聖女の証

とーふ(代理カナタ)

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第50話『未だ夜は終わらず、世界は暗闇に包まれたままだった。』

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リアムという名の男が居た。

フィンという名の男が居た。

カーネリアンという名の少年が居た。

キャロンという名の女が居た。

そして、アメリアという少女が居た。



人間も獣人も魔族も。

知恵のある生物は誰も近づかぬ世界の果てに四人の男女と彼らに見守られながら静かに目を閉じて、永遠の旅に出た少女が居た。

この世界に小さな希望を残して。

親しきものに大きな絶望を刻みつけて。

彼女は新しい世界へと旅立った。

だから、それを理解している彼らも旅立たねばならない。

だというのに、誰も立ち上がろうとはせず、静かに眠るアメリアを見つめ続けているのだった。



しかし、そんな時間をどれほど過ごしたか定かでは無いが、一人の男が静かに立ち上がった。

そして少女を崩れぬ様に優しく抱きかかえると、歩き出そうとする。

「おい。リアム。何してんだよ!」

「どの道、ここに放置は出来んだろう。コイツを家に連れてゆく」

「はぁ!?」

「何を驚いている。コイツだって、家族には会いたいだろう」

「それは、そうかもしれないが! そうかもしれないけどよ!」

そしてリアムは普段の粗雑さなど一切感じない動きで、アメリアを抱えたまま歩き始めた。



世界の果てからアメリアの家までは遠い。

遠いが、リアムは何ら急ぐ様子も見せず、ただひたすらにアメリアの体がこれ以上傷つかぬ様にと慎重に歩いた。

そして、その旅には静かにフィンやキャロン、カーネリアンも付いて来ている。

「お前たちはこれからどうするつもりだ。このままアメリアの家まで付いてくるつもりか?」

「……そのつもりだが」

「止めておけ。ロクな事にはならん。もう使命は終わったんだ。お前らはお前らの人生を歩めば良いだろう」

「リアムは、どうするんだよ」

「知らん」

「はぁ? 知らんってお前」

「どの道、やりたい事もない。まずはコイツを送ってから、コイツの妹にでも聞くさ」

「……お前、死ぬつもりか」

「それも良いかもな」

リアムは何てこともない様に言葉を返し、その言葉にフィンたちはそれ以上何も言えず、黙ってしまった。

そして、リアムは言葉を続ける。

「俺たちの旅は、俺一人でも出来たんだよ。たった一人、本気でこの世界を救おうと思えば、出来た。何せ聖人ですら無い奴がたった一人で成し遂げちまったんだからな」

「……」

「なのに、俺はアメリアの家に行って、まだガキのコイツを連れ出して、挙句の果てに、この有様だ。何が俺たちよりも年上だ。お前みたいな奴はガキと変わらないんだよ……アメリア」

リアムは不意に歩くのを止めると、僅かにアメリアを抱き寄せて、声を震えさせた。

そして、今まで見せていた様な威圧的なものではなく、苦しそうな瞳で空を見上げると、呟いた。

「俺には責任がある。それだけだ」

リアムはそれだけ呟くと再び歩き始めた。



もはや互いに交わす言葉もなく進み続けた一行だったが、その旅の途中でキャロンは不意に立ち止まった。

「ん? おい。キャロン。どうした。おい! リアム。待てよ」

「……なんだ」

振り向きもせず、リアムは短くキャロンに問う。

「悪いけど。私が付いて行くのはここまでだわ」

「はぁ!?」

「ま。会いたくなったら前の酒場に来てよ。多分あそこに居るからさ」

「そうか。じゃあな」

「ん。じゃあね」

「いや、それで良いのか!? キャロン! リアム!」

「フィン。俺たちは仲良しこよしの旅をしてたんじゃない。ただ、聖人として使命の為に旅をしていただけだ。他人の決定に口を出すな」

「っ!」

キャロンはリアムの言葉に小さく笑うと、その背中を叩いて違う道へと歩き始めた。

そして、それを不安そうに見つめるフィンにもカーネリアンにも振り返る事はなく、そのままキャロンは何処かへ消えてゆくのだった。

やがてリアム達は再びアメリアの家に向かって歩き始める。



リアム達と離れたキャロンは何てこともない。普通の足取りで歩いていたが、やがて辺りが暗くなった事で野宿できそうな所を見つけ、そこに座り込んだ。

そして、アメリアに言って作って貰った保存食をバッグから取り出し、食べる。

一口、二口と食べる度に、涙は溢れてくるが、それでもキャロンは食べ続けた。

「……美味しいよ。アメリア。本当に、美味しい」

鼻水をすすり、止まらない涙を袖で拭い、キャロンは別の食べ物も食べる。

アメリア。と名前を繰り返しながら。



キャロンと別れた後も、リアム達は進み、やがてカーネリアンと最初に出会った森へとたどり着いた。

そこでリアムは足を止めながら、カーネリアンに視線と言葉を向けた。

「お前はここだろ」

「……俺は、まだ!」

「良いから消えろ。ガキはまだ先が長いんだ。さっさと追いついたらアメリアも嫌だろ」

「っ!」

「安心しろ。お前が十分に満足した人生を終えるまで、アメリアは引き留めておいてやる。全部終わったら、色々話を聞かせてやれ。アメリアはお前の話を聞くのが、好きだったろ」

「あぁ、あぁ! 分かったよ。兄ちゃんたちも、気を付けてな」

「分かってるさ。どこかの世界で会おうぜ。カーネリアン」

そしてリアム達はカーネリアンと別れ、更に先を進んでゆく。



リアムと別れたカーネリアンは、家に一人入り呟いた。

「ただいま」

それから、一人で誰に聞かせるでもなく言葉を続ける。

「あー。まったく。結構長い間離れてたから汚れてるなー。片付けないと」

一人言葉を呟きながら、かつてアメリアがやっていた様に端から順番に綺麗にしてゆく。

アメリアの様にはいかないが、それでもカーネリアンにとっては必要な作業だった。

「あ、これ。姉ちゃんの……そっか。忘れて行ったんだな」

カーネリアンが見つけたそれは、小さなハンカチであった。

カーネリアンの好みとは違う。花柄の、どちらかと言えば可愛らしいハンカチ。

「……姉ちゃん。ごめん。やっぱり、今日は掃除、出来ないや」

カーネリアンはそのハンカチを持ったまま家の外へ出て、すぐ近くで寝る準備をした。

家にはまだ、アメリアの気配が残っている。

それに触れる勇気が、カーネリアンにはまだ無いのだ。



それから少しして、リアムはフィンと出会った町にたどり着いた。

もはや言葉はない。

リアムは静かに足を止めるだけだ。

「お前、一人で良いのか?」

「あぁ」

「そうか」

「じゃあな。フィン」

「あぁ。またな。リアム」

二人は、それ以上何も言う事はなくそれぞれの道を歩き始めた。



一人町へ入ったフィンは、そのまま酒場へと向かい、フィンの帰還に驚く店主に「酒」と短く伝えると、出てきた酒を一気に飲み干した。

店主もフィンの奇妙さに、それ以上話しかける事も出来ず、ただ放置する事しか出来なかった。

そして、フィンが帰ってきたという知らせを受けて、多くの人が酒場に詰めかけるが、フィンは何も言葉を発する事無く、ただ酒を飲むばかりであった。

しかし、そんなフィンにたった一人話しかける人間がいた。

「おかえり。フィン」

「……リーラ」

「どうしたのさ。しょぼくれた顔して。忘れ物?」

「まぁな」

「今日は随分と勿体ぶるじゃない。今ならどんな長い話でも聞いてあげるわよ。例えば、アメリアちゃんを護れなかった情けない男の話とか」

「っ!? リーラ!?」

「何? 分からないと思った? 心外ね」

フィンは驚愕した顔で、リーラを見る。

しかし、リーラはそんなフィンを鼻で笑うと、続けて言葉をフィンに投げかけた。

「フィン。教えてよ。あの子は最期、どんな顔をしていたの? 貴方を恨んでた?」

「……いや、笑っていたよ。俺たちと出会えて良かったと、笑ってた」

空のグラスを両手で握り締めて、ボロボロと涙を流すフィンに、リーラは一つ小さく息を吐いた。

そして、フィンを抱き寄せて、天井を見上げながら笑う。

「本当に、いい子だったね。フィン」

「あぁ……」

「本当に、本当に良い子だったのに。まったく、嫌になるよ」

リーラはフィンを抱きしめながら目を閉じて、静かに涙を流すのだった。



キャロン、カーネリアン、フィンと別れたリアムは、アメリアと二人きりでひたすらに人里を避けながら歩いていた。

アメリアを無事家まで送り届ける為に。

しかし、そんな願いも、アメリアが住んでいた森の近くになって、儚く壊れてしまうのだった。

「っ! アメリア! 待て、もう少し! もう少しでお前の! 家が……」

何も衝撃は与えていない。

ただ、もう限界であったのだろう。

アメリアの体はリアムが強く掴んだ時の様に崩れ、砂となって消えていった。

「アメリア……!」

そして、その砂も、リアムは触る事が出来ず、すぐに空気に紛れて消えてしまう。

残されたのは、アメリアが旅をしてきた証だけだった。

『リアムさん!』

『一緒に素敵な物を見て楽しむ。それが旅の楽しみでは無いでしょうか?』

『この景色を、私は決して忘れませんよ』

「アメリア」

リアムは消えてしまったアメリアの中から、未だ枯れず咲いているアメリアが最初に身に着けた花を抱き寄せる。

そしてアメリアの名を呼びながら、その場に蹲るのだった。



未だ夜は終わらず、世界は暗闇に包まれたままだった。
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