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第3章 誕生日の夜
第22話 侑斗と飛鳥
しおりを挟む午後11時──
シンと静まりかえった神木家は、すでに就寝の準備を迎えていた。
先程までの賑やかさが消え、侑斗は一人書斎へと戻ると、部屋の片隅に置かれたチェストの前に歩み寄った。
「今日で、飛鳥も二十歳になったよ──」
チェストの上には、写真立てが飾られていた。そして、その写真の中には、まだ幼い頃の子供達を抱いて、優しく微笑む女性の姿……
「まだ、子供だと思ってたのに、いつの間にあんなに大きくなっちゃったんだろうなー」
侑斗は、写真をみつめ、決して返事を返すことのないその女性に、一人語り続ける。
脳裏に甦る記憶が、ほんの少しだけ切なさをつれてきて、えらく胸が傷んだ。
「はは……こんなんじゃ、また君に怒られちゃうな?」
そういうと侑斗は、相変わらず情けない奴だと、更に自分を笑うのだ。
──バタン
「!」
すると、突然書斎の外から、扉がしまる音が聞こえた。
侑斗は、書斎の扉を開け、外の廊下を確認する。すると、どうやら風呂から上がったのだろう。長い髪を下ろした飛鳥が、脱衣所から出てきたところだった。
部屋着姿の飛鳥は、腰まで伸びた髪をタオルで乾かしながら、暗い廊下を一人自分の部屋に向かい、歩いていく。
「飛鳥、飛鳥!」
「?」
すると侑斗は書斎から出ると、飛鳥をコソコソと小声ど呼び止める。
「どうしたの? 蓮華は?」
「もう寝た。今日はお前の取り巻きから逃げ帰ってきて、さすがに疲れたんだろうな」
「そぅ……じゃぁ、俺も部屋戻って──」
寝るね?──と、父におやすみを伝えようとした瞬間、侑斗は飛鳥の腕を掴み、おもむろにリビングへと引っ張り始めた。
「いやいや、飛鳥はこっち」
「え? ちょっと、なんなの?」
「まーいいから、いいから! こっちきて、ちょっと、お父さんに付き合いなさい♪」
ニコニコと笑いながら、侑斗は薄暗い廊下を進み、飛鳥をリビングへと連れていく。
リビングの戸を開け、ローテーブル前のソファーに飛鳥に座るよう指示すると、侑斗はその後、キッチンに向かった。
冷蔵庫を開け、なにやらゴソゴソと探し物を始める侑斗。飛鳥が髪を乾かすのも忘れて、首をかしげながらそれを見つめていると、侑斗はにこやかに笑いながら、手に抱えたものを、飛鳥の目の前に差し出してきた。
「え?」
「なに驚いてんの? お前、 もう二十歳になったんだよ?」
トンと、ローテーブルの上に置かれたそれを見て、飛鳥は眉を顰めた。
父が持ち出してきたものは、冷えたビールとグラス。
「いらない」
「はぁ!? いらないじゃないだろ!? お前ねぇ、これからはもう『未成年なんで~』は通用しないの! まだ大学生だからわからないだろうけどさ! 社会人になったら、嫌でも笑って酒のなきゃいけないときが山のように出てくんのよ! いいから飲め! とりあえず飲め!!」
「まさに、今それを強要されてるんだけど?」
いらないという息子に、酒を強引にすすめる父。こういう所は、時々すごく厄介だ。
「明日、大学あるし」
「午後からだろ?」
「そうだけど」
「まーまー、そう言わずにさ。お父さん夢だったんだよね。いつかこうやって、息子と晩酌するの♪」
「……」
だが、そういって嬉しそうに笑う父を見ると、これ以上の否定の言葉ができなくなるのも確かで
「はぁ……それ言うの反則じゃない?」
「あはは、はい。どーぞ!」
侑斗は、その後飛鳥の隣に腰掛けると、ビール缶を慣れた手つきであけ、グラスに注ぎ、飛鳥の前に差し出した。
そして──
「ごめんな、飛鳥──お前には、たくさん苦労かけたよな」
「……」
──ごめんな、飛鳥
突然、飛び出したその言葉に、幼い頃の台詞が重なり、飛鳥の瞳に小さな影を落とした。
あの時から比べると、父は大きく変わった。
なのに、今でもその言葉で、あの頃を思い出してしまうのは、余程、自分の中で、その頃の出来事が尾を引いているのだろう…
「……っ」
飛鳥は、その後父から視線を反らし、目の前のグラスを見つめると、ただ呆然と、その言葉に耳を傾ける。
「……飛鳥には、本当に感謝してるんだ。あの日、華と蓮を手放そうとしてた俺を止めてくれたのは……お前だけだったから」
「……」
発せられた言葉のせいか、リビングの空気が重くなった気がした。
「もし、飛鳥がいなかったら、子供たちと、みんなで誕生日なんて祝うなんてこともできなかっただろうし、飛鳥とこうして酒を飲むこともなかった……それを思うと、あの時飛鳥をアイツの──」
「っ……父さん!」
不意に飛鳥が声を発した。侑斗はその声にゆっくりと視線をあげる。
「……っ」
父の言葉をきいて、幼かったあの日の自分が脳裏に過ぎった。
扉を叩く音に、頬を撫でる冷たい手の感触。
そして、真っ暗な暗闇の中に、一人置いていかれたような気がして
ひどく泣いた、あの日のこと──
「……父さんはまだ……あの時の事、気にしてるの?」
「……」
言葉を噤んだ父のその顔が、それを肯定していた。気にするなと言っても無理なのかもしれない。
あの時、息子の手を振りほどいたことを、あの日、華と蓮を手放そうとしたことを、父はいまだに、悔やんでいるのだから──
「……」
「……」
その後、二人は黙ると、リビングには沈黙が響いた。
ビールに口をつけることなく、視線を合わすことなく、ただただ座ったまま、その沈黙が過ぎ去るのを待つ。
すると、それから暫くして、飛鳥が唇を震わせながら、またポツリと呟いた。
「…父さんて……バカだよね?」
「え?」
その言葉に、侑斗は目を丸くする。
飛鳥は、下げていた視線をあげ、また侑斗を見つめる。
あの時、手を振りほどかれて『ごめんな、飛鳥』といって、出ていった父の言葉に自分は絶望した。
でも、それでもこの人は
「……俺だって、父さんには感謝してるんだよ? だって父さんは──あの時、ちゃんと俺の手を、握り返してくれたしょ?」
話を聞いて、ちゃんと──答えてくれた。
手を握り返してくれた。それが、どんなに、大変なことだったか、当時の自分にはわからなかったけど
あの時、救ってくれことは、今でも忘れない。
「俺が、今ここにいるのは、父さんと、あの人のおかげだよ……」
飛鳥は父にむけて、微笑むとテーブルに置かれたグラスを手に取る。冷えたグラスは触れるととても冷たかった。
「だから、謝らなくていいし、たまに帰ってきたときには、仕方ないから、付き合うよ……コレも」
そう言って、グラスを傾けると、それは父のグラスに触れて、カランと気持ちのよい音をたてた。
父は、あの時からすると、大きく変わった。それは、誰のためでもない、自分たち「家族」のために──
「父さん……今まで育ててくれて…本当にありがとう──…」
「……飛鳥」
飛鳥が微笑むと、侑斗はぎゅっと奥歯を噛みしめた。
きっと、過去の傷や過ちは、そう簡単に消すことはできないのだろう…
でも、失った哀しみを痛いくらいに知っている自分たちだからこそ、今ある、この「幸せ」に、とてつもなく尊さを感じる。
普通なら、あって当然の日常なのかもしれない。
でも、きっとこの場所は、あの日、自分が、熱望した場所だから──…
「あぁ……ありがとう、飛鳥…っ」
二人見つめ合って、小さく笑い合う。
今はただ、目の前の「幸せ」に、あの時、救ってくれた
父に、息子に、感謝をして──…
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