聖女の証

とーふ(代理カナタ)

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第49話『私は、ずっと、誰かと共に同じ世界を見たかったのかもしれません』

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始まりがあれば終わりがある。

それは世界が始まった日から定められた、全ての命に与えられた決まりだ。

私はどこまでも突き抜ける様な青い空を見上げながら、小さく息を吐いた。

あのまま消えるはずだったのに。

魔王様はかなり多くの力を使って私を元の体に戻したようだ。

魔王様らしい。

口は悪いが、いつだって優しいのだ。

でも、この世界を見ろなんて言われてもどうすれば良いのだろうか。

「アメリア!!」

私は遠くから聞こえてくる声に上半身を起こした。

それだけで体は砕けてしまいそうになるほど痛いけれど、それを無視して笑顔を浮かべる。

「あぁ、おはようございます。リアムさん。それにフィンさんと、キャロンさん。カー君も。起きたんですね」

「何があった」

「どうしたんですか。そんなに怖い顔して。リアムさんはもっと笑った方が良いと私は思いますよ」

「何があった!!」

私の言葉を遮るように、リアムさんは大声を上げた。

ビリビリと空気を揺らしながら、言葉を放ったリアムさんは、その言葉と同じ様に強い気持ちを込めながら私を射抜く。

「特にこれといった何かはありませんが、闇はその暴走を止めました。これからは段々と世界も……」

「そんな事を聞いているんじゃない!! 俺は!」

リアムさんがあんまりにも勢いよく私の左肩を掴むものだから、一部が壊れて砂になってしまった。

もう体を維持するのも大変なんだから、あんまり無茶しないで欲しいものだ。

「アメリアちゃん……その、からだ」

「あー。申し訳ございません。私の体ちょっと脆くなっちゃってるんです。だから、リアムさんが悪いワケじゃないんですよ」

「そうじゃないだろ! そうじゃない、だろ。なんで、なんでこんな」

「あぅ。ごめんなさい」

「違う。謝って欲しいわけじゃないんだ。ただ……俺は」

「ね、姉ちゃん。治るんだよな? だって、姉ちゃんは前に自分の怪我も病気も治せるって言ってたもんな! だから」

「ごめんなさい。カー君。残念ながら、これは怪我でも病気でも無いので、治せないんです。しいて言うならもう命の限界がきたって事ですね」

「何それ……ふざけないでよ!! 限界って何よ! そんなの! そんなの、おかしいわよ!!」

カー君もキャロンさんも泣き崩れてしまう。

言葉とは難しいものだ。

もっとこう上手く伝えられたら良いのだけれど。

でも、こうなる事は分かっていたんだし。やっぱりあのまま消えるべきだったんじゃ無いだろうか。

「アメリア。証の力を使え」

「え? リアムさん?」

「聖人の証は、例えどんな状況でも持ち主を生かす力がある。どんな状況でもだ。生きてさえいれば、治るはずだ」

「そ、そうよ! リアムの言う通り、私だって、背中をこーんなに大きな剣で斬られたけどさ! 助かったんだから! 傷一つ無いわ!」

「そうだ。アメリアちゃん! 大丈夫だ! 助かるんだよ!」

「姉ちゃん!」

希望を見つけた様に、喜ぶリアムさん達に、心の奥で澱みが溜まる。

ずっと、ずっと隠していた事を、こんな状況で言わなくてはいけないとは。

心苦しい物だ。

「……実は、ですね」

私は右手に集中して力を集めながら何とかその形を維持する。

そして、すっかり証の消えてしまった右手の甲を見せた。

「私は、聖人じゃ無いんです」

「……は?」

「ずっと隠していたんですが、リリィの証を見て、それを真似して魔術で自分の甲に描いていたんです。ずっと騙していて、ごめんなさい。本当は皆さんの仲間では無いんです」

「騙して、って、え? いや、待ってくれよ。だって、アメリアちゃんはあの力があったじゃないか。癒しの力が、癒しの力は聖人の力だろう!?」

「あれは、『魔法』なんです」

「魔法……? なんだよそれ」

「かつて世界がまだ闇に支配されていた頃に存在した種族です。実は、私、皆さんよりずっと年上だったんですよ?」

にへへと笑って、伝えるが、誰も笑ってくれなかった。

ちょっとばかし寂しい。

「聞いた事がある。かつてここ、古代の森に居たとされる伝説の存在。それが魔法使い……だったな。俺たちが使う魔術は魔法使いたちの魔法を模して作られたとも言われている」

「そう、なんですね。リアムさんは、物知りですねぇ」

「だが、その魔法使いは、人間に滅ぼされた筈だ! 捕らえた魔法使いの姫を永遠のものとする為に、姫の帰る場所を奪う為に、滅ぼしたと! なら何故お前が生きている! 歴史書には、徹底的に最後の一人すら残さず滅ぼしたと書かれていた、ならばお前は! ……いや、まさか……お前」

「あ、はは。バレちゃいましたか。姫なんて、そんな凄い方では無いんですが、そうですね。私がその、魔法使いの姫になります」

私の言葉に、全員が息を呑んだ。

なんだろう。そんなにビックリする様な話だろうか。

あ。なるほど。

「あはは、そんなに、気にしなくても、姫なんて呼ばれてても、それは魔王様の言葉を伝えるだけの役割で」

「お前は……お前は! ずっと俺たち人間に傷つけられてきたんだろう!? なのに」

「リアムさん。私はリアムさんに傷つけられた事なんてありませんよ」

「っ!」

「勿論フィンさんにも、カー君にも、キャロンさんにも。誰にも、傷つけられた事なんて、ありません。皆さん、こんな私にも優しくて、今日までの時間は、とても、とても……楽しいものでした。いつ終わっても、後悔がない程に。だから、私はこのまま消えても」

「アメリア!」

私の言葉を遮りながら、キャロンさんは私の何も描かれていない右手を取った。

そして、涙を浮かべながら笑う。

「何か、したい事はない?」

「……したい、こと」

私は目を閉じながら、自分の中に問いかける。

何か心残りは無いかと。

『例えどの様な生まれでも良い。君が人として生まれていたのであれば、同じ時間を共有出来た。同じ様に喜び、怒り、哀しみ、楽しんだのであろう。それが私は悔しく思うよ』

あぁ……そうか。

こういう事か。

貴方の言っていた言葉の意味が、今になってようやく理解出来た。

「私は、ずっと、誰かと共に同じ世界を見たかったのかもしれません」

「……」

「同じ時間を生きているという実感が、欲しかったのかもしれません」

「そう……分かったわ」

キャロンさんはそう呟くと、自分の人差し指を水の魔術で傷つけて血を流す。

「アメリア。知ってる? 私たち人間はね。この世界で命を落とした後、幸せしかない世界にいくそうよ。そこには、綺麗なお花畑とか、美味しい食べ物とか、大切な人達が居て、永遠に幸せな時間を過ごすらしいの」

「……キャロンさん?」

「だから、アメリア。悪いんだけど。先に向こうへ逝ったら、美味しいお酒とご飯を調べておいて欲しいのよ。ほら、私、食べるのが好きでしょう?」

「それは、構いませんが」

「ありがとう。アメリア。じゃあ、迷子にならない様に。ここに印を残しておくわね。また私たちが出会う為の印を」

そして、私の手の甲を指でなぞり、小さな線を残した。

「キャロンさん? なにを」

私は手の甲に残された血の線を見ながら首を傾げる。

しかし、そんな私の疑問など気にせず、カー君がキャロンさんに代わって私の前に座ると、風の魔術でキャロンさんと同じ様に

親指の腹を切った。

「姉ちゃん。俺も、悪いんだけど。一つお願いしても良いかな」

「え、えぇ。それは構いませんが」

「じゃあ、さ。きっと向こうの世界には俺の父ちゃんと母ちゃんが居るんだ。だからさ。向こうに逝ったら、父ちゃんと母ちゃんに、俺は元気にやってるよって伝えて欲しい。それで! それで、俺が逝った時には、よくやった。って、一緒に向かえて欲しいんだ」

「……カー君。泣かないでください」

私はカー君の涙を拭うべく右手を動かそうとした。

しかし、カー君は私の手を強く握りしめたまま私をジッと見据える。

「っ! だから! これは、父ちゃんと母ちゃんが俺の姉ちゃんだって、分かる様にする為の印だ! これがあれば、きっと迷わない。家族だって分かるから」

カー君はキャロンさんが描いた線を更に伸ばす様な形で反対方向に線を引いた。

なんだ……?

なんだろう。

分からぬまま、ジッと自分の右手を見ていると、次にやってきたのはフィンさんだった。

「……」

しかし、フィンさんは私の右手を握ったまま動かない。

「あの、フィンさん?」

「君は、本当にどうしようもない子だ。いつだって言う事を聞かなくて、駄目だって言ってるのに、止まらなくて。そして最後にはこんな寂しい所で消えようとしている」

「……フィンさん」

「でも、キャロンの話を聞いて、希望が出来たな! 向こうの世界には幸せしか無いんだろう? なら、なら! 君は俺が幸せになる為に、美しい女性になる筈だ。成長し、大人になって、愛を知って、笑うはずだ。そんな君を見て、俺もきっと幸せになる。だから、アメリアちゃん。俺が逝くまで、待っていてくれ。必ず君を、今度こそ幸せにしてみせるから。だから、向こうでまた会おう」

フィンさんはそう言いながらキャロンさんとカー君が描いた線の上に短い線を作った。

そして、ここまで来たら何となく想像は出来るのだが、かなり不機嫌そうなリアムさんが私の手を握る。

しかも、凄い力で。

「リ、リアムさん? 痛いのですが」

「アメリア」

「ひゃい」

「お前は、本当に何も変わらなかったな。何を言っても聞きやしねぇ。あっちへこっちへ走り回って、勝手な奴だった。だから、お前はこれからも変わらないんだろう。世の中には死んで反省しろ。なんて言葉もあるが、お前は例え死んでも変わらないんだろうなと思う。だから、だからだ!」

「……」

「お前はお前の思う様に進め。先に行け。だが、忘れるな。お前の後ろには俺が居る。フィンもカーネリアンもキャロンも、お前の妹だって居る。お前の様に早くは歩けないが、それでもお前の後ろを付いて行く奴は居るんだ」

「リアムさん」

「だから、お前は気にせず進め。お前らしく。その後ろに俺たちは付いて行く。だから、な。お前はいつも通り、お前の早さで歩けば良い」

「……はい」

「まぁ、どうせ俺らもロクな人間じゃない。そんなにしないでお前が次に行く場所にも行くからよ。だから、俺の為にも、向こうの世界を住み心地の良い場所にしておいてくれ。聖人……いや、聖女アメリア」

リアムさんは最後にフィンさんの描いた線から下に線を伸ばした。

指先の方へと。

長い長い線を描いた。

その線の先がリアムさんや、フィンさん、カー君、キャロンさんに繋がっているのだと教える様に。

「聖女アメリア。これはお前が、誰よりも世界を想い、世界の為に生きて、俺たち聖人を導いた証。聖女の証だ。確かにお前は聖人じゃなかったかもしれない。俺たちと同じ使命を持っていなかったかもしれない。だが、それでもお前は俺たちと同じ時間を共有した、同じ願いを胸に抱いた仲間だ。忘れるな。この証がある限り、俺たちはまた同じ場所で会える。今度は世界を救うなんて面倒な旅じゃなく、幸せしかないという世界を巡る旅をしよう。アメリア」

リアムさんはそう言って、自分の証を掲げた。

そしてフィンさんも、カー君も、キャロンさんも同じ様に証を見せて笑う。



あぁ。

ようやく私にも分かった。

みんなの優しさが。想いが。

「向こうに逝っても、忘れるなよ。アメリア。俺たちは同じ場所を目指し」

「同じ景色を見て」

「同じご飯を食べて」

「同じ場所で過ごしてきた仲間。そうでしょ?」

「……はい! 私は、皆さんと出会えて、本当に、良かったです」

返事は涙が混じって上手く声にならなかった。

最期にとても良い物を貰えた。

この人達の為に生きていて良かったと思う。

今日まで、歩んできて良かったと思う。

私は熱くなる胸を、右手に刻まれた絆を抱きしめて、最期に精一杯の笑顔で笑いかけるのだった。
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