神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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第15章 オーディション

第215話 独りと二人

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 その重苦しい話を終えたあと、部屋の中はシンと静まり返った。

 エレナとあかりは、飛鳥の話をただ何も言わずに聞いていて、時折眉をひそめたり、目をそらしたりしながらも、その話に真剣に向き合っていた。

 もう二度と話すことはないだろうと思っていた、幼い頃の話。

 モデルをしていた時の話。

 怪我をしたあと、部屋に閉じ込められた話。

 両親の離婚の話。

 そして、あの日逃げ出して


 ゆりさんが刺された時の話──…



 思い出す度に、目眩がしそうになるのを必死にこらえた。でも、それでもすべてを話し切ると、飛鳥は深く息をついたあと、下げていた視線を再びあげる。

「……大丈夫?」

 気がかりなのは、何よりもエレナの反応だった。

 自分の母親が──人を刺した。
 その事実を知らされたのだ。

 知りたくなかったと、怒鳴られるかもしれない。

 怖いと、泣かれるかもしれない。

 状況が飲み込めず、パニックになるかもしれない。

 だが、エレナは──

「……うん、大丈夫」

 そう言って、少し声を震わせただけで、特に取り乱すようすはなかった。

 本当に、大丈夫なのかはしれない。

 でも、冷静でいてくれたことに、少なからず安堵した。

「ごめんね、急にこんな話をして……でも、あの日俺は、今日の君みたいに家から逃げ出して、ゆりさんに助けられて……でも、そのせいで、ゆりさんは、あの人に刺された。今でも思い出すし、何度も後悔した。俺が家から逃げ出さなければ、ゆりさんが巻き込まれることはなかったのにって……」

「…………」

「こんな話、子供の君に話すべきじゃないのは分かってる……でも、あの人は、カッとなると何をするかわからない人だよ。日頃は穏やかで物静かな人だけど、怒ると手に負えない。きつい事を言うけど、エレナの行動ひとつで、また"誰か"が巻き込まれて、俺と同じようなことが起こる可能性だってある。なら、もう少し考えて行動した方がいい……君にもいるんじゃないの? 巻き込みたくない"大事な人"──」

「……っ」

 飛鳥のその言葉に、エレナは、そっとあかりに視線を向けた。

 あかりを心配そうに見つめるその表情に、さっき必死になって逃げていたのは、やはり、あかりを巻き込みたくなかったからだと確信し、飛鳥は、改めてエレナに声をかける。
 
 逃げ場を塞がぬように、優しく、そっと──

「モデル……したくないんだよね? それ、あの人に言える?」

「……っ」

 だが、その瞬間、ビクッと肩を弾ませ、不安げに見つめられた。

 その表情から、今のエレナの気持ちが、痛いくらい胸に伝わってくる。

 言えるわけない。
 なぜなら、自分だってそうだったのだ──…

「怖いよね、分かるよ。俺もそうだった……でも、あの人は。唯一聞くとしたら、"エレナの言葉"だけだよ」

「でも……っ」

 エレナの目にじわりと涙が浮かんで、横に座るあかりがエレナを見つめ、不安そうに眉を下げた。

 それでも、水をさすことなく二人の話を聞くあかりを見て、飛鳥は目を細める。

 そう簡単に、解決できる話ではなかった。

 今、飛鳥にできるのは、あかりを巻き込ませないことと、あの人がどんな人間なのか、エレナにしっかり理解させること。

「……俺も詳しくは知らないけど、あの人は、昔モデルをしてたらしい。でも身体に怪我をして、出来なくなったって」

「確かに、怪我はしてるよ……背中と腕に」

 一緒にお風呂に入っていた時、母親の身体に痛々しい傷があったのを、エレナは思い出した。

「……まぁ、そのせいなのかは定かじゃないけど、あの人は、モデルの仕事に酷く"執着"してる」

「そ、それは、そうかも……しれないけど………ねぇ、飛鳥さん」

「ん?」

「私ね、もうモデルはやりたくない…っ、それは、分かってるんだけど……でも、もし、私がやりたくないなんて言ったら……お母さん、?」

「……」

「どうしよう……嫌だけど、やっぱり言うのは怖くて……っ」

 顔を青くし、肩を震わすエレナは、酷く不安そうにそう言った。

 怖いのは……本音を伝えられないのは、なにも、"しかられるから"だけじゃなかった。

 自分もあの頃『やりたくない』と分かっていても、言えなかった。

 やめたいなんて言ったら、お母さんが、悲しむかもしれない。

 泣いちゃうかもしれない。

 そう思ったら、言えなかった──


 そして、母が怒るのは、全て自分が悪いからだと決めつけて、閉鎖された空間で毎日のように怒鳴られていくうちに、心が次第に麻痺していった。

 逆らったら、怒られる。
 いい子にしてなきゃ、怒鳴られる。

 捨てられたらどうしよう。
 嫌われたらどうしよう。

 俺には


 お母さんしかいないのに──…



 そんな、絶対的な母の存在に怯えて、それでも、求めてしまう『幼い心』が、無意識に、あの人を拒絶することを拒んでいた。

 でも───

「俺も昔は……あの人が大好きだったよ」

「……」

「父さんと離婚で揉める前までは、本当に優しい人で……だから、俺も『やりたくない』と思いながらも、モデルの仕事を続けてた。『お母さんが喜んでくれるなら、それでいいかな』って……でも、それじゃダメだった」

「………」

「自分を殺して、誰かを幸せにしても、結局は、どちらも幸せにはなれない。いつか必ず『綻び』が生まれる。今日、エレナが逃げ出したのも、そういうことだろ?」

「……ッ」

 その言葉に、エレナはキュッと唇を噛みしめた。

 次第に綻び始めた、母親との絆。

 『これは全て自分のためだ』と言い聞かせながらも、それを素直に信じきれない自分がいた。

 そして、今日逃げ出したのは、その話の通り、自分の心を殺してきた結果なのだと……

「あの時、俺がもっと強かったら、あんなことには、ならなかったかもしれないって、今でも思うよ。我慢なんてしないで、嫌なら嫌だと言えば良かった。怖くても、怒られても、ちゃんと話してみれば、また違った未来があったかもしれないって…」

「……」

「なにも、いきなり『辞めたい』という必要はないよ。むしろ、それは逆鱗に触れかねないし……でも、言わなきゃ分からないこともある。今を変えたいなら、少しずつでいいから、本音を伝える勇気を持たないといけない。また閉じ込められるかもしれないし、怒鳴られるかもしれないけど、それでも言い続けたら、どこかで気づいてくれるかもしれない……エレナの気持ちに」

「出来る……かな?」

「できなければ、ずっとこのままだよ」

「……っ」

 ぐっと目に力を込め、泣き出しそうになるのを必死に堪えるエレナに、酷く胸が締め付けられた。

 まだ小学四年生の女の子に、母親が怖くて仕方ない子に、なんて、ひどい仕打ちだろう。

 自分だって、未だに怖いのだ。

 あの人に


 たった一人で立ち向かうことが──…



 すると飛鳥は、デスクの上にあったメモ帳にスラスラと何かを書き始めた。

 そして、それを手に再びエレナの前に戻ると、飛鳥はその紙を、そっと手の中に握らせる。

「俺の連絡先。なにかあったら、今度は、あかりじゃなくて、俺に連絡して」

「……え?」

 渡された紙には、携帯の番号が記されていた。

「辛くなったり、話したくなったら、何時でもかけてくればいい。閉じ込められていても、部屋の中ならこっそり話せるだろうし、俺ならアドバイスだってできる」

「で、でも……」

「大丈夫だよ。俺は『他人』じゃなくて、あの人の『息子』だから、いくらでも巻き込めばいい。それに──もう、独りは嫌だろ?」

「……っ」

 メモを手にしたエレナの手をギュッと握りしめながら、飛鳥が微笑む。

 たとえ、家の中で閉じ込められて、一人きりだとしても、決してこの子を「孤独」にしないように──

 そんな思いを込めて、その小さな手を握りしめた。

「ほ、ほんとに……いいの?」

「いいよ。これでも一応、エレナの『お兄ちゃん』だしね」

「っ……あはは」

 そんな飛鳥の言葉に、エレナは目にじわりと涙を浮かべて、少しだけ安心したように微笑んだ。

 兄妹なんて、まだ全然自覚はないけど、それでも、同じ母親、同じ境遇。

 それは、血の繋がり以上に、何よりも共感できるものだった──


「……ぅ、…うぅっ」

 すると、ずっと堪えていたエレナの瞳から、涙が溢れだした。

 流れた涙は、エレナの頬をつたい、そして、飛鳥の手の甲にポタリと落ちる。

 きっと、あかりを巻き込まないようにと、ずっと一人で戦っていたのだろう。

 涙は、とめどなく流れ、だが、それは同時に、不安な思いも一緒に流していく。

「ありが……とう……飛鳥さん……っ」

 そして、そんなエレナを見つめ、飛鳥は思う。

 どうか、これ以上
 この子が傷つくことがないように──

 どうか、これ以上
 あの人に傷つけられる人が現れないように──

 エレナの手を握りしめながら、飛鳥は、切にそう願ったのだった。
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