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章1
氷の世界の死者蘇生(1)
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ルイーザから聞いた話によると、医療の町――アポセカリに住んでいるという転生者、如月遼は日本では医療関係者だったらしく、日本知識を使って国の医療に貢献し、今の地位を得ているらしい。
彼の話は商人の間では有名で、同じ転生者であることが分かるルイーザには、伝え聞かされた話から彼のここまでの経緯を察することができるほどなのだという。
初めは小さな薬屋の息子として転生。
この世界の医療の心もとなさと回復魔法がないことに愕然として、神童として注目されることにも厭わず前世での知識をフル活用して薬屋の商品を展開させた。
魔法のある世界観なのに回復魔法の存在しないこの世界、病に関しては呪術で治療、怪我といえばポーションだ。
アポセカリの薬屋は薬を売るだけでなく、適切な治療方法までアドバイスしてくれるという話が国中に瞬く間に広がり、各地から傷病人の相談が持ちかけられるようになった。
そして如月遼は、貴族の病を完治させたことがきっかけで莫大な資金を得てわずか12歳で診療所を作り上げる。
「じ、12歳で開業医……」
「知識チートの最頂点って感じしますよねえ」
アポセカリに向かう馬車を乗り継ぎながら、詩絵里とルイーザが件の転生者の話をしている。
「でも、この世界の技術レベルでよく診療所の立ち上げなんてできるわね。外科医なのかなんなのか知らないけど、メス一つ作るのもたいへんじゃない? 抗菌の布とか服とか……」
「メスはよくわかりませんけど、なんでも「不要物を冷気に変える能力」を持っているらしいですよ。ちょっと冷える代わりに指定したもの全部吹き飛んじゃうんだそうです」
「え……それで無菌状態になるってことは、その「指定」ってまさか生き物にも使えるの……?」
「あっ、そういえば! ひええ、怖いですね!」
二人の話を聞きながら、これは安易にアポセカリには行かない方がいいんじゃないかという気もしてきた。
万一戦うことになったらと思うと寒気がしてくる。
詩絵里の即死魔法とほぼ同等の力を有しており、傷病の治療に使えるほど小回りが利くということである。
「透? どうした?」
「……ううん。詩絵里さんたちの話聞いたら、ちょっと、ほんとに行って大丈夫かなって」
「大丈夫だって、つまりスキル使う前に倒せばいいんだろ。揉めると決まったわけでもないし」
「そうだね」
勝宏の言う通りだ。ことを構える前からあれこれ心配していては何もできなくなってしまう。
それに、前世から今まで一貫して他人を救うことを生業にしてきたような人だ。
出会っていきなり衝突するようなことはないだろう。
ゆったりとした速度で馬車が進む。
徒歩を除けば転移や勝宏のバイクでの移動が多かったこともあり、馬車を使うのは新鮮だ。
布を巻いた手に、勝宏の指先が触れる。石化した部分を触られても、皮膚すら鉱石になっている今はもう勝宏の肌の温度さえ感じられない。
いっそ身体に触れてくれれば指の感触が分かるのにな、と考えてしまって、思わず首を振る。
ごめんなさい。変なことを考えてしまった。
道中とくに何事もなく目的地に到着した。
日が落ちるまであまり時間がないが、診療所はまだ開いている時間らしい。
宿を取って、女性二人を残したまま勝宏と二人で診療所へ赴く。
如月遼――この世界ではリファスと呼ばれている医者は、スタッフから透の症状を聞いてすぐに二人を迎え入れてくれた。
「こんにちは。名前を聞いてもしかしたらと思ったけど、君たちも転生者だね」
12歳と聞いていたが、あれは最新情報ではなかったらしい。
目の前に居る赤毛の男は、どう見ても二十代後半の外見をしている。
「あ、私の年齢が気になる? 皆言うんだよね、12歳の天才医師はどこだって。十五年間も12歳のままなわけがないだろうに」
話によると、リファスはここ数年新たな治療方法の確立のため仕事以外の時間はすべて研究に奔走しており、目立った行動はしていないのだそうだ。
転生者はその能力と知識ゆえに目立ちやすいが、少し大人しく生きているだけで人の噂というものはあっという間に沈静するものである。
「私の話はこれくらいにして、ちょっと見せてくれるかな」
「あ、はい……」
ついてきていた勝宏が、巻いていた布を外してくれた。
完全に硬化してしまった部分は、もう動かすことが出来ない。
今は片手が使えないだけだが、生き残っている方の手も指先の宝石化が始まっている。
「……強皮症、全身性硬化症かと思ったけど、これじゃまるでクリスタルの彫像だね。疾患じゃない。医療でどうにかなるものじゃなさそうだ」
「で、ですよね……」
カルブンクの対価によるものなのだから当然だろう。
こんな状態で日本の病院に駆け込んでも、壊死と同じ扱いで手足を切断する方向に持っていかれるんじゃないかと思う。
「一応、私のスキルも試してみようか」
「できるんですか?」
「見てみるだけだよ。難しければやめるから。上脱いでくれるかな」
「は、はい」
指示されるまま、上着とシャツを脱ぐ。
手伝った勝宏が持ってくれているが、なんだか勝宏の様子がおかしい。
「怖かったら目を閉じててもいいからね」
「はい……」
リファスの手が、手首から腕、肩、胸をなぞっていく。
ふと、顔を背けて閉じていた目を開くと、隣で勝宏がすごい顔をしていた。
明らかに機嫌が悪い。
今にも怒鳴りかかりそうなほど眉間にしわが寄っている。
「ごめんね。もう服は着ていいよ」
「あ、はい……」
よかった、終わった。
勝宏から服を着せてもらいながら、リファスの話を聞く。
「手を構成している鉱物と同じ物質が体内のどこまでを侵食しているか確認したんだけど、だめだ」
「だめ……ですか」
「ここまで侵食されていると……私のスキルで除去しようとしたら、透くんの身体が崩壊しかねない」
彼の話は商人の間では有名で、同じ転生者であることが分かるルイーザには、伝え聞かされた話から彼のここまでの経緯を察することができるほどなのだという。
初めは小さな薬屋の息子として転生。
この世界の医療の心もとなさと回復魔法がないことに愕然として、神童として注目されることにも厭わず前世での知識をフル活用して薬屋の商品を展開させた。
魔法のある世界観なのに回復魔法の存在しないこの世界、病に関しては呪術で治療、怪我といえばポーションだ。
アポセカリの薬屋は薬を売るだけでなく、適切な治療方法までアドバイスしてくれるという話が国中に瞬く間に広がり、各地から傷病人の相談が持ちかけられるようになった。
そして如月遼は、貴族の病を完治させたことがきっかけで莫大な資金を得てわずか12歳で診療所を作り上げる。
「じ、12歳で開業医……」
「知識チートの最頂点って感じしますよねえ」
アポセカリに向かう馬車を乗り継ぎながら、詩絵里とルイーザが件の転生者の話をしている。
「でも、この世界の技術レベルでよく診療所の立ち上げなんてできるわね。外科医なのかなんなのか知らないけど、メス一つ作るのもたいへんじゃない? 抗菌の布とか服とか……」
「メスはよくわかりませんけど、なんでも「不要物を冷気に変える能力」を持っているらしいですよ。ちょっと冷える代わりに指定したもの全部吹き飛んじゃうんだそうです」
「え……それで無菌状態になるってことは、その「指定」ってまさか生き物にも使えるの……?」
「あっ、そういえば! ひええ、怖いですね!」
二人の話を聞きながら、これは安易にアポセカリには行かない方がいいんじゃないかという気もしてきた。
万一戦うことになったらと思うと寒気がしてくる。
詩絵里の即死魔法とほぼ同等の力を有しており、傷病の治療に使えるほど小回りが利くということである。
「透? どうした?」
「……ううん。詩絵里さんたちの話聞いたら、ちょっと、ほんとに行って大丈夫かなって」
「大丈夫だって、つまりスキル使う前に倒せばいいんだろ。揉めると決まったわけでもないし」
「そうだね」
勝宏の言う通りだ。ことを構える前からあれこれ心配していては何もできなくなってしまう。
それに、前世から今まで一貫して他人を救うことを生業にしてきたような人だ。
出会っていきなり衝突するようなことはないだろう。
ゆったりとした速度で馬車が進む。
徒歩を除けば転移や勝宏のバイクでの移動が多かったこともあり、馬車を使うのは新鮮だ。
布を巻いた手に、勝宏の指先が触れる。石化した部分を触られても、皮膚すら鉱石になっている今はもう勝宏の肌の温度さえ感じられない。
いっそ身体に触れてくれれば指の感触が分かるのにな、と考えてしまって、思わず首を振る。
ごめんなさい。変なことを考えてしまった。
道中とくに何事もなく目的地に到着した。
日が落ちるまであまり時間がないが、診療所はまだ開いている時間らしい。
宿を取って、女性二人を残したまま勝宏と二人で診療所へ赴く。
如月遼――この世界ではリファスと呼ばれている医者は、スタッフから透の症状を聞いてすぐに二人を迎え入れてくれた。
「こんにちは。名前を聞いてもしかしたらと思ったけど、君たちも転生者だね」
12歳と聞いていたが、あれは最新情報ではなかったらしい。
目の前に居る赤毛の男は、どう見ても二十代後半の外見をしている。
「あ、私の年齢が気になる? 皆言うんだよね、12歳の天才医師はどこだって。十五年間も12歳のままなわけがないだろうに」
話によると、リファスはここ数年新たな治療方法の確立のため仕事以外の時間はすべて研究に奔走しており、目立った行動はしていないのだそうだ。
転生者はその能力と知識ゆえに目立ちやすいが、少し大人しく生きているだけで人の噂というものはあっという間に沈静するものである。
「私の話はこれくらいにして、ちょっと見せてくれるかな」
「あ、はい……」
ついてきていた勝宏が、巻いていた布を外してくれた。
完全に硬化してしまった部分は、もう動かすことが出来ない。
今は片手が使えないだけだが、生き残っている方の手も指先の宝石化が始まっている。
「……強皮症、全身性硬化症かと思ったけど、これじゃまるでクリスタルの彫像だね。疾患じゃない。医療でどうにかなるものじゃなさそうだ」
「で、ですよね……」
カルブンクの対価によるものなのだから当然だろう。
こんな状態で日本の病院に駆け込んでも、壊死と同じ扱いで手足を切断する方向に持っていかれるんじゃないかと思う。
「一応、私のスキルも試してみようか」
「できるんですか?」
「見てみるだけだよ。難しければやめるから。上脱いでくれるかな」
「は、はい」
指示されるまま、上着とシャツを脱ぐ。
手伝った勝宏が持ってくれているが、なんだか勝宏の様子がおかしい。
「怖かったら目を閉じててもいいからね」
「はい……」
リファスの手が、手首から腕、肩、胸をなぞっていく。
ふと、顔を背けて閉じていた目を開くと、隣で勝宏がすごい顔をしていた。
明らかに機嫌が悪い。
今にも怒鳴りかかりそうなほど眉間にしわが寄っている。
「ごめんね。もう服は着ていいよ」
「あ、はい……」
よかった、終わった。
勝宏から服を着せてもらいながら、リファスの話を聞く。
「手を構成している鉱物と同じ物質が体内のどこまでを侵食しているか確認したんだけど、だめだ」
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