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章1
推しの居る世界こそ楽園(2)
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「え、こマ? この紅茶、ルリシアのストロベリーフレーバーじゃん!」
透が両手に抱えたトレイからただよってきた香りを、そのご令嬢は正確にかぎとって歓声を上げた。
見た目はおしとやかで可憐なイメージの少女だったが、喋り方がもう完全に現代の女子高生である。
「えっと……」
そして、透が女性の中でもっとも苦手とする部類、いわゆる陽キャの気配がする。
ものすごく。
おそるおそる彼女の前に紅茶のカップを差し出して、ティーポットからお茶をつぐ。
「あたしルリシアの紅茶大好きだったんだ! まさかこっちでまた飲めるなんて……」
詩絵里とルイーザにもお茶を出し、その場に透もお邪魔する。
女性の部屋に長居するのは気が進まないが、「透くんも合わせて4人分のお茶」と言われたからには同席すべきなのだろう。
「ありがと、透くん。もう分かるでしょうけど、この子も転生者よ」
じゃあ、まさかこの人が薬を作るスキルを持った女の人?
訊ねる前に、JK令嬢が口を開いた。
「あたしはこの街の流通を任されているカノン・トーリュウジ。ここはちょっと特殊でね、平民貴族問わず8割くらいの住民が、日本っぽい家名を持ってるんだ」
「私たちのことはざっくり説明してるわ。四人組の転生者パーティーであること、うちひとりは拠点の防衛に残してきてること、回復魔法研究の一環でエリクサーが欲しいこと……話したのはこれくらいね」
詩絵里がさらっと、偽装情報を提供してくれた。
二点目以外は全部虚偽内容である。
「そうそう、詩絵里には言ったんだけど、あたしは薬作れる”神子様”じゃないよ。あたしのスキルは<交渉>。詳細はヒミツだけど、まあ交渉事がうまくいきやすくなる的な」
「私たちが探している、薬を作る”神子”は別にいるわ。カノンはその神子に直接取引を持ち掛けて、この国での薬の販売に手を入れた――商人みたいなもんね」
その説明ではカノンが機嫌を損ねるのでは、と思わないでもなかったが、詩絵里の言葉に当の本人も頷いている。
詩絵里への自己紹介の際、彼女自身がそう名乗ったのかもしれない。
「流通を管理している貴族に娘がーって話したでしょ? その娘さんっていうのが、カノンだったのよ。日本の安いアクセサリーが珍しがられるわけないわよね」
「まあある意味興味は持ってくれましたよね。それで、日本製品を仕入れられるのは誰だって別室で呼び出されて、あなたが直接宿に来るなら会わせますよーって言って連れてきたんです」
貴族相手にそっちが訪問しろとは、二人とも、中身が日本人と分かると躊躇いないな。
そして、透が定期報告に来るのを待っていたというわけだ。
「カノンからの要望を透くんに伝える。その代わり、透くんと会ってから24時間はお互いに手を出さない……契約書また使うはめになったわよ。さすがに専門のスキル持ちにそれ以上の交渉を持ち掛ける気は起きなかったわ」
今回、透や勝宏はその契約のマジックアイテムには署名をしていない。
つまり透からは、カノンへは攻撃が可能ということになる。
透が戻ってきてからでないと話ができないのに、よくその条件で単身宿に待とうというつもりになったものである。
「あたしが聞きたいのは、日本製品を持ってくるスキルのこと。ドチャクソ高いポイント払って手に入る<ショップ>ってスキルあるじゃない。えーっと、透さん? はそのショップスキル持ちなの?」
「え、ええと……」
以前ルイーザに偽りのスキル内容を説明したことがあったが、あれと同じ設定で行くべきなんだろうか。
ポイントさえ貯めてしまえば誰でも取れるショップスキルであるとしてしまうのはまずい気がする。
迷っていると、詩絵里が助け船を出してくれた。
「カノンはどうしてそれを知りたいの? 私てっきり、日本のお菓子とかをいくらか融通してくれみたいな交渉が始まるかと思ってたんだけど」
「そりゃもちろん、そういう話もしたいけどさ。
回答如何ではショップスキルとるかどうか迷うじゃん? たとえばこのルリシアの紅茶、通販サイトでは売ってないんだよね。店舗限定。
そういうのもショップスキルで買えるのか、それとも通販サイトにありそうなものしか買えないのか……あたし的にはそこが重要っていうか」
そういうことか。
であればなおさら、ショップスキルであると肯定するとあとあと嘘が発覚することになりそうだ。
意を決して、以前の設定を引っ張り出すことにする。
「そ、そうですか。すみませんでも、これはショップスキルじゃないんです」
初対面の陽キャ女子高生相手に、嘘の内容を説明。透にできるだろうか。
「えっと……に、日本の自宅に転移できる、スキルで」
「え、自宅? 家に帰れるの!」
ああ、それは確か家とショッピングセンターの二か所にのみ転移できるみたいな設定で。
そこから外に出ることはできないみたいな設定で。
「仕方ないわね。このパーティーのトップシークレットなんだから、誰にも言わないでよ。
……家にっていうか、透くんのスキルは本人限定で、「日本の自宅」か「ショッピングセンター」かのどっちか二択で転移できるのよ。
最初は一択だったんだけど、スキル成長で増えたわ」
透が泡を吹き始める前に、詩絵里があとを継いでくれた。
すみません、最近役に立ってるかもとか調子に乗りました。
いつもお世話になっています。
「現状、その二択でしか転移ができない上に、屋内から出ることはできないわ。だから日本に戻れる、とはちょっといいにくわね。引きこもり生活くらいならできるかもしれないけど」
「おおお……てことはテレビとかゲームとかも?」
「玄関の扉を開けることができないから、通販は無理よ。転生前に用意していたゲーム、転生前に契約していたネットや電気、テレビなんかは大丈夫みたい。お金の調達についてはさすがに企業秘密ね」
詩絵里が喋ると、本当にそういうスキルがあるみたいに聞こえてくる。
口の上手さが透と比べるまでもなく雲泥の差だ。
これでスキルが詐術系じゃないっていうんだからもう七不思議である。
「ははあ、ちなみにそのスキルの名称とかは?」
「スキル名は<帰還>よ。ポイント交換所のスキル一覧にはないから、後天取得は無理ね」
だめもとで訊ねたカノンが、詩絵里の言葉で撃沈した。
彼女の中身がいくつなのかは知らないが、もし最初に感じた印象通りに学生さんだったなら、自宅には両親や兄弟がいるだろう。
会いたいと思うこともあるのかもしれない。
透が両手に抱えたトレイからただよってきた香りを、そのご令嬢は正確にかぎとって歓声を上げた。
見た目はおしとやかで可憐なイメージの少女だったが、喋り方がもう完全に現代の女子高生である。
「えっと……」
そして、透が女性の中でもっとも苦手とする部類、いわゆる陽キャの気配がする。
ものすごく。
おそるおそる彼女の前に紅茶のカップを差し出して、ティーポットからお茶をつぐ。
「あたしルリシアの紅茶大好きだったんだ! まさかこっちでまた飲めるなんて……」
詩絵里とルイーザにもお茶を出し、その場に透もお邪魔する。
女性の部屋に長居するのは気が進まないが、「透くんも合わせて4人分のお茶」と言われたからには同席すべきなのだろう。
「ありがと、透くん。もう分かるでしょうけど、この子も転生者よ」
じゃあ、まさかこの人が薬を作るスキルを持った女の人?
訊ねる前に、JK令嬢が口を開いた。
「あたしはこの街の流通を任されているカノン・トーリュウジ。ここはちょっと特殊でね、平民貴族問わず8割くらいの住民が、日本っぽい家名を持ってるんだ」
「私たちのことはざっくり説明してるわ。四人組の転生者パーティーであること、うちひとりは拠点の防衛に残してきてること、回復魔法研究の一環でエリクサーが欲しいこと……話したのはこれくらいね」
詩絵里がさらっと、偽装情報を提供してくれた。
二点目以外は全部虚偽内容である。
「そうそう、詩絵里には言ったんだけど、あたしは薬作れる”神子様”じゃないよ。あたしのスキルは<交渉>。詳細はヒミツだけど、まあ交渉事がうまくいきやすくなる的な」
「私たちが探している、薬を作る”神子”は別にいるわ。カノンはその神子に直接取引を持ち掛けて、この国での薬の販売に手を入れた――商人みたいなもんね」
その説明ではカノンが機嫌を損ねるのでは、と思わないでもなかったが、詩絵里の言葉に当の本人も頷いている。
詩絵里への自己紹介の際、彼女自身がそう名乗ったのかもしれない。
「流通を管理している貴族に娘がーって話したでしょ? その娘さんっていうのが、カノンだったのよ。日本の安いアクセサリーが珍しがられるわけないわよね」
「まあある意味興味は持ってくれましたよね。それで、日本製品を仕入れられるのは誰だって別室で呼び出されて、あなたが直接宿に来るなら会わせますよーって言って連れてきたんです」
貴族相手にそっちが訪問しろとは、二人とも、中身が日本人と分かると躊躇いないな。
そして、透が定期報告に来るのを待っていたというわけだ。
「カノンからの要望を透くんに伝える。その代わり、透くんと会ってから24時間はお互いに手を出さない……契約書また使うはめになったわよ。さすがに専門のスキル持ちにそれ以上の交渉を持ち掛ける気は起きなかったわ」
今回、透や勝宏はその契約のマジックアイテムには署名をしていない。
つまり透からは、カノンへは攻撃が可能ということになる。
透が戻ってきてからでないと話ができないのに、よくその条件で単身宿に待とうというつもりになったものである。
「あたしが聞きたいのは、日本製品を持ってくるスキルのこと。ドチャクソ高いポイント払って手に入る<ショップ>ってスキルあるじゃない。えーっと、透さん? はそのショップスキル持ちなの?」
「え、ええと……」
以前ルイーザに偽りのスキル内容を説明したことがあったが、あれと同じ設定で行くべきなんだろうか。
ポイントさえ貯めてしまえば誰でも取れるショップスキルであるとしてしまうのはまずい気がする。
迷っていると、詩絵里が助け船を出してくれた。
「カノンはどうしてそれを知りたいの? 私てっきり、日本のお菓子とかをいくらか融通してくれみたいな交渉が始まるかと思ってたんだけど」
「そりゃもちろん、そういう話もしたいけどさ。
回答如何ではショップスキルとるかどうか迷うじゃん? たとえばこのルリシアの紅茶、通販サイトでは売ってないんだよね。店舗限定。
そういうのもショップスキルで買えるのか、それとも通販サイトにありそうなものしか買えないのか……あたし的にはそこが重要っていうか」
そういうことか。
であればなおさら、ショップスキルであると肯定するとあとあと嘘が発覚することになりそうだ。
意を決して、以前の設定を引っ張り出すことにする。
「そ、そうですか。すみませんでも、これはショップスキルじゃないんです」
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「えっと……に、日本の自宅に転移できる、スキルで」
「え、自宅? 家に帰れるの!」
ああ、それは確か家とショッピングセンターの二か所にのみ転移できるみたいな設定で。
そこから外に出ることはできないみたいな設定で。
「仕方ないわね。このパーティーのトップシークレットなんだから、誰にも言わないでよ。
……家にっていうか、透くんのスキルは本人限定で、「日本の自宅」か「ショッピングセンター」かのどっちか二択で転移できるのよ。
最初は一択だったんだけど、スキル成長で増えたわ」
透が泡を吹き始める前に、詩絵里があとを継いでくれた。
すみません、最近役に立ってるかもとか調子に乗りました。
いつもお世話になっています。
「現状、その二択でしか転移ができない上に、屋内から出ることはできないわ。だから日本に戻れる、とはちょっといいにくわね。引きこもり生活くらいならできるかもしれないけど」
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詩絵里が喋ると、本当にそういうスキルがあるみたいに聞こえてくる。
口の上手さが透と比べるまでもなく雲泥の差だ。
これでスキルが詐術系じゃないっていうんだからもう七不思議である。
「ははあ、ちなみにそのスキルの名称とかは?」
「スキル名は<帰還>よ。ポイント交換所のスキル一覧にはないから、後天取得は無理ね」
だめもとで訊ねたカノンが、詩絵里の言葉で撃沈した。
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