人生初の友達ができたので一緒に世界救ってきます (せかます)

す!ず!は!

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章1

幕間 【窓辺の月夜に読む話:契約】 (2)

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 ウィルとして透のもとに戻ると、透に対して急に態度が軟化した親戚家の者たちに、透はどうも居心地悪そうにしていた。

 これまで白い目を向けられていたのが、一転して金の生る木に大変身。
 それは扱いも変わるというものである。

(ウィルがいない間にね、俺の家、父さんのお友達に取り戻してもらってね)

『そうかそうか。……俺?』

(あ、うん。えへへ……やっぱり似合わないかな)

 これまで「僕」と言っていた透の一人称が、いつの間にか「俺」になっていた。

 まあ小学校に通っていれば、同じ年頃の子供たちと触れ合う機会は多い。
 周囲に影響されることもあるだろう。

『いいんじゃねえか』
(あのね、俺ね、ウィリアムさんみたいになりたくて)

『はあ? ……いや、それは、どうかと思うぞ』

(なんで?)

 その一人称は周囲に影響を受けたとかじゃなく、俺の真似か。

 託された子供を俺なんかに似せてしまったら藤次に顔向けができない。
 良い子に育つまで、ウィリアムの方の姿で透に会うのは控えることにしよう。



 日中は常に透の隣について行動し、透が眠ったら、一人で海外のねぐらに飛び、資金調達と対策を行う。
 アリアルのやつがこの国に巣を作るつもりなら、透を守るためにも自分の能力を正確に理解しておく必要がある。

 先代のイグニス・ファトゥスから引き継いだ情報をたよりに、しばし能力の開拓に勤しむ夜が続いた。
 ヤクモのように、またいつ透が勇者召喚などという茶番に巻き込まれないとも限らない。
 転移魔法陣の行き先から術者まで、その場で解析できるようになっておければ、少なくとも大事に至る前に自分がどうとでもしてやれるだろう。

 相変わらず透の、親戚家の者たちとの人間関係は微妙、というところ。

 透自身は少し明るくなったように思う。
 両親を失う前の彼を知らない自分の主観でしかないが。

 週末になると、透は転移で屋敷まで向かうようになった。
 しばらくは「またウィリアムさんが来てもいいように」と平日の夕方にも毎日のように屋敷中を掃除していたものだが、あれがそう頻繁に来れる人間ではないと気付いたのか、最近は土日に集中している。

 学校で家庭菜園の話を聞いてきた透が、庭に小さな畑を作った。
 植えるものは俺が調達してきて、袋ごと屋敷の玄関前に置いてやる。
 透は「ウィリアムさんからだ」と無邪気に思い込んで、畑の手入れのためまた毎日屋敷に通うようになった。

 いくら往復の道は俺が運んでやってるからといって、これは小学生の体力にはきついんじゃないだろうか。

 ……俺がだんだんと不安に思い始めた矢先、透は熱を出してぶっ倒れた。



 どうも菜園の世話で体力を消耗しながら転入先の学校に通い、そこでウイルスを拾ってきてしまったらしい。

 俺もろくに調べもせず、ホームセンターで家庭菜園用の野菜を売ってくれと店員に直接言ったのはまずかった。

 透が小さい間は、あまり手をかけずにすむイモ類、ししとうやみつばなんかから始めさせるのが良いだろう。
 体調が回復したら、家庭菜園をまだ続ける気か訊いて、続けるつもりならそのあたりを用意してやることにしよう。

 鶏、ねぎ、生姜などを買ってきて、スープを作る。
 砂糖はキッチンに置いてあった。

 砂糖水を煮詰めて飲料水を作るというのは、昔の同僚が熱を出した子供にやっていたことだった。
 独り身だとチキンスープはともかく、砂糖水までは作らない。
 聞きかじりの知識も役に立つものだ。

 ヤクモが寝込んだ時はそれこそ城に駐在しているお抱えの医師がつきっきりで対応していたし、まさか自分が子供の面倒を見る日が来るとは思わなかったが。

「インフルエンザだそうだ、そちらのお子さんは受験を控えているんだろう? 移してしまうとまずい。治るまで屋敷で面倒を見る」

 実体化ついでに親戚家に連絡を入れ、寝込んでいる透の氷枕を替えてやる。
 枕元にトレイで運んだチキンスープと飲み物を置いて、実体化を解いたところで、透が目を覚ました。

「……ウィルが作ってくれたの? ありがとう」

『食えるか』

「うん」

 半身を起こした透が、物珍しそうに砂糖水に口をつける。

 熱で思考力が低下しているのか、ウィルがどうやって作ったの、と疑問に思われることはなかったようだ。

 チキンスープを食べ始めて、透が小さく笑う。

「ウィルの住んでいたところは、風邪の時はおかゆじゃないんだね」

『おかゆ?』

「うん、風邪の時はおかゆなんだよ」

 そこまで気がまわらなかった。
 こういうところにも文化の違いがあるのか。

 独り身だと食事も自力で用意していたものだが、今となっては食事の必要もない身だ。
 久しぶりの調理だったが、調味料や食材が豊富なことに驚いたというだけで、勝手が大きく異なったわけではない。
 味も悪くはないはずだ。

 とはいえ、慣れないものを食べるのと、なじみ深いものを食べるのとでは違うものである。
 後で調べておいてやろう。

『食えないなら残していいぞ』

「ううん、おいしいよ」

 見た限りでは無理をして食べているというふうには見えない。

 無理をした結果がこの体調不良なので油断ならないが。

『薬は一人で飲めるか』

「うん、大丈夫」

 サイドテーブルに置いたビニール袋から、処方された薬を小さな手にひとつふたつ取り出して服用する。
 薬剤師からは、飲みづらいようならと言われて合わせて補助ゼリーを買ったが、不要だったらしい。

「父さんも母さんも、俺が風邪引いたら大騒ぎして大変だったんだよ。眠れなかった」

『……あー』

 なるほど、騒ぐだけ騒いでろくに世話ができなかったわけだ。
 そして透は毎度自力で治していたと。
 母親の方はあまり知らないままだったが、父親の方は愛する我が子が病に臥せったら子供の好む――そして胃に悪そうな脂っこい――食べ物を山ほど買ってきて与えそうである。

 おかゆとやらもコンビニで買ってきてもらっていたらしい。

「今日は、静かだなあ」

 透が寝込んでも、騒ぐような人間はもうこの屋敷には住んでいない。

 手のかからない子供は、再び横になって一人で目を閉じた。
 寝息が聞こえてきたら、コーヒーでもいれてくるとしよう。

 今日ばかりは、よそで稼いでくるわけにはいかない。
 長い夜を過ごす日は、ヤクモの残した本を読むのだ。

 分からない言葉をネットで調べて、少しずつ。
 窓に覗く月を眺めながら、何度も繰り返して。
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