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章1
幕間 【どこかの世界の誰かの話:望郷】 (2)
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自分の仕事はもともと、情報収集だ。
隠密、草、影、そんな呼ばれ方をする諜報活動の立場にある。
こんな仕事をしているのだから、そういう方面の知識もないわけではない。
やれと言われれば男でも女でも篭絡してみせるのが、自分のような者のありかたなのだろう。
頭で理解してはいても、いまさら生娘かというほど躊躇してしまっている自分がいる。
「おっかえりー! 仕事って闇目関係? おれ要る?」
「いや、別件だ。おまえは」
やることはだいたい頭の中にある。
思い悩みながらもヤクモの部屋に向かってしまったのは、社畜根性が染みついているだけだ。
「おれは、今日はとくに闇目の被害がないっていうから自室待機。最近減ったよなあ、最終決戦もそろそろかな?」
「さあな。ああ、それと……俺も正式におまえのパーティーに入ることになった」
ヤクモを暗黒の塔に向かわせず頑なに城を拠点にさせている理由は、レイアが彼の心を射止めるためだ。
その必要がなくなったのであれば、間もなく出立の命が下ることだろう。
「まじで! やった!」
こういう時、現在の自分のサイズ感を忘れ、ちみっこかった頃のままに抱き着いてくるヤクモが犬に思えて仕方ない。
飛びついた彼の勢いを殺しきれず、ベッドの上に二人して転倒するはめになった。
「あ、ごめん……」
「おまえの馬鹿さ加減には慣れた」
ヤクモは今、俺を押し倒した体勢でこちらの顔を覗き込んできている。
本当にこいつが、俺にそういう意味で好意を抱いているか? 試しに目の前の彼に手を伸ばし、その頬を撫でて微笑みを作る。
「もう、十五になるのか」
「え、ああ、う、うん」
彼は確かに、それらしい反応を見せてきた。
筋骨隆々の大男というわけではないが、少なくとも自分には女らしい部分などどこにもない。
同性で、自分よりも上背のある相手から少し微笑まれただけで、ヤクモはまるで絶世の美女を前にしたかのように身を固くして顔を赤らめている。
背が伸びて、声が変わってきて、喉仏もくっきりと見えるようになって。
それほど長い月日を、こいつは俺の傍で過ごしたんだ。
気の迷いに気付かないまま、ここまで来てしまっているのかもしれない。
だが、その気の迷いに気付かせてやることはできない。
勇者を繋ぎとめる楔となるのが、俺の仕事なのだから。
「まだ子供だと思っていたが……大人になったな、ヤクモ」
「あ……わ……」
「大人の遊び方、俺が教えてやるよ。酒飲みに行くか? それとも、女遊びにでも行くか」
……いっそのこと、恋愛には今は興味がないとか、未だに子供はキャベツ畑で生まれると思ってるとか、そういう理由でレイアになびかないのならどんなに良かっただろう。
「ええと……そ、そういうの、いいから、……その」
視線を泳がせながら、ヤクモがぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「キス、してみていい?」
城中のどんな女にも見向きもしなかった男が、たったこれだけで、至極簡単に俺の手の中に落ちてきた。
視線で頷いて、そっと目を閉じる。
この仕事を振られてから、ヤクモに必要以上にべたべたとスキンシップをとっていたエナもぱったりとアプローチを止めてしまった。
この数年で、闇目掃討の際に現地でそれぞれ仲間に加わった――ことになっているエナとオルグもまた、レイアの指示で動いている。
女であるエナは、レイアがヤクモを落とせなかった場合の保険として役割を担っていたのだろう。
ヤクモが男色だったというなら、オルグが代わりに保険役を担いそうなものだが。
初めからヤクモに好印象を持たれている自分が行った方が手っ取り早いという判断か、オルグが動く気配もない。
「おい」
湯浴みから戻ってきたヤクモが、髪もろくに拭かないまま襲い掛かってきた。
椅子から引き倒されて、唇が塞がれる。
こいつの風呂の時はだいたいお付きのメイドがいたはずだが、世話を振り切って部屋まで走ってきたに違いない。
「んう……、っふ、聞け馬鹿」
「やだ」
「そこにベッドあんのになんで床なんだよ、……うあっ」
本当に。ベッドは目の前である。
ていうか髪からしたたる水滴が冷たい。
服の中に差し入れられた不埒な手を叩き落として、ヤクモの体を引き離した。
「髪を拭け」
「えー」
「……拭いてやるからベッドに座れ」
いまにもいつもの行為をおっぱじめようとする彼をベッドに座らせ、タオルを持ってその背後に上がる。
短めに切られたあと再び伸び始めた、としか言いようのない髪をわしわし拭いてやった。
タオルの動きに合わせてヤクモの頭が揺れる。
「なあウィリー、なんか最近おれのこと子供扱いしてない?」
「子供とあんなことするかよ」
「そりゃそうだけど」
だいたい子供扱いされたくなけりゃ、髪くらい拭いてこい。
犬かおまえは。
「……ああでも、そうだな。初めてした時は、うわこんな子供とやっちまった、とは思った」
「なんだよそれー! たった1年前じゃん!」
思わず体ごとこちらを振り返った、その唇に軽く口付ける。
「おまえだって、思っただろ。うわこんなおっさんとやっちまったー的な」
「覚えてないよ」
自分の年齢がもうおっさんに該当するとは思っていないが、それでも彼からすれば相当に歳が離れている。
軽口のつもりだった台詞に、こちらに向き直ったヤクモがまっすぐ答える。
「あのとき、すげえ浮かれてたから、ぜんぜんおぼえてない」
隠密、草、影、そんな呼ばれ方をする諜報活動の立場にある。
こんな仕事をしているのだから、そういう方面の知識もないわけではない。
やれと言われれば男でも女でも篭絡してみせるのが、自分のような者のありかたなのだろう。
頭で理解してはいても、いまさら生娘かというほど躊躇してしまっている自分がいる。
「おっかえりー! 仕事って闇目関係? おれ要る?」
「いや、別件だ。おまえは」
やることはだいたい頭の中にある。
思い悩みながらもヤクモの部屋に向かってしまったのは、社畜根性が染みついているだけだ。
「おれは、今日はとくに闇目の被害がないっていうから自室待機。最近減ったよなあ、最終決戦もそろそろかな?」
「さあな。ああ、それと……俺も正式におまえのパーティーに入ることになった」
ヤクモを暗黒の塔に向かわせず頑なに城を拠点にさせている理由は、レイアが彼の心を射止めるためだ。
その必要がなくなったのであれば、間もなく出立の命が下ることだろう。
「まじで! やった!」
こういう時、現在の自分のサイズ感を忘れ、ちみっこかった頃のままに抱き着いてくるヤクモが犬に思えて仕方ない。
飛びついた彼の勢いを殺しきれず、ベッドの上に二人して転倒するはめになった。
「あ、ごめん……」
「おまえの馬鹿さ加減には慣れた」
ヤクモは今、俺を押し倒した体勢でこちらの顔を覗き込んできている。
本当にこいつが、俺にそういう意味で好意を抱いているか? 試しに目の前の彼に手を伸ばし、その頬を撫でて微笑みを作る。
「もう、十五になるのか」
「え、ああ、う、うん」
彼は確かに、それらしい反応を見せてきた。
筋骨隆々の大男というわけではないが、少なくとも自分には女らしい部分などどこにもない。
同性で、自分よりも上背のある相手から少し微笑まれただけで、ヤクモはまるで絶世の美女を前にしたかのように身を固くして顔を赤らめている。
背が伸びて、声が変わってきて、喉仏もくっきりと見えるようになって。
それほど長い月日を、こいつは俺の傍で過ごしたんだ。
気の迷いに気付かないまま、ここまで来てしまっているのかもしれない。
だが、その気の迷いに気付かせてやることはできない。
勇者を繋ぎとめる楔となるのが、俺の仕事なのだから。
「まだ子供だと思っていたが……大人になったな、ヤクモ」
「あ……わ……」
「大人の遊び方、俺が教えてやるよ。酒飲みに行くか? それとも、女遊びにでも行くか」
……いっそのこと、恋愛には今は興味がないとか、未だに子供はキャベツ畑で生まれると思ってるとか、そういう理由でレイアになびかないのならどんなに良かっただろう。
「ええと……そ、そういうの、いいから、……その」
視線を泳がせながら、ヤクモがぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「キス、してみていい?」
城中のどんな女にも見向きもしなかった男が、たったこれだけで、至極簡単に俺の手の中に落ちてきた。
視線で頷いて、そっと目を閉じる。
この仕事を振られてから、ヤクモに必要以上にべたべたとスキンシップをとっていたエナもぱったりとアプローチを止めてしまった。
この数年で、闇目掃討の際に現地でそれぞれ仲間に加わった――ことになっているエナとオルグもまた、レイアの指示で動いている。
女であるエナは、レイアがヤクモを落とせなかった場合の保険として役割を担っていたのだろう。
ヤクモが男色だったというなら、オルグが代わりに保険役を担いそうなものだが。
初めからヤクモに好印象を持たれている自分が行った方が手っ取り早いという判断か、オルグが動く気配もない。
「おい」
湯浴みから戻ってきたヤクモが、髪もろくに拭かないまま襲い掛かってきた。
椅子から引き倒されて、唇が塞がれる。
こいつの風呂の時はだいたいお付きのメイドがいたはずだが、世話を振り切って部屋まで走ってきたに違いない。
「んう……、っふ、聞け馬鹿」
「やだ」
「そこにベッドあんのになんで床なんだよ、……うあっ」
本当に。ベッドは目の前である。
ていうか髪からしたたる水滴が冷たい。
服の中に差し入れられた不埒な手を叩き落として、ヤクモの体を引き離した。
「髪を拭け」
「えー」
「……拭いてやるからベッドに座れ」
いまにもいつもの行為をおっぱじめようとする彼をベッドに座らせ、タオルを持ってその背後に上がる。
短めに切られたあと再び伸び始めた、としか言いようのない髪をわしわし拭いてやった。
タオルの動きに合わせてヤクモの頭が揺れる。
「なあウィリー、なんか最近おれのこと子供扱いしてない?」
「子供とあんなことするかよ」
「そりゃそうだけど」
だいたい子供扱いされたくなけりゃ、髪くらい拭いてこい。
犬かおまえは。
「……ああでも、そうだな。初めてした時は、うわこんな子供とやっちまった、とは思った」
「なんだよそれー! たった1年前じゃん!」
思わず体ごとこちらを振り返った、その唇に軽く口付ける。
「おまえだって、思っただろ。うわこんなおっさんとやっちまったー的な」
「覚えてないよ」
自分の年齢がもうおっさんに該当するとは思っていないが、それでも彼からすれば相当に歳が離れている。
軽口のつもりだった台詞に、こちらに向き直ったヤクモがまっすぐ答える。
「あのとき、すげえ浮かれてたから、ぜんぜんおぼえてない」
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