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章1
ほしいもの(4)
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助けられると断言したわけではなかった。
だが、彼女の病が悪化している原因は早くに突き止められていたのに、スタンピード問題が急務となってしまったがために後手に回った――というのは、もっと透がうまく立ち回れていればどうにかできた気がする。
――いや、ある。
いまからでも彼女を助けられる手段が、透には。
やせ細った女性の横たわるベッドに歩み寄る。
そっとその手を握った。
(オフィス……さん。居ますか?)
『あら、早速のご指名ね! いいわよん、トールちゃんは誰をどうしたいのかしら?』
(この女性を……シェリアさんを、蘇生させられますか)
『任せてちょうだい』
ウィルに乱発はするなと言われたばかりだが、彼女を助けられなかったのもこちらに責任がある。
これくらいはさせてもらいたい。
オフィスとのやり取りを終えると、シェリアの身にまとわりついたのは勝宏の時とはうってかわって、白いもやだった。
男女で違うのか、転生者と現地の人とで違うのか分からないけど、これなら死霊術だと勘違いされることはなさそうだ。
もやが晴れて、眠る彼女の胸はわずかに上下し始めた。
「え……、シェリア、さん……?」
こちらを睨んでいたグレンが、慌てて彼女の顔を覗き込む。
呼吸を取り戻したことに気付いた彼は、部屋から駆け出していった。
医者を呼びに行ったのかもしれない。
「い、今のは……」
「蘇生、魔法……?」
詩絵里とマリウスが、口々に驚愕の声を漏らした。
「ど、ど、どういうことですか? 透さんそんなの使えまし――」
思わず素で訊ねかけたルイーザの口が、詩絵里の手によってとっさにガードされる。
「さ……、さすが透く……透ちゃんね! まだ実験段階でしかなかった治癒の魔法を、こんな土壇場で成功させちゃうなんて! 成功率のとっても低い魔法なのに、透ちゃんは強運よ」
透のやらかしにこじつけを付与してくれるのはやはり詩絵里である。
これ以上後手に回れば蘇生のタイミングを逸する可能性もあったとはいえ、同席したマリウスたちへの言い訳を用意しないうちからオフィスの力を使うのは軽率だった。
詩絵里の台詞から、マリウスが考えるようなしぐさを見せる。
「チョコレートの製法といい、トールの実家はさぞ名のある家だったのだろうな。
僕でもまだ成しえなかった治癒魔法の開発を、ここまで進めていたなんて……」
「ああ……死者さえ蘇らせるほどの治癒魔法……まるで聖女じゃないか。
マリウス、君が彼女と婚姻を結べていれば、この魔法都市の技術も一段と向上するだろうに。惜しいね、本当に」
そういえば、門の魔法結界を開発したのもこの街の技術者という話だった。
透が蘇生魔法を使ったことそのものから、少しだけ話が逸れてきている。
「どうやって開発したのか、僕の研究している病を治す魔法には一体何が足りないのか、トールに話を聞きたいところだが――」
「もちろんだけど、これも企業秘密ですからね」
マリウスの言葉に継ぐように、詩絵里が釘を刺す。
「ああ、だろうと思ったよ。だがこれで、治癒魔法というものが不可能でないことは証明された。早速帰って研究再開だ」
研究者魂に火が付いたらしい。
それだけ言うとマリウスはデヴィッドの腕を掴んで、急ぎ足で診療所から出て行ってしまった。
「……さて、透くん」
はい。事情聴取の時間ですね。
女の姿では話すことができないので、詩絵里の視線にさっとメモ帳とペンを取り出してみせる。
「よろしい。まず大前提として、この世界に治癒魔法や蘇生魔法の類が存在しないことは話したわね」
頷きを返す。
回復は基本的にポーション類を使うと伺いました。
「マリウスや以前会った転生者ドクターさんみたいに、治癒系の魔法を開発しようと試みている人は少なくないわ。
現地人だけでなく、転生者もよ。わかるわね?」
「魔法開発チート持ちの転生者でさえ、治癒回復系の魔法は作れないんです。
転生者が使う転移で日本に行けないのと同じで」
詩絵里に続き、詩絵里の手から解放されたルイーザも詰め寄ってきた。
メモ帳に、ウィルと同種族の存在と新たに契約して回復魔法系のスキルを得たことを書き記して見せる。
とっさに現地の誰かに見られてもいいように、書いた一文は日本語だ。
「……そう。詳細は宿に帰ったら聞くとして、まずは方針よ。
この魔法は、使えば使うほど絶対に目立つわ。
転生者ゲーム上、安全面を考えるとメリットも大きいから、使うなとは言わないけど……口裏は合わせてもらうわよ」
無論、透に否やはない。
勝宏をはじめとする、皆の役に立てるようにと使用を決めたのだ。
メンバーが危機に瀕した時を除いて、運用方法は基本的に詩絵里に任せたいと思う。
「いいわね? この魔法は、透くんのオリジナル魔法であり……私たちの間でのみ術式が共有されていて、現状透くんしか適性のある使い手がいない。
使って絶対に成功するとは限らず、消費MPも非常に高い。説明を求められたらこういう”事情”を話すわ」
使うのはMPではなく生命力だが、対価が大きいという意味ではあたらずといえども遠からず、といったところか。
捏造された事情とはいえ実情と結構近い。
「勝宏くんは……もしかして、このスキルで助けたの?」
続けて問われた言葉に、再び首肯した。
「ゲームのポイント化さえ修復してしまうレベルの回復魔法……透くんさえ無事なら、私たちの安全は確約されたようなものね。
今後の転生者ゲームにおいて、透くんは生命線だわ」
「うーん……話が大きくなってきましたけど……透さんにリセットリング装備させても効果なさそうですし、こうなるとますます拠点が欲しいですよねえ。
転生者が入ってこれない拠点で透さんに待機してもらえれば、私たちがいくら外で死にかけても助けてもらえますし」
「ポイント化も防ぐっていうのが知れたら、転生者全員で透くんの争奪戦が始まるわよこれ。拠点が急務になってきたわね……」
詩絵里とルイーザの会話に思わず身震いする。
チートスキルを持ち、一般の冒険者と比べて命の危険が少ない転生者の最も懸念すべき事項はゲーム敗北によるポイント化。
これだけは勝宏や詩絵里、ルイーザに限った話ではなく、全転生者が危惧するところだ。
その懸念を解消できる魔法の使い手が透だけ、となると、転生者にとっては日本とこちらの世界を行き来できるスキルなど霞んでしまうレベルの問題だろう。
「透くん。敗北した転生者は、その人単独で身内に引き入れる契約書が交わせない限りは助けないことよ。
周囲に他の転生者の目がないことを確認して、そのうえで契約書を交わして。
安全を確保できなければ見捨てなさい。
現地人はいくら助けても弁明のしようはあるけど、転生者のポイント化だけはどう言い訳したって狙われるわ」
役に立とうとしたはずが、大きな爆弾を抱えてきてしまったのかもしれない。
だが、彼女の病が悪化している原因は早くに突き止められていたのに、スタンピード問題が急務となってしまったがために後手に回った――というのは、もっと透がうまく立ち回れていればどうにかできた気がする。
――いや、ある。
いまからでも彼女を助けられる手段が、透には。
やせ細った女性の横たわるベッドに歩み寄る。
そっとその手を握った。
(オフィス……さん。居ますか?)
『あら、早速のご指名ね! いいわよん、トールちゃんは誰をどうしたいのかしら?』
(この女性を……シェリアさんを、蘇生させられますか)
『任せてちょうだい』
ウィルに乱発はするなと言われたばかりだが、彼女を助けられなかったのもこちらに責任がある。
これくらいはさせてもらいたい。
オフィスとのやり取りを終えると、シェリアの身にまとわりついたのは勝宏の時とはうってかわって、白いもやだった。
男女で違うのか、転生者と現地の人とで違うのか分からないけど、これなら死霊術だと勘違いされることはなさそうだ。
もやが晴れて、眠る彼女の胸はわずかに上下し始めた。
「え……、シェリア、さん……?」
こちらを睨んでいたグレンが、慌てて彼女の顔を覗き込む。
呼吸を取り戻したことに気付いた彼は、部屋から駆け出していった。
医者を呼びに行ったのかもしれない。
「い、今のは……」
「蘇生、魔法……?」
詩絵里とマリウスが、口々に驚愕の声を漏らした。
「ど、ど、どういうことですか? 透さんそんなの使えまし――」
思わず素で訊ねかけたルイーザの口が、詩絵里の手によってとっさにガードされる。
「さ……、さすが透く……透ちゃんね! まだ実験段階でしかなかった治癒の魔法を、こんな土壇場で成功させちゃうなんて! 成功率のとっても低い魔法なのに、透ちゃんは強運よ」
透のやらかしにこじつけを付与してくれるのはやはり詩絵里である。
これ以上後手に回れば蘇生のタイミングを逸する可能性もあったとはいえ、同席したマリウスたちへの言い訳を用意しないうちからオフィスの力を使うのは軽率だった。
詩絵里の台詞から、マリウスが考えるようなしぐさを見せる。
「チョコレートの製法といい、トールの実家はさぞ名のある家だったのだろうな。
僕でもまだ成しえなかった治癒魔法の開発を、ここまで進めていたなんて……」
「ああ……死者さえ蘇らせるほどの治癒魔法……まるで聖女じゃないか。
マリウス、君が彼女と婚姻を結べていれば、この魔法都市の技術も一段と向上するだろうに。惜しいね、本当に」
そういえば、門の魔法結界を開発したのもこの街の技術者という話だった。
透が蘇生魔法を使ったことそのものから、少しだけ話が逸れてきている。
「どうやって開発したのか、僕の研究している病を治す魔法には一体何が足りないのか、トールに話を聞きたいところだが――」
「もちろんだけど、これも企業秘密ですからね」
マリウスの言葉に継ぐように、詩絵里が釘を刺す。
「ああ、だろうと思ったよ。だがこれで、治癒魔法というものが不可能でないことは証明された。早速帰って研究再開だ」
研究者魂に火が付いたらしい。
それだけ言うとマリウスはデヴィッドの腕を掴んで、急ぎ足で診療所から出て行ってしまった。
「……さて、透くん」
はい。事情聴取の時間ですね。
女の姿では話すことができないので、詩絵里の視線にさっとメモ帳とペンを取り出してみせる。
「よろしい。まず大前提として、この世界に治癒魔法や蘇生魔法の類が存在しないことは話したわね」
頷きを返す。
回復は基本的にポーション類を使うと伺いました。
「マリウスや以前会った転生者ドクターさんみたいに、治癒系の魔法を開発しようと試みている人は少なくないわ。
現地人だけでなく、転生者もよ。わかるわね?」
「魔法開発チート持ちの転生者でさえ、治癒回復系の魔法は作れないんです。
転生者が使う転移で日本に行けないのと同じで」
詩絵里に続き、詩絵里の手から解放されたルイーザも詰め寄ってきた。
メモ帳に、ウィルと同種族の存在と新たに契約して回復魔法系のスキルを得たことを書き記して見せる。
とっさに現地の誰かに見られてもいいように、書いた一文は日本語だ。
「……そう。詳細は宿に帰ったら聞くとして、まずは方針よ。
この魔法は、使えば使うほど絶対に目立つわ。
転生者ゲーム上、安全面を考えるとメリットも大きいから、使うなとは言わないけど……口裏は合わせてもらうわよ」
無論、透に否やはない。
勝宏をはじめとする、皆の役に立てるようにと使用を決めたのだ。
メンバーが危機に瀕した時を除いて、運用方法は基本的に詩絵里に任せたいと思う。
「いいわね? この魔法は、透くんのオリジナル魔法であり……私たちの間でのみ術式が共有されていて、現状透くんしか適性のある使い手がいない。
使って絶対に成功するとは限らず、消費MPも非常に高い。説明を求められたらこういう”事情”を話すわ」
使うのはMPではなく生命力だが、対価が大きいという意味ではあたらずといえども遠からず、といったところか。
捏造された事情とはいえ実情と結構近い。
「勝宏くんは……もしかして、このスキルで助けたの?」
続けて問われた言葉に、再び首肯した。
「ゲームのポイント化さえ修復してしまうレベルの回復魔法……透くんさえ無事なら、私たちの安全は確約されたようなものね。
今後の転生者ゲームにおいて、透くんは生命線だわ」
「うーん……話が大きくなってきましたけど……透さんにリセットリング装備させても効果なさそうですし、こうなるとますます拠点が欲しいですよねえ。
転生者が入ってこれない拠点で透さんに待機してもらえれば、私たちがいくら外で死にかけても助けてもらえますし」
「ポイント化も防ぐっていうのが知れたら、転生者全員で透くんの争奪戦が始まるわよこれ。拠点が急務になってきたわね……」
詩絵里とルイーザの会話に思わず身震いする。
チートスキルを持ち、一般の冒険者と比べて命の危険が少ない転生者の最も懸念すべき事項はゲーム敗北によるポイント化。
これだけは勝宏や詩絵里、ルイーザに限った話ではなく、全転生者が危惧するところだ。
その懸念を解消できる魔法の使い手が透だけ、となると、転生者にとっては日本とこちらの世界を行き来できるスキルなど霞んでしまうレベルの問題だろう。
「透くん。敗北した転生者は、その人単独で身内に引き入れる契約書が交わせない限りは助けないことよ。
周囲に他の転生者の目がないことを確認して、そのうえで契約書を交わして。
安全を確保できなければ見捨てなさい。
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