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第9章 恋と別れのリグレット
第387話 両想いと恋わずらい
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春うららかな、四月下旬。
桜が散り、新緑が瑞々しく輝く頃、あかりは近くのスーパーで買い物をしていた。
美里の喫茶店で、アルバイトを始めて、約半月。
まだ、日は浅いが、少しづつ仕事を覚え、なんとか形になりつつあった。
働くということは、大変だ。
やりがいを感じつつも、時には失敗し落ち込むこともある。
だが、ずっと親元にいて、勉学一筋だったあかりにとって、それはステップアップの一つでもあった。
この先、生活していくなら、仕事をしなくてはやっていけない。
大学では、司書の資格を取るべく頑張っているが、今から、経験を積んでおくにこしたことはなかった。
特にあかりには、一側性難聴という障碍がある。
右耳が全く聞こえないあかりは、聞くことが不自由だった。
騒がしい場所では、会話ができないし、聞こえない方から話しかけられたら、気づけないこともある。
他にも、聞き間違いで、迷惑をかけたり誤解を招いたり、音が、どこから聞こえるのかわからず、挙動不審な行動をとることも。
だが『障碍者手帳』を発行される程のレベルではないため、障碍者採用枠を受けることは、もちろん出来ないし、かといって、健聴者と肩を並べることも出来ない。
中途半端で、見えにくい障碍を抱えているあかりだからこそ、自分に出来ること、出来ないことを、今からしっかり見極めておきたい。
そして、いつの日か、自立した立派な大人になりたい。
この先、一人でも、生きていけるように──
◇
◇
◇
スーパーで買い物を終えたあかりは、その後、自宅へと向かった。
今日は、アルバイトも大学もない、土曜日。
そして、この何もない日に合わせて、あかりは彼と約束をした。
面接の合格祝いに、女装をして欲しいという無茶なお願いを叶えるために、今日の午後、神木さんがやってくる。
(どうしよう……緊張してきちゃった)
これまでにも、何度か家には来ていて、一緒に過ごした。それなのに、今日は、ずっとソワソワしたままだった。
心の中が忙しなくて、なかなか普段通りを貫けない。
でも、それは、きっと彼の気持ちに気づいてしまったから。
お互いに、両想いだと、自覚してしまったから──
「……両想い、か」
住宅街を歩きながら、あかりはポツリと呟いた。
人を好きになれないといっていた彼が、家族以外を好きになった。
それに自分だって、どうして好きになってしまったのだろう。
人を好きになれない。そう言っていたのは、自分だって同じだったはずなのに……
(神木さんを、うちに呼ぶのは、これを最後にしよう)
心の奥には、今もあの時の記憶が残っていた。
雪の日に、泣きながら謝る蒼一郎の姿。
だから、好きになるはずなどなかった。
あの時、思い知ったはずだった。
誰かを好きになっても、その先に、未来はない。
あの時の光景が、悲しみが、後悔が、それを全て教えてくれた。
だから、好きになるはずなどなかったはずなのに……
(神木さんには、絶対に悟られないようにしなきゃ)
彼を好きだという、この気持ちは、一生隠し通す。
そして、少しずつ距離を置いて、彼から離れていこう。
そうすれば、この思いも、いつかは消えてなくなる。
ほんの一時の幻のように、一瞬だけ掴んだ雪のように、手には何も残らず、消えていくだけ。
だけど、それでいい。
それが、お互いのためだから──…
「よし!」
パン!と頬を叩き、気合を入れると、あかりは空を見上げた。
春の空は、澄み渡るように美しい。
だから今日は、余計なことは考えず、友達として思い切り笑いあって、彼と素敵な時間を過ごそう。
(そういえば、神木さん、どんな服選んだのかな~。楽しみ♡)
重い足取りが、少し軽やかになると、あかりは、アパートへ急いだ。
もう買い出しは終わったし、あとは、昨晩作ったデザートの仕上げをして、部屋の掃除をしたあと、少しだけ、"おめかし"をしよう。
飛鳥を招く準備を色々と考えながら、あかりは、楽しげに、家に向かった。
片や、好きな女の子の前で、女装をする事になった飛鳥くんと
片や、好きだという気持ちを、何がなんでも飛鳥に知られたくない、あかりちゃん。
さてはて、この二人の恋は、一体どうなってしまうのか?
甘くて、賑やかな二人の一日は、まだ、始まったばかりです。
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