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第23話『……神はおそらく私を許すまい』(大司教視点)
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(大司教視点)
聖女様という名が持つ意味を正しく理解している人間が、この世界にはどれだけ居るだろうか。
いや、おそらくは殆どの人間が理解出来ていないのだろう。
ただ病が癒せると、ただ怪我を治せると。
それだけだと思っているはずだ。
考えようともしない。
何故光の聖女アメリア様だけが、己の体を癒す事が出来たのか。
それ以降の聖女であるオリヴィア様やイザベラ様が、そして当代の聖女であるセシル様やエリカ様が己の体を癒す事が出来ないのか。
その理由を調べようともしない。
今そこに居るから、便利だから。その程度の思考でしか考える事が出来ないのだ。
なんと愚かなのだろうか。
「……大司教」
「はい。トゥーゼ様」
「まだセシルは帰らないのか?」
「はい。ヴェルクモント王国での用事がまだ終わっていないのだと思われます」
「エリカとかいう名前の聖女か。どうしてセシルは私が居るのに、他の奴に執着するのだ。子は母親に懐くものだろう?」
「それは、そうなのですが……セシル様はエリカ様に何か特別なものを感じている様です」
「特別、か……アメリアも妹が特別だとか言っていたな。それと同じという事か?」
「おそらくは」
「そうか……ならいずれエリカとかいう小娘を殺さなくてはいけないかもしれないな」
「トゥーゼ様! それは!」
「なんだ? 何を驚いている。必要無いだろう? セシルには私とアメリア以外の者は」
「い、いえ。エリカ様も疫病を鎮めたり、ドラゴンを封印するなど歴代の聖女様にも劣らぬ活躍をされておりますので、お命を奪う事は」
「あぁ、そういう事か。なら安心して良い。そのエリカという小娘も聖女として、光の精霊を受け入れる器を持っているのだろう? なら、アメリアの新しい体にピッタリじゃないか」
「……トゥーゼ様? それは」
「あぁ、アメリア。もう少しで会えるよ。アメリアによく似た子も見つけたんだ。二人の子供として大事にしようじゃないか。アメリア」
もはや私など見てはおらず、天を仰ぎながら今は亡きアメリア様にお言葉を向けるトゥーゼ様から、私は視線を外し床を見た。
そして、少しの間そこで待機していたが、トゥーゼ様はそれ以降私に言葉を向ける事はなく、私は一礼してから部屋を出てゆくのだった。
アメリア様の新しい体とトゥーゼ様は仰った。
それは恐らく彼女だけが扱えるというエルフの魔術を使って、何かをするのだろう。
そしてトゥーゼ様の悲願である、アメリア様の復活を成し遂げるおつもりなのだ。
「……神はおそらく私を許すまい」
ただ純粋に聖女様を慕う頃に戻れたならと思わない日はない。
だがこの聖国に居て、聖女様の真実に触れて、トゥーゼ様と話をして、それでもなお純粋で居られる人間などいない。
歴史に名を遺す聖女様方の想いの上に我らが立っているのだと思い知れば、正気では居られなくなる。
何故、聖女様方はアメリア様とは違い、己を癒す事が出来ないのか。
それは、聖女様方が皆、アメリア様が遺された力を、光の精霊の力を借りているからだ。
そして、光の精霊の力を借りながら、己の命を削り、癒しの力を使っているからだ。
元来人は自らの体を癒す方法を持っている。しかしそれでも足りぬ病や怪我を聖女様方は自分の癒す力……生命力ともいえる物を分け与える事で他者を癒しているのだ。
自分で自分にその力を向けた所で、自分が持つ力は変わらないのだから、癒せる筈がない。
アメリア様だけが特別であったのは、おそらくアメリア様が世界から力を受け取っていたのではないかというのは、トゥーゼ様の言葉だが、私もその様に思う。
そしておそらくはセシル様も似たような事はされている様に思う。あの方は力を使い過ぎた時、中庭で木々や小動物によく囲まれておられるし、安らいでいる様にも見えた。
そう考えると、完全な的外れという訳でも無いのだろう。
しかし、だ。
そんなセシル様でも、力を使い過ぎれば倒れる事もある。
あの御方は苦しんでいる人間を見捨てる事が出来ない。例えその結果自分が倒れたとしても……歴代の聖女様方の様に早逝されるとしても、だ。
今はまだ、元気な姿を見せて下さる。
しかし、それがいつまでも続くという保証は無いのだ。
「大司教」
「……君か」
「トゥーゼ様は」
「変わらぬ。何もな。まるで時が止まっているかの様に感じるよ」
「では」
「あぁ、セシル様を早く戻すようにと仰られた」
「相変わらず、自分の事しか考えていない御方ですな」
「そうだな。ところで、セシル様はどの様な様子なのだ」
「先日も聖女エリカ様やアリス嬢と茶会で楽し気に話をしておられましたな。良き時間を過ごされているかと」
「うむ。そうか。どうせ君の事だから間者に映像記録を残させているのだろう? 後で私にも回してくれ」
「承知いたしました……が、安くはありませんよ」
「抜け目のない男だな君は。仕方ない。秘蔵の一枚を君に後で送ろう。中庭でうたた寝をしているセシル様だ。陽の光が絶妙でな。まさに天使の休日という題名が相応しい名作だぞ」
「それは素晴らしい。楽しみにしておきましょう。映像は後で送らせていただきます」
「あぁ、頼む」
「……あの映像について、私は既に三十周ほどしましたが、セシル様の笑顔は何物にも代えがたい物だと感じております」
「それは私も同じだ。セシル様が一日でも長く生きて、幸せを感じながら日々を送っていただきたいと想っているよ。決して愚か者共の欲望を満たす為の道具になどさせてはいかん」
「承知しております」
「あぁ、そう言えばセシル様が新しい組織を作ろうと計画されていたな。先に手回しをしておいてくれ」
「……その計画はセシル様曰く内緒の計画だそうですが」
「らしいな。だから私も計画の事は知らないよ。だが、偶然同じような事を考えてしまう事はあるだろう? そうは思わないか?」
「いえ。大司教の仰る通りですね。では障害になりそうな物は排除しておきましょう。後はセシル様の協力者として有力な者を教会内から見繕っておきます」
「よろしく頼む。あぁ、選定条件だが」
「能力もそうだが、セシル様への忠誠心が高い者から選べ。ですね?」
「よく分かっているじゃないか」
「当然です。私も同じ考えですから」
「そうか。良く出来た友人が居て私も助かるよ。何かあったら私の名を使うと良い。金も金庫に入っている物は自由に使ってくれ。セシル様の為に使うのだと言えば、自然と金庫の中身も増える。無くなる事は無いだろう」
「承知いたしました」
「すまんな」
「いえ。私などは容易い事ですから。トゥーゼ様についてはお願いいたします」
「あぁ。任せてくれ。とは言い難いが、何とか説得してみせよう。エリカ様も聖女様の一人、幸せになる権利があるのだ。どれほどの力があろうと、長寿であろうと、踏みにじらせはしない」
「どうかご無事で」
私は大教会の人気がない道の真ん中で司教の一人と話をしてから、自室に戻りトゥーゼ様を止める為の魔導具の調整をするべく技術者を呼ぶのだった。
そして、とりあえず出来上がった新作の一つを聖女様の護衛騎士ニネットに送る。
もし、己の力で勝てぬ者が現れた場合に使えというメッセージを添えて。
「……しかし、問題ありませんかな? 騎士ニネットで」
「問題は無いだろう。どの道、騎士ニネットは忠誠心が強い。この様な魔導具が無くとも向かってゆくよ」
「確かに」
「だが、この魔導具があれば、騎士ニネットが傷を負うとしても軽傷で済む可能性が高い。軽傷ならばセシル様への負担も少なくなるだろう?」
「浅慮でありました。申し訳ございません」
「いや、私も万能ではない。何かあれば聞いてくれ」
「はい」
「それにしても、彼女は強いな」
「えぇ、まったく」
「あれほど言われれば騎士を諦めようと思うのが普通では無いか? リリアーヌ君もそうだが、彼女たちは聖女様の魔術が命を削っているという事は知らないのだろう?」
「えぇ」
「いや、知っていれば危険な場所へは付いて行かぬか。高すぎる忠義というのも困り者だな」
「まったくです。騎士ニネットには是非セシル様の騎士ではなくお付きのメイド辺りになって、セシル様のお心を癒す仕事に就いて貰いたいものですな」
「まったくだ」
不意に思い出してしまった問題に頭を抱えながらも、セシル様の笑顔を護るために今日も私は大教会の管理を行うのだった。
聖女様という名が持つ意味を正しく理解している人間が、この世界にはどれだけ居るだろうか。
いや、おそらくは殆どの人間が理解出来ていないのだろう。
ただ病が癒せると、ただ怪我を治せると。
それだけだと思っているはずだ。
考えようともしない。
何故光の聖女アメリア様だけが、己の体を癒す事が出来たのか。
それ以降の聖女であるオリヴィア様やイザベラ様が、そして当代の聖女であるセシル様やエリカ様が己の体を癒す事が出来ないのか。
その理由を調べようともしない。
今そこに居るから、便利だから。その程度の思考でしか考える事が出来ないのだ。
なんと愚かなのだろうか。
「……大司教」
「はい。トゥーゼ様」
「まだセシルは帰らないのか?」
「はい。ヴェルクモント王国での用事がまだ終わっていないのだと思われます」
「エリカとかいう名前の聖女か。どうしてセシルは私が居るのに、他の奴に執着するのだ。子は母親に懐くものだろう?」
「それは、そうなのですが……セシル様はエリカ様に何か特別なものを感じている様です」
「特別、か……アメリアも妹が特別だとか言っていたな。それと同じという事か?」
「おそらくは」
「そうか……ならいずれエリカとかいう小娘を殺さなくてはいけないかもしれないな」
「トゥーゼ様! それは!」
「なんだ? 何を驚いている。必要無いだろう? セシルには私とアメリア以外の者は」
「い、いえ。エリカ様も疫病を鎮めたり、ドラゴンを封印するなど歴代の聖女様にも劣らぬ活躍をされておりますので、お命を奪う事は」
「あぁ、そういう事か。なら安心して良い。そのエリカという小娘も聖女として、光の精霊を受け入れる器を持っているのだろう? なら、アメリアの新しい体にピッタリじゃないか」
「……トゥーゼ様? それは」
「あぁ、アメリア。もう少しで会えるよ。アメリアによく似た子も見つけたんだ。二人の子供として大事にしようじゃないか。アメリア」
もはや私など見てはおらず、天を仰ぎながら今は亡きアメリア様にお言葉を向けるトゥーゼ様から、私は視線を外し床を見た。
そして、少しの間そこで待機していたが、トゥーゼ様はそれ以降私に言葉を向ける事はなく、私は一礼してから部屋を出てゆくのだった。
アメリア様の新しい体とトゥーゼ様は仰った。
それは恐らく彼女だけが扱えるというエルフの魔術を使って、何かをするのだろう。
そしてトゥーゼ様の悲願である、アメリア様の復活を成し遂げるおつもりなのだ。
「……神はおそらく私を許すまい」
ただ純粋に聖女様を慕う頃に戻れたならと思わない日はない。
だがこの聖国に居て、聖女様の真実に触れて、トゥーゼ様と話をして、それでもなお純粋で居られる人間などいない。
歴史に名を遺す聖女様方の想いの上に我らが立っているのだと思い知れば、正気では居られなくなる。
何故、聖女様方はアメリア様とは違い、己を癒す事が出来ないのか。
それは、聖女様方が皆、アメリア様が遺された力を、光の精霊の力を借りているからだ。
そして、光の精霊の力を借りながら、己の命を削り、癒しの力を使っているからだ。
元来人は自らの体を癒す方法を持っている。しかしそれでも足りぬ病や怪我を聖女様方は自分の癒す力……生命力ともいえる物を分け与える事で他者を癒しているのだ。
自分で自分にその力を向けた所で、自分が持つ力は変わらないのだから、癒せる筈がない。
アメリア様だけが特別であったのは、おそらくアメリア様が世界から力を受け取っていたのではないかというのは、トゥーゼ様の言葉だが、私もその様に思う。
そしておそらくはセシル様も似たような事はされている様に思う。あの方は力を使い過ぎた時、中庭で木々や小動物によく囲まれておられるし、安らいでいる様にも見えた。
そう考えると、完全な的外れという訳でも無いのだろう。
しかし、だ。
そんなセシル様でも、力を使い過ぎれば倒れる事もある。
あの御方は苦しんでいる人間を見捨てる事が出来ない。例えその結果自分が倒れたとしても……歴代の聖女様方の様に早逝されるとしても、だ。
今はまだ、元気な姿を見せて下さる。
しかし、それがいつまでも続くという保証は無いのだ。
「大司教」
「……君か」
「トゥーゼ様は」
「変わらぬ。何もな。まるで時が止まっているかの様に感じるよ」
「では」
「あぁ、セシル様を早く戻すようにと仰られた」
「相変わらず、自分の事しか考えていない御方ですな」
「そうだな。ところで、セシル様はどの様な様子なのだ」
「先日も聖女エリカ様やアリス嬢と茶会で楽し気に話をしておられましたな。良き時間を過ごされているかと」
「うむ。そうか。どうせ君の事だから間者に映像記録を残させているのだろう? 後で私にも回してくれ」
「承知いたしました……が、安くはありませんよ」
「抜け目のない男だな君は。仕方ない。秘蔵の一枚を君に後で送ろう。中庭でうたた寝をしているセシル様だ。陽の光が絶妙でな。まさに天使の休日という題名が相応しい名作だぞ」
「それは素晴らしい。楽しみにしておきましょう。映像は後で送らせていただきます」
「あぁ、頼む」
「……あの映像について、私は既に三十周ほどしましたが、セシル様の笑顔は何物にも代えがたい物だと感じております」
「それは私も同じだ。セシル様が一日でも長く生きて、幸せを感じながら日々を送っていただきたいと想っているよ。決して愚か者共の欲望を満たす為の道具になどさせてはいかん」
「承知しております」
「あぁ、そう言えばセシル様が新しい組織を作ろうと計画されていたな。先に手回しをしておいてくれ」
「……その計画はセシル様曰く内緒の計画だそうですが」
「らしいな。だから私も計画の事は知らないよ。だが、偶然同じような事を考えてしまう事はあるだろう? そうは思わないか?」
「いえ。大司教の仰る通りですね。では障害になりそうな物は排除しておきましょう。後はセシル様の協力者として有力な者を教会内から見繕っておきます」
「よろしく頼む。あぁ、選定条件だが」
「能力もそうだが、セシル様への忠誠心が高い者から選べ。ですね?」
「よく分かっているじゃないか」
「当然です。私も同じ考えですから」
「そうか。良く出来た友人が居て私も助かるよ。何かあったら私の名を使うと良い。金も金庫に入っている物は自由に使ってくれ。セシル様の為に使うのだと言えば、自然と金庫の中身も増える。無くなる事は無いだろう」
「承知いたしました」
「すまんな」
「いえ。私などは容易い事ですから。トゥーゼ様についてはお願いいたします」
「あぁ。任せてくれ。とは言い難いが、何とか説得してみせよう。エリカ様も聖女様の一人、幸せになる権利があるのだ。どれほどの力があろうと、長寿であろうと、踏みにじらせはしない」
「どうかご無事で」
私は大教会の人気がない道の真ん中で司教の一人と話をしてから、自室に戻りトゥーゼ様を止める為の魔導具の調整をするべく技術者を呼ぶのだった。
そして、とりあえず出来上がった新作の一つを聖女様の護衛騎士ニネットに送る。
もし、己の力で勝てぬ者が現れた場合に使えというメッセージを添えて。
「……しかし、問題ありませんかな? 騎士ニネットで」
「問題は無いだろう。どの道、騎士ニネットは忠誠心が強い。この様な魔導具が無くとも向かってゆくよ」
「確かに」
「だが、この魔導具があれば、騎士ニネットが傷を負うとしても軽傷で済む可能性が高い。軽傷ならばセシル様への負担も少なくなるだろう?」
「浅慮でありました。申し訳ございません」
「いや、私も万能ではない。何かあれば聞いてくれ」
「はい」
「それにしても、彼女は強いな」
「えぇ、まったく」
「あれほど言われれば騎士を諦めようと思うのが普通では無いか? リリアーヌ君もそうだが、彼女たちは聖女様の魔術が命を削っているという事は知らないのだろう?」
「えぇ」
「いや、知っていれば危険な場所へは付いて行かぬか。高すぎる忠義というのも困り者だな」
「まったくです。騎士ニネットには是非セシル様の騎士ではなくお付きのメイド辺りになって、セシル様のお心を癒す仕事に就いて貰いたいものですな」
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