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章1

幕間 【ひとりぼっちの誰かの話:呪縛】 (1)

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「やあイグニス、最近楽しそうだね」

 日本で飲んで転移で国外のねぐらに帰る。
 ここしばらくのルーチンだったそれの帰りに、持たされていた通信機へ連絡が入った。

 指定された場所へ向かってみると、そこに居たのは現在の同僚ひとりだ。

「ライズか」

 フィオリア・カルテルは、日本渡航を目的としていた俺を雇い入れてくれたメキシコのいち組織である。

 潜入や情報収集能力に長けているからといっても、こちらに来たばかりの俺にはまずこの世界の常識というものが欠けていた。

 たとえばこの世界、各国で使われている言語があまりにも多種多様すぎる。

 自分が最初にたどりついた国、イタリアでは、こういった非合法の行為を重ねながら裏で生きているものをマフィア、ファミリーと呼ぶ。
 中国でのマフィアはヘイシャーホェイ、ひとつのまとまりを”バン”という。
 同じく日本のマフィアはヤクザ、ひとつのまとまりは”組”だ。

 そういう初歩的な基礎知識から、元の世界にはなかった銃火器などの扱いまで教え込んでくれたのが、フィオリアのキャンプだった。

 組織のトップが元特殊部隊ということもあり、設立初期から結構な戦闘力を持った組織だったらしい。

 麻薬密売によって収益を上げ、自分が拾ってもらったのはちょうど下位組織として「資金担当」「情報収集・暗殺担当」などなどが作られている最中だった。

 俺はその下位組織のひとつに所属していることになっている。

 今では拡大が続き、とうとう一国を相手取って喧嘩を吹っ掛けることができるレベルの軍事力を保持するようになった。

「販路交渉の方から話が回ってきたんだがね、どうもいま、日本の登道会、矢渡組、角南組が友好関係を築いて、香港の空地会と揉めてるって話だ」

「……矢渡?」

「ああ。今回ウチは漁夫の利狙いだな。空地会のマネーロンダリングやってる組織が角南なんだが、日本の福庭会の金融屋をやってるのが矢渡だ。両者が疲弊したところに横からズドン」

 聞き覚えのありすぎる名前に耳を疑っている俺をよそに、ライズの話は進んでいく。

「――っていきゃ話は早いが、あちらさんからの要望的にはそうもいかねえからな。ちっと面倒だが、基本は角南狙い。空地会のが優勢なら矢渡狙いでお宝を確保、その後傷を負った空地会を始末ってところだな」

 このご時世、電子じゃ足がつきやすい。
 金融屋のポジションを取っている組は、基本アナログと現物で処理をしているはずだ。

 となると矢渡も角南も、蓋を開ければ輝く財宝の山が顔を出す宝物庫のようなもの。
 宝物庫の扉の鍵は、頭かその愛人が握っているのだろう。

「空地会はロスの恨みを買った。どう転んでも空地会と角南は始末決定ってわけだ。お仕事だ、イグニス」

 日本人の苗字は多いが、同じファミリーネームを持つ世帯も山とある。
 あいつとは別の家だろう。

 どうかしたかい? と首を傾げる同僚へ、表情を変えないよう、訊ねる。

「矢渡の頭ってのは……」

「あー、リストに載ってんのは矢渡藤次と矢渡純寅だな。純寅の方はもう隠居する歳だろ」

「殺害リストか?」

「いや、監視リストの方。ま、空地会との抗争の結果によっちゃ殺害リストに加わるかもしれないが」

 フルネームで聞いてしまって、思わずリストの確認をする。
 なんでおまえはまた、今回も面倒ごとに巻き込まれてんだヤクモ。

 空地会ならびに角南が負ければ、矢渡組は監視リストのまま保留。

 とはいえ指示は基本、両者を争わせて疲弊まで待ってからの行動。
 こちらが勝手に角南側をつつけば、疑いの目を向けられてしまうだろう。

「了解」

「詳細はプリントアウトしてるけど、バックアップとしてUSBも入れてるから後で確認しといてくれ」

 書類とUSBメモリの入った封筒を受け取りながらも、頭の中はめまぐるしく選択肢を精査し始める。

 あいつ一人だけを逃がすのか? どうやって?

 今、あいつが守りたいものは少なくとも二つある。
 妻と子供。
 俺の契約で運べるのは、契約した一人だけだ。

 血のつながった子供なら、契約時に権利を譲渡すればどうにかなるかもしれないが。
 俺が救いたいのはトージただ一人なのだ。

 あいつが今生も「運命の子」であることは間違いない。
 魂を取るまでもなく、軽微な契約だけで転移能力を使わせることはできるだろう。

 が、彼の妻子はどうだろうか。都合よく一家全員が特殊体質である可能性は限りなく低い。
 特殊体質でない人間と契約しようものなら、その命を奪い尽くすのとなんら変わりない代償が必要になってしまう。

 カルテルは執念深い組織だ。
 一度目をつければ、世界中の末端組織の連中がリストに載ったものを狙ってくる。

 自分の力で、武装した連中を殺して回ることはできる。
 イグニス・ファトゥスの能力ともともと持っていた暗殺技術、銃火器の技術。
 これだけあれば不可能ではない。

 だが、時間がない。
 組織内部に居る自分でさえ、今からすべての末端組織、すべての構成員の所在地を洗い出して一人一人頭を撃ち抜いていくのは――不可能だろう。




「由季が帰ってくるんだ。一緒に空港まで迎えに行こう」

 金曜日、いつもの時間。
 酒場の駐車場前で待ち合わせていた俺に、やってくるなりトージはそう声をかけた。

「いやなんで俺がおまえの嫁さん迎えに行くんだよ。そこは俺じゃなくて、子供連れてけよ」

「帰ってくるの、深夜の便なんだ。透はまだそんな時間まで起きていられないし。それに、ウィリーのこと由季にも紹介したいから!」

 普段は車など乗ってこないくせに、今日に限って自分の車でここまで来たのはそういうことだったらしい。

「だってウィリーは俺の……えっと、あれ? なんだっけ」

「なんだ、もうボケてきてんのか?」

 しかし、紹介といったって、こいつ俺のことをどう話すつもりなのだろう。
 昔海外でひっかけた男ですとでも言う気か。

「んー。なんていうか、しっくりくる言葉が見つからないんだ。知り合い? 友達? もっと……大切な……初恋の人……じゃないけど……なんか、そんな感じの……」

「……師匠と弟子」

「あ! 俺の先生! ……って、日本語教えてんのは俺の方じゃん。でも俺の生徒……は違う……」

「ああもう、なんでもいいだろ。分かった。ついてきてやるから」

 なんとなしに口をはさむものじゃなかった。
 面倒な話になる前に、彼の要望を呑んでやることにする。

「やった! じゃあどうぞ、助手席へ」

「隣は嫁乗せた方がよくないか」

「そう?」
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