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章1

好きな人の好きな人の話を聞いている気分の好きな人とかいうゲシュタルト崩壊(1)

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 グレンが連れてきた医者によって、シェリアの蘇生が正式に確認された。

 母の死に錯乱して診療所を飛び出していっていたらしいシャルマンは呼び戻され、半信半疑でシェリアと再会したようだ。

 とりあえず、これでシャルマンのヤンデレ化は事前に防ぐことが可能なはず。

 賢者の石に関しては、攻略もなにもなくなってしまった以上、出現することはないだろう――と思っていたが、シェリアを復活させた聖女として紹介された透はシャルマンに懐かれる結果となった。

 シャルマンとシェリアに連れられて彼らの自宅へ向かっている途中、フランクと出会い、なんと彼から直接賢者の石を譲ってもらえたのである。

 シャルマンの早期攻略とスタンピードの事前解決。
 協力の礼だと言って無造作に手渡されたのだ。

 なんでも、透が診療所でシェリアの蘇生をしていたあたりのタイミングでフランクの元へクリア報酬の賢者の石が出現したのだという。

 ガチャの存在しないこの世界でガチャ石を持っていても意味がないのでアクセサリーにでも使ってくれ、と虹色の鉱石が透の手元に転がってきた。

 考えてみれば、透はこの世界の住民ではない。

 透がゲームをクリアしたところで、透にクリア報酬が降ってくるわけではないだろう。

 フランクが賢者の石に興味を持っていなくてよかったと思う。



 しかし、これで賢者の石を入手することはできた。

 拠点ダンジョンはまだ見つけられていないが、ダンジョンの入り口代わりに設置する転移アイテムの必要素材はあと世界樹の種、エリクサー、ギベオンの三つとなる。

 ここでエリクサーに関して、シャルマンとグレンから有力な情報を聞き出すことができた。

 大陸東部に、神の御業で薬品類をあっという間に作り出してしまう少女がいる。

 その薬品類というのは、薬であれば制限なく作成することができるらしい。

 塗り薬や飲み薬はもちろん、顆粒タイプでも錠剤でも、下級ポーションでも伝説の秘薬でも……「実在するもの」であればなんでも生み出せるのだそうだ。

 エリクサーは本来、この世界のエルフと呼ばれる種族が森の奥深くで長い年月をかけてひっそりと作成するもの。

 それを一瞬で作り出せるというのだから、その少女は十中八九転生者だろう。

 彼女はそれらを教会経由で売っているようなので、本人に接触する必要はない。

 販売されている町まで赴けばいいのだ。

 まあ、販売されている町、がまずその少女の行動範囲である可能性は高いが……あちこちに転生者のいるこの世界でそれを気にするのも今更である。

 宿に戻って出立準備を整える。

 勝宏の目が覚めたら、早速次の町だ。

 女性メンバーがいったん部屋に戻り、透は勝宏の眠るベッドサイドで木椅子に座る。

 なにをするでもなく、呼吸のたびに上下する彼の胸板をじっと見つめているだけ。

 この世界が、皆が、勝宏が、全部にせもので作りものだなんて、こういうところを見ているといまだに信じられない気持ちになる。

 ふと、寝息を立てていた勝宏の呼吸が潜められた。

 次の瞬間、彼ががばっと身を起こして、隣に座っていた透を見つける。

「透! ……ごめん!」

 一瞬の早業であった。

 動体視力のきたえられていない透には垂直に跳ねたとしか思えない速さで、勝宏はそのままベッドの上で土下座した。

「ま、勝宏……えっと、目が覚めてよかっ」

「それより透、俺……! 透に、無理やり……その」

 何か話したいことがあるらしい。

 言葉を引っ込めて勝宏に譲ると、彼が土下座したままもごもごと話し始めた。

「お、俺……寝ながら、姫、あ、あいつを……昔好きだったやつをめちゃくちゃにする夢、すごい久しぶりに見て……」

 変な夢を見て飛び起きた、みたいな話だろうか。

「あ、あれ、あれは、夢じゃ、なくて……同じことを、透に」

 ……うん?

 ちょっと待て、何か重要な部分を聞き流してしまった気がする。

 彼が見たのは昔好きだった人の夢。
 その人相手に夢の中でやろうとしたことを、寝ぼけて透にやってしまった、と思い込んでいる?

「ごめん……、意識は、あったんだ。体動かなくて、気付いたら俺が出したものでぐちゃぐちゃになってる透の髪を掴んでて」

 そこまで言われてやっと、彼の言わんとすることの全貌がつかめた。

 勝宏は、”そういう”夢を見たらしい。

 そして先ほど、アリアルに体を支配されていたタイミングで不幸にも一度意識を取り戻し――。

「まるで無理やり、くわえさせたみたいな」

 透を強姦したと思い込んだ、と。

 厳密には強要したのはアリアルであって、勝宏の意思ではないし、なにより頭がぼうっとしていた透が抵抗せずに言われるままああいう行為に至ってしまったのも悪かった。

 勝宏が気に病むことではない。

「ごめん! 絶対手出さないって言ったのに……」

 けども、気にしてしまうのが勝宏か。

 わずかな逡巡ののち、透は彼のベッドに移動して腰かけた。

「勝宏、あの……俺、何もされてないよ」

「え?」

 さて、詩絵里の援護射撃なしでどこまで誤魔化せるか。

 彼女を呼んできて事情を説明して誤魔化してもらうのは、あまりにも現実的でない。

 ここは透が頑張らなければならないところである。

「変な夢見ちゃったんだよね? 俺はずっと詩絵里さんたちと一緒にいたから、勝宏が言ってるのはたぶん、夢だよ」
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