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章1

竜の胃袋まで掴むと思わなかったけど日本のごはんはおいしいよね(4)

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 イベント終了まであと一日。
 ダンジョン攻略にクロが加わったことで、攻略速度はさらに加速している。

 ルイーザの通訳は思った以上に役に立った。
 クロは体のサイズを自由に変えることができ、小さいままでも元の姿と同じだけの力をふるうことが出来る……と早々に判明したのである。

 それからは、ダンジョン内を飛べるサイズのクロの上にルイーザが乗って道中の魔物をはねとばしながらダンジョンを攻略していく、という、防衛側からすれば迷惑極まりない攻略方法で突き進んだ。

 速度重視のため、クロに乗るのはルイーザだけ。
 他のメンバーはランキング上位を目指す必要がないので、のんびりポイント稼ぎをしている。

 はじめ、残りの日数すべてを使ってようやく20層60箇所のダンジョンを回りきることができるかどうか……という計算だったはずのダンジョン攻略。
 しかしながら結果として、クロの加入によって一日前倒しに完了してしまった。

 そのため、最終日はクロと一緒に少し遠出をして、転生者が防衛している100層ダンジョンを攻略してみよう、という話になっている。

 最終日を目前に。
 夕食を終えた詩絵里が、ルイーザに訊ねた。

「そういえば、そろそろイベントも終わるけど、ルイーザはやっぱり帰って実家手伝うの?」

 もともと、イベント期間中の同行と協力が契約の内容だった。

 アルスラッドによる契約書の凍結でうやむやになってしまったが、契約書を凍結した魔法はアルスラッドからルイーザに権限譲渡がなされている。
 彼女が望めばいつでも解凍できるようになっているのである。

「あ、あのう、そのことなんですけど」

 食後のお茶を啜っていたルイーザが、湯飲みを置いて改まった。

「もう契約書なしでも皆さんのことは信頼してますし、私のことも信用してもらえてますよね?」

「うん? 当たり前だろ」

 彼女の切り出した話の意図が掴めないまま、勝宏が正直に頷きを返す。

「えへへ。あの、だったら私、もうちょっと皆さんとご一緒しようかなあ、なんて……」

 てれくさそうに、ルイーザが頬をかいた。

 彼女の父親と詩絵里が一緒に商売を始めたことは既にルイーザには伝えてあった。
 だが、定期的に商品の納入で会いに行けるというのと、一緒に旅をするのとではやはり違うものだ。

 もうすぐお別れだと思っていたから、これは素直に喜ばしいことである。

 あからさまに嬉しそうな勝宏と顔を見合わせ、ほほえみを交わす。

「でも、無難なスキルにして婚活するっていうのは?」

 一人冷静な詩絵里が、当初聞いていた彼女の目的に触れる。

「そのあとでも遅くないです。むしろ旅先でいいひと見つけられないかなーなんて思ってます」

「そう? それならいいんだけど」

「それに、透さんの料理テクをひとつでも盗み帰れれば商売の種になると思うんですよ」

 日本での記憶があっても、血の繋がった父親にはどことなく考え方が似てくるものなのだろうか。

 ギルネルと同じようなことを言い始めた彼女に、思い出したように詩絵里があっと声を上げる。

「そうだ。その件なんだけど、転生者ゲームが落ち着いたら、透くんこっちの世界で料理店をやりたいそうなのよ」

「そうなんですか! 土地探しもお店の用意も協力しますよお。なので、うちの店も一枚かませてくださいね」

 以前詩絵里に言われた言葉が、そっくりそのままルイーザからも飛んできた。

 空想の域を出なかったはずのぼったくり異世界料理店、実際にやる方向で話が勝手に進んでいる。

「まあ、まずは明日のイベント最終日を乗り切りましょう。改めて、よろしくねルイーザ」

「はい、よろしくです!」

 ……それにしても、他人との別れを惜しむなんて何年ぶりのことだろう。

 こちらの世界に来てからというもの、ここ十年以上忘れていた感情に振り回されてばかりだ。

 こんなに感情がせわしなく動くのは、それこそ、ウィルと出会う前――両親が健在だった頃まで遡らなければならない気がする。

 透の中で止まっていたもの全部、勝宏と出会ってから動き始めた。

「く、クロ……ぱっパパ……と遊ぼ……」

 両手をわきわきと動かしながら、ぎこちない表情でクロににじり寄る勝宏を見つめる。

 ちなみに、意識してクロの父親を自称しようとしない時は、クロとは普通に接していたりする。

 親に例えられたからといって、無理に父親を演じる必要はないだろうに。

 そういうところが勝宏のいいところでもあるので、透にはチャームポイントに見える。

 にじり寄る勝宏は、残念ながらクロには拒絶されてしまった。

「パパ……パパか……パパ……とは……」

「ぎゃう……」

 十八歳で唐突に父親任命されてしまった勝宏が、難しい顔で腕を組んでいる。

 きっと自分の中の父親像をかきあつめて、なりきろうと頑張っているのだ。
 邪魔をしては悪い。

 ……そんなに急いで父親にならなくても、勝宏ならそのうち分かる日が来る。

 彼には遠からず、勝宏のためのヒロインが現れる気がする。

 名も知らぬ彼の思い人がそのヒロインにあたるかどうかは分からないけれど。

 物語の勇者と姫君のように美しく幸せな恋に落ちるんじゃないかと、透は思っている。

 どこかの漫画から飛び出てきたみたいな無垢の塊だ。

 たとえば、ウルティナの時は作戦で仕方なくという状況ではあったが、シチュエーションだけでいうなら女の子の好みそうな出会いだったと思う。

 勝宏はたぶん、ああいう恋をする人なんだ。
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