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章1

ほしいもの(3)

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 契約成立ね、とオフィスが答えた。

 彼女――彼? 性別はいまいち分からないが、ひとまず彼女としておこう――のその言葉とともに、ベッドで横になっている勝宏を黒煙のようなものが取り巻き始める。

 セイレンの即死攻撃と似ているエフェクトはちょっと不安になる。
 大丈夫なのかな、とも思ったが――。

『これでもうマサヒロくんは大丈夫よ。えーっと、』

(と、透です)

『トールちゃん。必要になったら呼んでちょうだい。トールちゃんの命が尽きるまで、トールちゃんはアタシの雇い主よ』

(あ、はい)

 処置が完了したようだ。

 勝宏のポイント化が防げたなら、代わりに自分が倒れていても不思議ないのでは。
 疑問に思いつつも、オフィスが念話を終了させるのを見送る。

 対価は生命力だと言われたが、一度の能力の行使で全部を持っていかれるわけではないらしい。

「おい透……また契約したな」

 そこで、この空間からはじき出されていたらしいウィルがいつの間にか戻ってきていた。

 オフィスとの会話に割って入らなかったことを考えると、アリアルの静止空間からオフィスの静止空間にそのまま移行してしまいウィルが入る余地がなかったのだろう。

「ご、ごめん……勝宏を助けられるって、聞いたから」

 いくらウィルがあの場で止めていたとしても、オフィスとの契約はおそらく透の判断で決行していた。

 勝宏を救える手段があるなら、どんなものであっても透には躊躇う理由にならない。

「……あのオカマの力は乱発していいもんじゃねえ。対価を知らされたなら分かるだろうが、過信はすんじゃねえぞ」

「うん」

 でも、勝宏が助かってよかった。あとはセイレンに頼んで、封印を解いてもらうだけだ。



 封印を解き、消滅する気配がないことを念のため確認のうえ、勝宏はそのまま宿のベッドに寝かせてきた。

 詩絵里たちが宿に戻ってきていないということは、マリウスたちとの話が長引いているか、揉めごとになってしまっているかのどちらかだ。

 念のため女体化状態でマリウスの屋敷に向かう。

 廊下まで転移して、私室へはノックをして入る。

「トールか。あの男の容態はどうだ?」

 出迎えてくれたのは、マリウスとデヴィッドだけだった。
 詩絵里たちとは、入れ違いになってしまったのだろうか。

「いや、マリウス。彼女は喋れないんだろう? ここは先に紙とペンを渡すべきだ」

「ああ……」

 手渡された紙に、勝宏は一命をとりとめたことを綴る。

「そうか、それはよかった。……君たち一行は、例の組織に潜入捜査するためにこの街に来たと聞いたよ」

 詩絵里がそういう説明をしたのだろう。

 マリウスの続ける捏造経緯はいつものように詩絵里の法螺が絶好調で吹かれていたが、ひとまず頷いておく。

 透、詩絵里、ルイーザ、勝宏は冒険者パーティーであり、透を誘拐に見せかけてマリウスたちを組織へ向かうよう誘導したことも作戦の一つであったこと。

 マリウスたちが乗り込んできたらさすがに敵のボスも出向かざるを得なくなるだろうと踏んでの作戦だったこと……という法螺話が、本人の口から聞かされた。

 世間体を気にするプライドの高い彼に疑いを抱かせないよう、マリウスを上げつつのファインプレーである。

 残党狩りにはマリウスの手勢を使ってもらえる方向でまとまったようである。

「一応君の仲間にも話は通してあるが、チョコレートの商談については君の仲間経由で対応してもらう、ということになった。条件として相応の報酬と……君に求婚した件をなかったことにする、という提案を飲んだ」

 詩絵里たちは、そのあたりも話をつけてくれていたようだ。

 ありがたく聞いていると、君を伴侶にすることを諦めた理由は別にある、とマリウスが続けてくる。

「君の――あの男を想って発動させた命がけの魔術。あれを見たら、どんな男でも君を自分のものにしようとは思わないだろう」

 言われて、一瞬何のことか理解ができなかった。

 が、あの場に居たマリウスたちから見れば、セイレンの一撃は透が直接敵に向かって即死魔法を放った場面だったかもしれない。

 それを詩絵里あたりがこの世界風に脚色して、「恋人を殺されかけて必死になった少女が、全魔力を放出して命がけの魔術を放ち、敵を倒した」とでも説明したのではないか。

「うん、愛の力だね。しばらくマリウスは失恋のショックを引きずるだろうが、そこは親友としてしっかり慰めておくよ」

「デヴィッド、僕はたった今君との縁を切りたくなったぞ」

 まあ、都合のいい勘違いはそのまま続けてもらうとする。

 トールという少女は勝宏と恋仲、ということになってしまったが、マリウスがそんな話を言いふらすこともないだろう。

 芋づるでマリウスの求婚取り下げの件も伝わりかねない話を、彼が率先して口にするとも思えない。

 透はそれから、筆談で詩絵里たちはどこに行ったのかも訊ねてみた。

「彼女たちは、シャルマンの母親のところへ向かったよ。グレンに連れられてな。この騒動の間に急変したとかなんとか言っていたが――」

 しまった。
 せっかく用意した薬を、まだシェリアに届けられていない。



 自分もシェリアのもとに向かうと紙に書き記すと、送り届けようと言ってマリウスとデヴィッドがついてきてしまった。

 おかげで、ウィルに転移で運んでもらうことができず徒歩での移動である。

 シェリアのいる診療所まで向かう。

 薬自体が、透から詩絵里のアイテムボックスに移り、リセットリングの装備の関係で詩絵里から勝宏のアイテムボックスに収納され、今勝宏は宿で気を失っている状況だ。

 様子を見て、一刻を争う事態であれば詩絵里にマリウスたちの足止めを頼んで透がもう一度同じ薬を買いに行く必要があるだろう。

 彼女の眠っているはずの診療所にたどり着くと、そこではベッドを囲む詩絵里とルイーザ、そして――。

「透さん。シェリアさん、助けられませんでした……」

 あと一歩間に合わず、息を引き取ったシェリアの姿があった。
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