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章1
君を守る力(3)
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自分の屋敷に招いていた少女――トールを謎の男に連れ去られた。
それはマリウスにとって、絶対に公になってはならない失態である。
かといって、彼女を見捨てるなどあってはならない。
トールとは今後良い関係を築いていけるだろうと思っていた矢先の出来事だったのだ。
謎の男の正体には、ある程度見当がついている。
ここ最近、街のすぐ近くにある森やダンジョンなどで魔物の大量発生が何件か確認されているのだ。
これについて、冒険者ギルドは人為的なものであるとして調査を進めている。
魔物の大量発生だけであれば、街の冒険者たちの仕事にもなり、魔物の素材も豊富に手に入る。
それゆえあまり重要視されてはいなかったのだが、このところは魔物の大量発生の調査に赴いた冒険者パーティーが何組か行方不明になっているのだ。
魔物にやられたのではない。
なぜなら、行方不明になっているのは女性の冒険者だけだからである。
キングオークに襲われて女性が巣に持ち帰られるのならまあ珍しくない話だが、その場合は男性の冒険者も皆倒されており、街に戻ってこれるのはほうぼうのていで逃げ出した一人だけ、というケースがほとんどだ。
男性メンバーは全員傷一つなく戻ってきており、女性メンバーだけが行方不明になっている。
戻ってきた男性メンバーに尋ねると、皆口をそろえてこう言うのだ。
――頭に被り物をした男に、仲間を連れ去られた……と。
全身甲冑で顔も見えないあの男の映像をもう一度確認する。
間違いない。
これが冒険者たちの言っていた、女性冒険者だけを狙って誘拐している男なのだろう。
マリウスの家は、冒険者ギルドの技術部署と提携してマジックアイテムの開発を行っている。
マリウスもまた、ギルドの技術者でもある。
有事の際は冒険者ギルドの職員として、情報収集にあたったり、街の結界の強化にあたったりと裏方としての防衛に注力することにもなっている。
実際、冒険者たちの間で噂になっている”頭に被り物をした男”のアジトと思しき場所は、マリウス自作のマジックアイテムを駆使したところ簡単に発見することができた。
街の郊外、ダンジョンのある場所の裏側だ。
そう、自分が解決に乗り出せば、早期に解決できていたはずの事件だったのである。
こうなる前に、もっと早くギルドと手を組んで解決にあたるべきだった。
自分が研究にかまけてばかりではなく、現場に出ている冒険者たちの話に耳を傾けて、事件解決にあたっていれば。そうすればトールは……。
いや、悔いても仕方のないことだ。
今は最善の手を打つ、自分にできるのはそれだけである。
頭を支配しようとしてくる後悔の念を振り払う。
その時、部屋の扉が叩かれた。
呼び出していた友人がやっと到着したのだ。
扉を開け、部屋に招き入れる。
入ってきたのはデヴィッド――マリウスとは正反対の、前衛に特化した騎士職クラスの男である。
「やあマリウス。話ってなんだい?」
「デヴィッドか、よく来てくれた。親友の君にだけ、相談したいことがある――」
古くからの友、デヴィッドは騎士の家の出だった。
見習いとはいえ、彼の実力は現役の騎士を軽く凌駕する武術の天才と言っていい。
そこらのAランク冒険者を雇い入れるより、彼に協力を要請した方が利口というもの。
状況を説明すると、人のよさそうな笑みをたたえていた男は顔をゆがめた。
「マリウスの大切な女性までこの件の被害者になるなんて……分かった、力を貸そう。彼女を取り戻したいんだね?」
「ああ。デヴィッド、今となっては君だけが頼りだ」
「必ず救い出そう、二人で」
二人の男が、神妙な表情で手を取り合う。
実をいうとこの場面、乙女ゲーム本来のシナリオにおいて、ヒロインが敵に連れ去られてしまった直後に見られる光景なのだが――。
勝宏の介入によって、駆け足ながらも元のルートに軌道修正されていたことなど、透には知る由もなかった。
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「まあ、マリウスルートの件はいったん置いておきましょう。なにも、毎日彼の屋敷に通う必要なんてないものね」
ルートから外れてしまったことを詩絵里に相談したところ、結論は「一旦保留」に落ち着いた。
さきほどから姿の見えなかったルイーザは、聞けば乙女ゲーム知識をたよりに、倒すべき組織のアジトまでの道を確認しに行っているところらしい。
クロも一緒だそうなので、早めに帰ってくるだろう。
「すみません、言われたことすらこなせなくて……」
「いいのいいの。それよりも透くん、シャルマンのお母さん――シェリアの病状に効きそうな薬の見当がついたんだけど、日本に戻ってドラッグストアあたりで買ってきてもらうことできる?」
攻略失敗で意気消沈している透に、詩絵里が別の話を持ち掛けてきた。
それくらいなら、失敗することもないだろう。
元気づけてくれてるんだな、とありがたくその頼みを受けることにする。
「わかりました」
頷くと、詩絵里は小型プリンターから薬品名を書いたメモを印刷して手渡してきた。
ちなみにこちら、詩絵里から貰ったこの世界の貴金属を日本で換金し、透が最近買い求めてきたものである。
電源不要で充電式のため、ノートパソコンで作戦案や議事録をまとめた時に使えるとおおむね好評だ。
「頑張ってね。薬が調達できて、無事にシェリア――お母さんを助けられたら、シャルマンはヤンデレにはならないのよ?」
「それって……」
「薬を提供したってとこを強調していけば、きっとマリウスルートよりもシャルマンルートの方がイージーモードよ」
希望の光が見えてきた。
「頑張ります」
携帯のディスプレイで時刻を確認する。
日本時間ではもうすぐ朝だ。
二十四時間営業のドラッグストアまでは結構遠いが、ウィルに頼んで転移すれば今からでも全く問題ない。
シャルマンルートへの希望を胸に、透は日本に戻っていった。
自分の屋敷に招いていた少女――トールを謎の男に連れ去られた。
それはマリウスにとって、絶対に公になってはならない失態である。
かといって、彼女を見捨てるなどあってはならない。
トールとは今後良い関係を築いていけるだろうと思っていた矢先の出来事だったのだ。
謎の男の正体には、ある程度見当がついている。
ここ最近、街のすぐ近くにある森やダンジョンなどで魔物の大量発生が何件か確認されているのだ。
これについて、冒険者ギルドは人為的なものであるとして調査を進めている。
魔物の大量発生だけであれば、街の冒険者たちの仕事にもなり、魔物の素材も豊富に手に入る。
それゆえあまり重要視されてはいなかったのだが、このところは魔物の大量発生の調査に赴いた冒険者パーティーが何組か行方不明になっているのだ。
魔物にやられたのではない。
なぜなら、行方不明になっているのは女性の冒険者だけだからである。
キングオークに襲われて女性が巣に持ち帰られるのならまあ珍しくない話だが、その場合は男性の冒険者も皆倒されており、街に戻ってこれるのはほうぼうのていで逃げ出した一人だけ、というケースがほとんどだ。
男性メンバーは全員傷一つなく戻ってきており、女性メンバーだけが行方不明になっている。
戻ってきた男性メンバーに尋ねると、皆口をそろえてこう言うのだ。
――頭に被り物をした男に、仲間を連れ去られた……と。
全身甲冑で顔も見えないあの男の映像をもう一度確認する。
間違いない。
これが冒険者たちの言っていた、女性冒険者だけを狙って誘拐している男なのだろう。
マリウスの家は、冒険者ギルドの技術部署と提携してマジックアイテムの開発を行っている。
マリウスもまた、ギルドの技術者でもある。
有事の際は冒険者ギルドの職員として、情報収集にあたったり、街の結界の強化にあたったりと裏方としての防衛に注力することにもなっている。
実際、冒険者たちの間で噂になっている”頭に被り物をした男”のアジトと思しき場所は、マリウス自作のマジックアイテムを駆使したところ簡単に発見することができた。
街の郊外、ダンジョンのある場所の裏側だ。
そう、自分が解決に乗り出せば、早期に解決できていたはずの事件だったのである。
こうなる前に、もっと早くギルドと手を組んで解決にあたるべきだった。
自分が研究にかまけてばかりではなく、現場に出ている冒険者たちの話に耳を傾けて、事件解決にあたっていれば。そうすればトールは……。
いや、悔いても仕方のないことだ。
今は最善の手を打つ、自分にできるのはそれだけである。
頭を支配しようとしてくる後悔の念を振り払う。
その時、部屋の扉が叩かれた。
呼び出していた友人がやっと到着したのだ。
扉を開け、部屋に招き入れる。
入ってきたのはデヴィッド――マリウスとは正反対の、前衛に特化した騎士職クラスの男である。
「やあマリウス。話ってなんだい?」
「デヴィッドか、よく来てくれた。親友の君にだけ、相談したいことがある――」
古くからの友、デヴィッドは騎士の家の出だった。
見習いとはいえ、彼の実力は現役の騎士を軽く凌駕する武術の天才と言っていい。
そこらのAランク冒険者を雇い入れるより、彼に協力を要請した方が利口というもの。
状況を説明すると、人のよさそうな笑みをたたえていた男は顔をゆがめた。
「マリウスの大切な女性までこの件の被害者になるなんて……分かった、力を貸そう。彼女を取り戻したいんだね?」
「ああ。デヴィッド、今となっては君だけが頼りだ」
「必ず救い出そう、二人で」
二人の男が、神妙な表情で手を取り合う。
実をいうとこの場面、乙女ゲーム本来のシナリオにおいて、ヒロインが敵に連れ去られてしまった直後に見られる光景なのだが――。
勝宏の介入によって、駆け足ながらも元のルートに軌道修正されていたことなど、透には知る由もなかった。
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「まあ、マリウスルートの件はいったん置いておきましょう。なにも、毎日彼の屋敷に通う必要なんてないものね」
ルートから外れてしまったことを詩絵里に相談したところ、結論は「一旦保留」に落ち着いた。
さきほどから姿の見えなかったルイーザは、聞けば乙女ゲーム知識をたよりに、倒すべき組織のアジトまでの道を確認しに行っているところらしい。
クロも一緒だそうなので、早めに帰ってくるだろう。
「すみません、言われたことすらこなせなくて……」
「いいのいいの。それよりも透くん、シャルマンのお母さん――シェリアの病状に効きそうな薬の見当がついたんだけど、日本に戻ってドラッグストアあたりで買ってきてもらうことできる?」
攻略失敗で意気消沈している透に、詩絵里が別の話を持ち掛けてきた。
それくらいなら、失敗することもないだろう。
元気づけてくれてるんだな、とありがたくその頼みを受けることにする。
「わかりました」
頷くと、詩絵里は小型プリンターから薬品名を書いたメモを印刷して手渡してきた。
ちなみにこちら、詩絵里から貰ったこの世界の貴金属を日本で換金し、透が最近買い求めてきたものである。
電源不要で充電式のため、ノートパソコンで作戦案や議事録をまとめた時に使えるとおおむね好評だ。
「頑張ってね。薬が調達できて、無事にシェリア――お母さんを助けられたら、シャルマンはヤンデレにはならないのよ?」
「それって……」
「薬を提供したってとこを強調していけば、きっとマリウスルートよりもシャルマンルートの方がイージーモードよ」
希望の光が見えてきた。
「頑張ります」
携帯のディスプレイで時刻を確認する。
日本時間ではもうすぐ朝だ。
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シャルマンルートへの希望を胸に、透は日本に戻っていった。
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