、海外から帰宅した侑斗。そして、それは、みんなが、寝静まったあとのことだった。
◆◆◆
『まさか、本当に帰ってくるなんて思わなかった、どこまで親バカなんだか?』
『あはは、まー顔を見にきたのは確かだけどな。でも、実はお前に渡したいものもあって』
『え? 渡したいもの?』
静まり返る部屋の中、スタンドライトの明かりだけが灯る室内で、父が静かに話し始めた。
『あぁ……でも、その前に、ちゃんと話しておこうと思ってな。ミサのこと』
『……っ』
瞬間、飛鳥は表情をくもらせる。
聞きたくないような、聞いておかなくてはいけないような、そんな複雑な感情が入り交じって、思わず言葉を閉ざした。
でも、きっと父が話さない限り、自分からは聞くことはないような気もして、飛鳥はただ黙ったまま、その話に耳を傾けることにした。
『…………』
『辛くなったら、言えよ』
『大丈夫だよ』
父の言葉に、飛鳥は平静を装いそう返すと、その後、父は
『昔、お前がモデルをさせられていたのも、怪我をして部屋に閉じ込められたのも、きっと、ミサが、昔、モデルをしていたことに原因があると思う』
『え?』
その言葉に、飛鳥は耳を疑った。
『モデル……?』
『あぁ、いきなりこんな話しても素直に飲み込めないだろうけど。でも、本当なんだ。俺と出会う前の話だけど、ミサは学生時代、モデルをしていて、身体に怪我を負ってから、モデルの仕事ができなくなたらしい。お前は小さかったから、覚えてないかもしれないけど……背中と腕に大きな傷がある』
『…………』
背中に傷?
モデルを……してた?
◆
◆
◆
(父さんは、あー言ってたけど……)
不意に思い出した記憶に嫌悪して、歩く速度が次第に速くなる。
モデルをしていたなんて、全く知らなかった。
だけど、その言葉と同時に、幼い頃の記憶を朧気に思い出した。
あれは、いつだったか?
父が家に帰って来なくなったあと、でもまだ、あの人が優しかったころ、絵本を読みながら、二人で話をしていた。
◆
『おかーさん、これは~』
俺の問いかけに、あの人は絵本に書かれたイラストを指しながら答える。
『これはお医者さん、これはお巡りさん、こっちは、お花屋さん!』
『いっぱい~』
『そうね~いっぱいあるわね』
あの頃は、まだ優しかった気がする。だけど
『ねぇ、飛鳥は大きくなったら、何になりたいの?』
『う~ん、まだわかんなーい。あ、おかあさんは?』
『え?』
『おかあさんは、なにになりたいの?』
『私は……………』
──モデルに、なりたかったかな?
◆
ノイズ音ともに、蘇った記憶。
幼い日の無邪気な自分と、まだ優しかった頃の、母の姿。
だけど、もうあんな関係、跡形もなく崩れ去った。
(そうだ。あの後から、あの人は段々おかしくなって……)
幼い頃の記憶をだぐりよせる。
嫌な記憶。
思い出したくない記憶。
でも、向き合わなくてはならない記憶。
(モデルに……なりたかった?)
だから、俺にモデルなんてさせてたの?
だから、頬に怪我しただけで閉じ込めたの?
幼稚園まで辞めさせて
外にもださず
ずっとずっと、あの部屋の中で──
(それって……自分の"叶えられなかった夢"を、息子に叶えさせようとしてたってこと?)
下らない理由に呆れ返る。
だけど、もし本当にそうだったとしたら、今モデルをやっている
エレナは───……
「!」
だが、その瞬間、路地を曲がったその先で、目的の人物の後姿が見えた。
住宅街の片隅で、一人立ち尽くしている"あかり"の姿。
飛鳥は、先程考えていたことを中断すると、背後から、呼びかける。
「あかり!」
だが、あかりは、立ち尽くしたまま、その声に反応することはなく……
(あぁ、そっか……)
ふと片耳が不自由だったことを思いだして、飛鳥は、あかりの側まで歩み寄ると、そっと、その肩に手を触れた。
「あかり」
「……ッ」
瞬間、身体を震わせながら、あかりが振り向いた。
だが、そのあかりの姿をみて、飛鳥は目を見開く。
その表情は、酷く怯えたような顔をしていた。
今にも泣き出しそうなほど、目が赤らんでいて、自分を見上げる瞳が、まるで助けを求めているように見えて──
「……あかり?」
どうしたんだ?
どうして、こんなに、泣きそうな顔をしているんだろう……?
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