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章1
幕間 【どこかの世界の誰かの話:灯火】 (1)※
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「あれ、それおれが日本から持ってきた本……え、読んでんの? 読めんのウィリー?」
「読めねえ」
「じゃあなんで見てるんだよ」
「暇つぶしだ」
経験を重ねるごとにだんだんしつこくねちっこくなっていくセックスからようやく解放されて、俺はつい先ほどまで男を受け入れていたベッドで本のページを捲っていた。
このページで最後だ。
1ページ、目を通すのに3秒。本のページ数はたったの320。
ヤクモが風呂に行って戻ってくるまでのきっかり16分でちょうど一冊といったところか。
「おれが読み聞かせてやろっか?」
「いらん」
「またまたー。あ、そうだ。三章だったかな、たんぽぽコーヒーの作り方、挿絵付きでちゃんと載ってるんだぞ。えーと……」
「106ページ目だ」
俺の手から本を抜き取ったヤクモにそう言い添えてやると、彼は言われたとおりに106ページ目を捲った。
「ほんとだ。……って、読めてんじゃん」
「読めねえよ。飲み物の挿絵がついてるのはそこだけだろ」
「だからってページ数までは、数字が分からないと……まさかウィリー、全部覚えてんの? それを最初から数えて?」
「ああ。俺みたいな仕事してると、便利なスキルだ」
実際には、一瞬だけ見たものを覚えていられるのは一日か二日。
ほんのわずかな時間だけだ。
覚えていられるうちに何度も繰り返し思い出して、頭に焼き付けていくことで、頭の中にデータとして残る。
「スキルってったって、この世界にそういう身体能力強化~みたいなやつないじゃん。あるのはガイアと魔法だけで……」
「たまにな、そういう子供が生まれる。見たものすべてを記憶できるような……まあ、分類上は病の一種とされているが」
「なんか日本でも聞いたことある! カメラアイだったっけ、ゲームの名人とかにたまにいるって話」
「忘れられないってのは、それほどいいもんじゃないがな」
それだけ言って、ベッドに潜ろうとするヤクモの代わりにベッドから降りる。
自分もさっさと風呂に入って休もう。そう思って、ベッドの下に散らばった衣服に手を伸ばした。
浅いところに溜まっていた彼の精液が、下肢を伝う。
「うわ」
「なんだ?」
「ご、ごめん……あの……も一回、だめ?」
「……好きにしろ」
何に催したんだか知らないが、最近闇目討伐がないからって無茶しすぎじゃないか、これは。
降りたばかりのベッドの縁に膝を乗せる。
もうあと少しもすれば夜が明けてしまう。
さすがに断ってやったほうがよかったのだろうが、今はこれが自分の仕事だ。
「ウィリー、やらしい……」
背後から腕の中に閉じ込められ、尻たぶに彼の股間がぐり、と押し付けられる。
一晩で何度も発射され、かき出しすらできていないそこは女の性器のようにしとどに濡れていた。
やらしいもなにも、おまえの出したもんだからなそれ全部。
反論はベッドの中では飲み込むものだ。
本当に彼と恋仲だというならともかく、少なくとも自分にとっては勇者の夜伽を任されただけでしかないのだから。
首に噛みつかれ、彼の手が前に回される。
この一晩でさんざん強制的に絶頂に追いやられていたので、いくらなんでももう出ないだろう。
こちらの疲労などお構いなしに、無遠慮な手がそこを擦る。
「ひっ……! あ、待、ばか、あ、ん!」
だいたいおまえがヤりたいだけなんだから、俺のことなんか気にせずてきとうに突っ込んで出してりゃいいんだ。
これも口にはせず飲み込む。
いまはどのみち口を開けば嬌声にしかならないが。
「っあ、ああ……! は、あん……ああ……!」
男の上げるはしたない声にどうしたらそうも欲情できるのか、背中にぴったりくっついたヤクモは息を荒くしてがちがちに勃起させている。
「好きだ」
泣きたくなってきた。
仕事は順調そのもの、関係性も体の相性も良好、これだけ夢中になってくれているならなんの問題もないのに。
――悪いな、俺は別に好きでもなんでもないんだ。
そう返してやることがきっと、本当は彼のためなのだろう。
「あ、……っヤクモ、もっと……、いって」
後ろから穿とうとしてくる男を振り返って、その体を抱き寄せる。
快楽に溺れた自分の顔は、盲目的な恋をしている表情に見えるだろうか。
……仕事、ね。
これでは、レイアのやっていることと何も変わらない。
ああ、いや。それこそ今更か。
既に片棒を担がされている。
レイアと自分たちは、皆一様に共犯者なのだ。
「好き。ウィリー、大好き」
言葉だけの確認作業。
ヤクモは幸せそうに、ふにゃっと笑って繰り返してくる。
触れてくる熱い指先も、押し入ってくる彼の欲望も。
この男に抱かれることに悦びを覚えている自分も。
「ああ……ヤクモ」
なにもかも、これは。
「俺も、好きだ――」
そういう感情では、ない。
彼と同じ気持ちを返すことが出来ない。
返しているのは偽物の愛の言葉だけで、それに気付く様子もなくそんなものに浮かれて喜んでいるヤクモを見ているのは、いい加減つらかった。
上司の思惑など知ったことではない。
だいいち、よその世界から子供を拉致同然に連れてきて戦わせようっていうのがそもそも気に入らない計画だったのだ。
監視を誤魔化しやすいのは、ヤクモと体を重ねて眠りについてから、夜が明けるまでの間。
行為中はほぼ間違いなく第三者に見張られている。
その時間を使って調べるのは、勇者召喚の際レイアに力を貸したという、悪魔イグニス・ファトゥスについてだ。
要人のプライベートルームに忍び込むのは慣れたものだ。
ターゲットが今回は身内、上司であるレイアだというだけで、表向きの仕事となんら変わりはない。
彼女の持つ資料をわずかな時間だけ拝借して、持ち出さずに暗記して戻ることを繰り返した。
悪魔イグニス・ファトゥスに力を借りる場合、おおまかには三通りの方法から選ぶことになる。
レイアと同じ方法では、自分には人柱の用意が難しい。
現実的ではないだろう。
”契約”では、悪魔本体と契約者本人の二人だけしか世界を渡ることはできない。
つまりこれらの手段では、彼を別の世界に連れ帰ってやれないわけだ。
残るは、人間が悪魔イグニス・ファトゥスに融合し、主導権を自分が握ること。
今のところ、もっとも効率的な手段だ。
レイアの部屋で記憶してきた悪魔召喚の手順を整え、接触を試みる。
『……あら。あなた、いい香りがするわね』
夜闇の中にゆらりと浮かび上がった火の玉が、知らない女の声で話しかけてきた。
「読めねえ」
「じゃあなんで見てるんだよ」
「暇つぶしだ」
経験を重ねるごとにだんだんしつこくねちっこくなっていくセックスからようやく解放されて、俺はつい先ほどまで男を受け入れていたベッドで本のページを捲っていた。
このページで最後だ。
1ページ、目を通すのに3秒。本のページ数はたったの320。
ヤクモが風呂に行って戻ってくるまでのきっかり16分でちょうど一冊といったところか。
「おれが読み聞かせてやろっか?」
「いらん」
「またまたー。あ、そうだ。三章だったかな、たんぽぽコーヒーの作り方、挿絵付きでちゃんと載ってるんだぞ。えーと……」
「106ページ目だ」
俺の手から本を抜き取ったヤクモにそう言い添えてやると、彼は言われたとおりに106ページ目を捲った。
「ほんとだ。……って、読めてんじゃん」
「読めねえよ。飲み物の挿絵がついてるのはそこだけだろ」
「だからってページ数までは、数字が分からないと……まさかウィリー、全部覚えてんの? それを最初から数えて?」
「ああ。俺みたいな仕事してると、便利なスキルだ」
実際には、一瞬だけ見たものを覚えていられるのは一日か二日。
ほんのわずかな時間だけだ。
覚えていられるうちに何度も繰り返し思い出して、頭に焼き付けていくことで、頭の中にデータとして残る。
「スキルってったって、この世界にそういう身体能力強化~みたいなやつないじゃん。あるのはガイアと魔法だけで……」
「たまにな、そういう子供が生まれる。見たものすべてを記憶できるような……まあ、分類上は病の一種とされているが」
「なんか日本でも聞いたことある! カメラアイだったっけ、ゲームの名人とかにたまにいるって話」
「忘れられないってのは、それほどいいもんじゃないがな」
それだけ言って、ベッドに潜ろうとするヤクモの代わりにベッドから降りる。
自分もさっさと風呂に入って休もう。そう思って、ベッドの下に散らばった衣服に手を伸ばした。
浅いところに溜まっていた彼の精液が、下肢を伝う。
「うわ」
「なんだ?」
「ご、ごめん……あの……も一回、だめ?」
「……好きにしろ」
何に催したんだか知らないが、最近闇目討伐がないからって無茶しすぎじゃないか、これは。
降りたばかりのベッドの縁に膝を乗せる。
もうあと少しもすれば夜が明けてしまう。
さすがに断ってやったほうがよかったのだろうが、今はこれが自分の仕事だ。
「ウィリー、やらしい……」
背後から腕の中に閉じ込められ、尻たぶに彼の股間がぐり、と押し付けられる。
一晩で何度も発射され、かき出しすらできていないそこは女の性器のようにしとどに濡れていた。
やらしいもなにも、おまえの出したもんだからなそれ全部。
反論はベッドの中では飲み込むものだ。
本当に彼と恋仲だというならともかく、少なくとも自分にとっては勇者の夜伽を任されただけでしかないのだから。
首に噛みつかれ、彼の手が前に回される。
この一晩でさんざん強制的に絶頂に追いやられていたので、いくらなんでももう出ないだろう。
こちらの疲労などお構いなしに、無遠慮な手がそこを擦る。
「ひっ……! あ、待、ばか、あ、ん!」
だいたいおまえがヤりたいだけなんだから、俺のことなんか気にせずてきとうに突っ込んで出してりゃいいんだ。
これも口にはせず飲み込む。
いまはどのみち口を開けば嬌声にしかならないが。
「っあ、ああ……! は、あん……ああ……!」
男の上げるはしたない声にどうしたらそうも欲情できるのか、背中にぴったりくっついたヤクモは息を荒くしてがちがちに勃起させている。
「好きだ」
泣きたくなってきた。
仕事は順調そのもの、関係性も体の相性も良好、これだけ夢中になってくれているならなんの問題もないのに。
――悪いな、俺は別に好きでもなんでもないんだ。
そう返してやることがきっと、本当は彼のためなのだろう。
「あ、……っヤクモ、もっと……、いって」
後ろから穿とうとしてくる男を振り返って、その体を抱き寄せる。
快楽に溺れた自分の顔は、盲目的な恋をしている表情に見えるだろうか。
……仕事、ね。
これでは、レイアのやっていることと何も変わらない。
ああ、いや。それこそ今更か。
既に片棒を担がされている。
レイアと自分たちは、皆一様に共犯者なのだ。
「好き。ウィリー、大好き」
言葉だけの確認作業。
ヤクモは幸せそうに、ふにゃっと笑って繰り返してくる。
触れてくる熱い指先も、押し入ってくる彼の欲望も。
この男に抱かれることに悦びを覚えている自分も。
「ああ……ヤクモ」
なにもかも、これは。
「俺も、好きだ――」
そういう感情では、ない。
彼と同じ気持ちを返すことが出来ない。
返しているのは偽物の愛の言葉だけで、それに気付く様子もなくそんなものに浮かれて喜んでいるヤクモを見ているのは、いい加減つらかった。
上司の思惑など知ったことではない。
だいいち、よその世界から子供を拉致同然に連れてきて戦わせようっていうのがそもそも気に入らない計画だったのだ。
監視を誤魔化しやすいのは、ヤクモと体を重ねて眠りについてから、夜が明けるまでの間。
行為中はほぼ間違いなく第三者に見張られている。
その時間を使って調べるのは、勇者召喚の際レイアに力を貸したという、悪魔イグニス・ファトゥスについてだ。
要人のプライベートルームに忍び込むのは慣れたものだ。
ターゲットが今回は身内、上司であるレイアだというだけで、表向きの仕事となんら変わりはない。
彼女の持つ資料をわずかな時間だけ拝借して、持ち出さずに暗記して戻ることを繰り返した。
悪魔イグニス・ファトゥスに力を借りる場合、おおまかには三通りの方法から選ぶことになる。
レイアと同じ方法では、自分には人柱の用意が難しい。
現実的ではないだろう。
”契約”では、悪魔本体と契約者本人の二人だけしか世界を渡ることはできない。
つまりこれらの手段では、彼を別の世界に連れ帰ってやれないわけだ。
残るは、人間が悪魔イグニス・ファトゥスに融合し、主導権を自分が握ること。
今のところ、もっとも効率的な手段だ。
レイアの部屋で記憶してきた悪魔召喚の手順を整え、接触を試みる。
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