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章1
氷の世界の死者蘇生(3)
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翌朝、宿の食堂で詩絵里たちに診療所での話を説明した。
ルイーザには話せていない事情も多いが、詩絵里に伝えるべきは、リファスの除去スキルでは治せなかったこと、翌日も来るように言われたこと、ダンジョンの情報を入手したことの三つだけだ。
聞かれて困ることでもない。
朝食をとりながら話し合って、今日はダンジョンへ詩絵里とルイーザの二人が様子見へ向かうこととなった。
本格的にダンジョン攻略に移るのは透と勝宏が診療所から戻ってきてから、というわけだ。
「でも、リファスさんにも治せない病気ってやっぱりあるんですねー」
塩気のない安いスープを口にしつつ、ルイーザの口調は世間話である。
「どういうこと?」
「リファスさんを訪ねた人たちに、病気が治らないままで帰ってきた人はいないって有名な話なんですよ。転生チートなら有り得るかなーって思ってましたけど、誇張なんですね」
「へえ……私の田舎までは流れてこなかったわね、その話」
ルイーザからの何気ない情報は案外ばかにできない。
彼女の世間話を興味深そうに掘り進めていく詩絵里をよそに、透はかたいパンと格闘している。
片手だけだと細かく千切ることができないため、どうしても口で噛み切るしかない。
パンのかたさはともかく、サラダとパンとスープというかんたんなメニューは、片手しか使えない透にはありがたい朝食だ。
勝宏が「手伝おうか?」と言わんばかりに見つめてくるが、食事の世話までしてもらうわけにはいかない。
どうにかパンを片付けたあたりで、食事を終えた詩絵里とルイーザが立ち上がった。
「そろそろ部屋に一度戻って、準備が済んだらダンジョン行きますねー」
「この地図と、私のスキルで得られる情報を照合しながら、正確にマッピングしてくるわ。勝宏くん、帰りでいいからついでにドラゴンとエキドナの素材、この町で売れるか確認しておいてくれる?」
「ああ。合流は?」
「宿でいいでしょ。そう距離があるわけでもないし」
パンという難関はクリアしたのだから、あとは残りの食事を片付けるだけである。
女性陣が席を立ってしまい、向かいの席でとっくに食べ終わって水を飲んでいる勝宏は透を待ってくれているのだろう。
「急がなくていいって。どうせ詩絵里たちとは別行動なんだしさ」
気持ち急ぎで箸を進める――実際には木製のスプーンだが――透に、勝宏が声のボリュームを落とす。
「昨日言ってた、転移の精霊は戻ってきたのか?」
「う、ううん、まだ……」
「そっか。じゃあ透、手繋いでいこ」
「へ?」
「絶対に俺から離れないように」
何をまた突拍子のないことを、と思ってしまったが、透を心配してのことだった。
レベルやステータスが上がらず万年紙装甲の透の戦闘スタイルは、基本的にヒットアンドアウェイである。
そのアウェイの手段が偶然とはいえ使えなくなっている今、勝宏が普段以上に過保護になるのも仕方がないのかもしれない。
もたつきながら食事を終えて、昨日も訪れたリファスの診療所へ向かう。
食事中の宣言どおり、勝宏はこちらの手を握ったまま一度も離すことなくリファスのもとまで付き添ってきている。
町の住民たちからの視線がちょっと気になりはしたが、不便な状況の続く透を思っての行動に口は出せなかった。
受付で話を通して少し待つと、リファスが自らで迎えてくれた。
「やあ、透くん。と、……付き添いは勝宏くん?」
「は、はい」
「転生者関連の話もするから、ちょっと奥の部屋に行こうか。勝宏くんもどうぞ」
昨日通された診察室とは異なり、明らかに一般利用者は案内しないようなスペースに通される。
隣を歩く勝宏が、石化していない方の手をぎゅっと握り締めてきた。
----------
透たちが如月遼――リファスと接触して入手したというダンジョンの情報をたよりに、詩絵里とルイーザは氷のダンジョンを進んでいる。
ダンジョン内部は壁が一部凍結していて肌寒いという以外はこれといって変わったことはなく、いまのところ、前回潜った工事中ダンジョンの上層部分と大差ない印象だ。
「トラップの位置、詩絵里さんの看破とメモ書き全部合致してますね! すごい、これ複写して一般冒険者に売り出したら人気出そうです」
片手に長柄の槍、片手にリファスのメモ書きという装備のルイーザが感嘆の声を上げる。
「これ自体が罠かとも思ったけど、イベントに興味がないっていうのはホントみたいね」
商人らしい意見のルイーザの話は流しつつ、今降りてきたフロアを確認する。
現在は9層目、リファスの言葉を信じるならばこのダンジョンは全部で40層なので、まだ四分の一も探索できていない。
このダンジョンのボスフロアは5層ごとではなく10層ごとなのか、ここまでボス戦なしの探索である。
「……あら?」
「どうかしました?」
違和感に首を傾げた詩絵里へ、道中の魔物を突きで串刺しにしたルイーザが聞き返す。
「私のスキルで見た限りでは、このフロア、もうちょっと広いはずなんだけど……一畳半くらいスペースが狭くなってる気がするわ」
「おっ、ひょっとして隠し扉というやつです? 探してみましょう、何かあるかもしれませんし!」
案の定、ルイーザは調査に乗り気になった。
ダンジョンに隠し部屋があるなら、そこには特殊なアイテムが隠されている可能性が高い。
詩絵里の見たことのないマジックアイテムなら、解析スキルで確認すれば複製や応用ができるようになるだろう。
探してみて損はない。
「ちょっと待ってね。フロアの形と壁の形から逆算してみるわ」
はい、と楽しげな返事をして、ルイーザが槍に突き刺さった三つの肉塊を振り落とす。
ちょいちょいグロいけど、前衛寄りのステータスになるとグロ耐性もつくもんなのかしらね。
「……だいたいの位置は見当がついたわ。そこの角を右ね」
「右っていっても……行き止まりですけど」
「隠し部屋なら、壁壊せばいいんじゃない?」
ルイーザには話せていない事情も多いが、詩絵里に伝えるべきは、リファスの除去スキルでは治せなかったこと、翌日も来るように言われたこと、ダンジョンの情報を入手したことの三つだけだ。
聞かれて困ることでもない。
朝食をとりながら話し合って、今日はダンジョンへ詩絵里とルイーザの二人が様子見へ向かうこととなった。
本格的にダンジョン攻略に移るのは透と勝宏が診療所から戻ってきてから、というわけだ。
「でも、リファスさんにも治せない病気ってやっぱりあるんですねー」
塩気のない安いスープを口にしつつ、ルイーザの口調は世間話である。
「どういうこと?」
「リファスさんを訪ねた人たちに、病気が治らないままで帰ってきた人はいないって有名な話なんですよ。転生チートなら有り得るかなーって思ってましたけど、誇張なんですね」
「へえ……私の田舎までは流れてこなかったわね、その話」
ルイーザからの何気ない情報は案外ばかにできない。
彼女の世間話を興味深そうに掘り進めていく詩絵里をよそに、透はかたいパンと格闘している。
片手だけだと細かく千切ることができないため、どうしても口で噛み切るしかない。
パンのかたさはともかく、サラダとパンとスープというかんたんなメニューは、片手しか使えない透にはありがたい朝食だ。
勝宏が「手伝おうか?」と言わんばかりに見つめてくるが、食事の世話までしてもらうわけにはいかない。
どうにかパンを片付けたあたりで、食事を終えた詩絵里とルイーザが立ち上がった。
「そろそろ部屋に一度戻って、準備が済んだらダンジョン行きますねー」
「この地図と、私のスキルで得られる情報を照合しながら、正確にマッピングしてくるわ。勝宏くん、帰りでいいからついでにドラゴンとエキドナの素材、この町で売れるか確認しておいてくれる?」
「ああ。合流は?」
「宿でいいでしょ。そう距離があるわけでもないし」
パンという難関はクリアしたのだから、あとは残りの食事を片付けるだけである。
女性陣が席を立ってしまい、向かいの席でとっくに食べ終わって水を飲んでいる勝宏は透を待ってくれているのだろう。
「急がなくていいって。どうせ詩絵里たちとは別行動なんだしさ」
気持ち急ぎで箸を進める――実際には木製のスプーンだが――透に、勝宏が声のボリュームを落とす。
「昨日言ってた、転移の精霊は戻ってきたのか?」
「う、ううん、まだ……」
「そっか。じゃあ透、手繋いでいこ」
「へ?」
「絶対に俺から離れないように」
何をまた突拍子のないことを、と思ってしまったが、透を心配してのことだった。
レベルやステータスが上がらず万年紙装甲の透の戦闘スタイルは、基本的にヒットアンドアウェイである。
そのアウェイの手段が偶然とはいえ使えなくなっている今、勝宏が普段以上に過保護になるのも仕方がないのかもしれない。
もたつきながら食事を終えて、昨日も訪れたリファスの診療所へ向かう。
食事中の宣言どおり、勝宏はこちらの手を握ったまま一度も離すことなくリファスのもとまで付き添ってきている。
町の住民たちからの視線がちょっと気になりはしたが、不便な状況の続く透を思っての行動に口は出せなかった。
受付で話を通して少し待つと、リファスが自らで迎えてくれた。
「やあ、透くん。と、……付き添いは勝宏くん?」
「は、はい」
「転生者関連の話もするから、ちょっと奥の部屋に行こうか。勝宏くんもどうぞ」
昨日通された診察室とは異なり、明らかに一般利用者は案内しないようなスペースに通される。
隣を歩く勝宏が、石化していない方の手をぎゅっと握り締めてきた。
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透たちが如月遼――リファスと接触して入手したというダンジョンの情報をたよりに、詩絵里とルイーザは氷のダンジョンを進んでいる。
ダンジョン内部は壁が一部凍結していて肌寒いという以外はこれといって変わったことはなく、いまのところ、前回潜った工事中ダンジョンの上層部分と大差ない印象だ。
「トラップの位置、詩絵里さんの看破とメモ書き全部合致してますね! すごい、これ複写して一般冒険者に売り出したら人気出そうです」
片手に長柄の槍、片手にリファスのメモ書きという装備のルイーザが感嘆の声を上げる。
「これ自体が罠かとも思ったけど、イベントに興味がないっていうのはホントみたいね」
商人らしい意見のルイーザの話は流しつつ、今降りてきたフロアを確認する。
現在は9層目、リファスの言葉を信じるならばこのダンジョンは全部で40層なので、まだ四分の一も探索できていない。
このダンジョンのボスフロアは5層ごとではなく10層ごとなのか、ここまでボス戦なしの探索である。
「……あら?」
「どうかしました?」
違和感に首を傾げた詩絵里へ、道中の魔物を突きで串刺しにしたルイーザが聞き返す。
「私のスキルで見た限りでは、このフロア、もうちょっと広いはずなんだけど……一畳半くらいスペースが狭くなってる気がするわ」
「おっ、ひょっとして隠し扉というやつです? 探してみましょう、何かあるかもしれませんし!」
案の定、ルイーザは調査に乗り気になった。
ダンジョンに隠し部屋があるなら、そこには特殊なアイテムが隠されている可能性が高い。
詩絵里の見たことのないマジックアイテムなら、解析スキルで確認すれば複製や応用ができるようになるだろう。
探してみて損はない。
「ちょっと待ってね。フロアの形と壁の形から逆算してみるわ」
はい、と楽しげな返事をして、ルイーザが槍に突き刺さった三つの肉塊を振り落とす。
ちょいちょいグロいけど、前衛寄りのステータスになるとグロ耐性もつくもんなのかしらね。
「……だいたいの位置は見当がついたわ。そこの角を右ね」
「右っていっても……行き止まりですけど」
「隠し部屋なら、壁壊せばいいんじゃない?」
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