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章1

札束で殴るイベを無課金で突っ切る鬼のような所業(4)

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 詩絵里の待つ階層へ戻ると、そこには既に勝宏とルイーザが戻ってきていた。

 完全に行き違いだったようだ。
 転移ですぐに戻ることのできる自分が一人で様子を見に行っていて正解だったと思う。

「え、じゃあその落とし穴から落ちればこのダンジョンクリア扱いになるってこと?」
「ああ、そういや詩絵里には踏破通知来てないんだな。今度は皆で降りるか?」

 勝宏とルイーザが階下に落ちてからの話をしている。
 透はゲーム参加者ではないので分からなかったが、あのフロアに下りるだけで踏破報酬が貰えるなら詩絵里も貰っておいた方がいい気がする。

 しかし、今度は皆で、というが、全員で降りても安全に帰還できると分かっているのは透だけである。

「透さんは一度降りてますからね。詩絵里さんの分の帰還魔方陣が出るかもしれないし、降りちゃいます?」
「いや、皆で降りてもし帰還魔方陣出なかったら困るじゃない」

「大丈夫だと思うけどなあ。透さんの時どうでした? あの、転生者がダンジョン踏破した時に出てくる魔方陣」
「あ……えっと……」

 まずい。
 自分の時にそんなものが出てきたはずがない。

 だがここで答えるのがYESでもNOでも、言い訳のしづらい方向に転がりそうである。

「……そんな面倒なことしなくていいわよ」

 詩絵里もその案については即座に却下した。

「でも……うーん、そうね。勝宏くんMP余ってる?」

「うん? 結構あると思うけど。あと2、3戦はスキル使ってボスバトルできそう」
「じゃあちょっと協力してちょうだい」

 言って、詩絵里が魔法を発動させた。

 このあいだも見た、哲司を拘束していた蔓の魔法だ。
 蔓が絡みあい、太いロープ状になって詩絵里の腰と勝宏の腕に巻きつく。

「降りて、踏破通知が確認できたら花を咲かせて合図するから、そのタイミングで引っ張り上げて」

「了解。着地は大丈夫か?」
「平気よ。魔法使い舐めないで」

 にやりと笑う詩絵里に、勝宏とルイーザが尊敬の眼差しを向ける。
 が、透は知っている。
 彼女の「着地」は魔法技術1割、度胸9割の代物であることを。

「が……頑張ってください……」

 詩絵里がサムズアップをして躊躇いなく奈落の底へ飛び込んでいく。
 なんともいえない気持ちで彼女を見送って、勝宏の手元にある蔓の開花を待つ。

「いやあ、でもどうにかなってよかったです!」
「そうだな」

「このダンジョンの次はどこ行きます? 一応、次に選ぶのに効率よさそうなダンジョンっていえばアポセカリの町にある氷のダンジョンですけど」

 落とし穴に落下して以降二人で行動していたからか、勝宏とルイーザは結構気軽に話す関係になっていた。

 もともと魔物を切り伏せながら雑談していたような仲だ。
 親密になるまでも早い。

「どんな町なんだ?」

「おそらくこの世界でもっとも医学が発展しているって言われている町です。なんでも、前世では医療関係のお仕事されてた転生者がその町に住んでるらしいですよ」

「医療……」

 ちろ、と勝宏がこちらに視線を向ける。
 勝宏の考えていることになんとなく見当がついて、そんなこと気にしなくていい――と伝えようとしたところで、合図の花が咲いた。

「あ、きましたね。私手伝います?」
「いやいいよ。詩絵里ひとりくらい引き上げられるし」

 詩絵里は変身スキルを使用する前提で勝宏に協力を頼んだようだが、スキルを使うまでもなく彼なら引き上げられるだろう。

 穴の中から蔦がみるみる回収されていく様子を眺めていると、ルイーザが透の隣にやってくる。

「勝宏さん、すごい心配してましたよ」
「……あ、あの」

 いま、美少女が至近距離で耳打ちしてくるというある意味貴重な経験をさせてもらっているが、人見知りレベルカンストの透には体を強張らせるくらいしかできない。

「透さんのこと大好きなんですねー。ちょっと行き過ぎてる感じもしますけど、仲が良いのはいいことです」

 半分混乱しながら彼女への返答に迷う。

 気さくな声掛けからして、勝宏と同じように、分け隔てなく透とも親しくしてくれるつもりなのだろう。
 せっかく話しかけてくれているのに、話の内容はさっぱり頭に入ってこない。

 詩絵里と会った時の方がまだましだったように思うが、勝宏たちと一緒にいてわずかながら改善されたと思っていたコミュニケーションレベルはひょっとして悪化していたのだろうか。

「ほんとに踏破通知きたわねー!」

 勝宏に引っ張り上げられた詩絵里がほくほく顔でフロアに戻ってくる。
 幸い、ルイーザの興味はすぐにそちらへ向かっていった。

「おかえりなさーい! でも、どうして詩絵里さんだけ降りたんです? 帰還魔方陣の方が早くないです?」

「あー、っとね、透くんの場合ちょっとイレギュラーが多くて、彼に起きたことがそのまま私にも当てはまるとは限らないっていうか」

「うーん……よく分かりませんけど……」

 言い訳が苦しくなってきた。
 視線を泳がせる詩絵里に、勝宏が声を掛ける。

「さっき、ルイーザと次どこ行こうかって話してたんだけどさ」
「あ、そうね。帰り道がてらその辺も決めちゃいましょ」

 ルイーザへの回答は流れたまま、大蛇の素材を回収して、20層目をあとにする。

 魔物のリポップされていないフロアを素通りしながら、ルイーザの勧めていたダンジョンを詩絵里にも説明した。

「日本の医学が正確に伝わってる町って話ならありがたいわね。精神科についてどうだか分からないけど、透くん一回行ってみる? ドラゴンダメなんでしょ?」

 その言葉に、勝宏があっと声を上げた。

「あのさ詩絵里……透のことなんだけど」

 勝宏が詩絵里にぼそぼそと話しているのは、おそらく宝石化の副作用の件だ。
 取れる選択肢としては、イベントが終わるまで秘匿し続けるか、きりのいいところで話してしまうかのどちらか。

 打ち明けるのなら、ひとつめのダンジョン踏破が完了したこのタイミングがいいだろう。

 話を終えたところで、詩絵里がこちらの手を取った。

「暗がりで分からなかったけど……なるほどね」
「す、すみません」

「いや、いいわ。で、治療のあてもあるのよね?」
「はい。でも、確実に治療できると分かっている場所まで、移動するには時間がかかるみたいで」

「かといって透くんだけ転移じゃ、契約のマジックアイテムがいつ作動するか分からないと」

 詩絵里が大きくため息ひとつ。

 次から次へと厄介ごとを運んできてしまって、パーティーのブレーンには非常に申し訳なく思う。

「あの、何か……?」

「いやね、透くんちょっと身体の調子が悪いらしいの。次のダンジョン、医療の町なんでしょ? どうにかならないかなって話をしてたのよ」

「そうなんですね。あ、でもその町の転生者さん、状態異常を完全に治せるって聞きましたよ」

「え!?」

 ルイーザの何気ない一言に、勝宏と詩絵里が同時に彼女を二度見した。
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