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章1
箱庭世界のレヴィアタン(2)
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そこで、ルイーザが質問とばかりに手を挙げた。
アルスラッドが話しているあいだに、運ばれてきたケーキは既に彼女の胃の中だ。
「ぜんぜん関係ないんですけど、アルスラッドさんが塩じゃないってことはオフィスさんって女性なんですか?」
ルイーザはオフィス本人と対面したことはないが、ピンポイントで透が気になっていた部分を訊ねてくれた。
この状況で訊きづらいことを遠慮なく訊いてくれる。
「彼女は心は女性だよ。
その性質上、入れ替わり続けるしかできない存在なのさ」
僕はちゃんと本質の方を重視できる男だからね。
透には女の見た目のままで話し合いに参加しろと言ったはずの彼が、いけしゃあしゃあと信用ならない言葉を続けてくれた。
「ううん、分かったような分からないような……。
同じ悪魔? 精霊? のウィルさんはたまに実体化してくれますけど、ほかの皆さんにはそういえば会ったことないんですよねえ」
「私たちが一方的に視認しただけも含めるなら、一応アリアルもね」
「あれもどこまで本当の姿かわかんないじゃないですか」
医療チートの転生者だったリファスとの戦いに現れたあの女神の姿のことを指しているのだろう。
あれは確かに、いかにもな作り物の見た目をしていた。
女神像がぬるぬる動いてる、としかいいようがないあれではどこまで信じていいのやら、だ。
『なあに、アタシの話?』
そこに当の本人――オフィスが前触れなく現れて加わる。
透にしか見えないわけだが、頭の上でウィル以外の存在がいきなり話し始めるのにはまだちょっと慣れない。
「ああ、なるほど。
君たちは“この世界の支配者”の方を神と呼んで、透ちゃんを取り巻く存在たちのことは精霊ないし悪魔と呼んでいるわけか。
じゃあ僕も精霊と呼ばせてもらおうじゃないか」
いや、僕たちを惑わせる存在という意味では小悪魔かもしれないね!
アルスラッドの言葉にオフィスが乗っかる。
『ヤダ! 可愛いこと言ってくれるじゃない。
女慣れしてる感じがちょっといただけなかったけど、彼は彼でアリだったのよねえ』
目の前に前契約者が居るのだ。
関係性も良好だったようだし、ウィルのように実体化できるのなら実際に会って話してもいいんじゃないかと思ったが。
『いいの。アタシ、昔の男とは会わない主義だから』
念話にもしなかった透の考えを読みとって、オフィスはあっさりNOを告げた。
「さて。いろいろ話したけど……僕の訊きたい話は彼女のことと、透ちゃんの身の振り方だ」
透とオフィスのやりとりを知らないアルスラッドが、こちらに向き直る。
「君が彼女の力をどう使うのか。
透ちゃんは今後、どこに身を置くつもりなのか。
僕はそれを訊いておきたい」
「……待って。どこに、ってまるで私たちが今後どこかの組織に所属する前提みたいな言い方ね」
「ん? ああ、そうか」
僕はその言葉でもう答えをもらったようなものだけど、一応説明しておこうかな。
合間にコーヒーを一口啜って、アルスラッドが再び話し始める。
「この世界、現地民の間では、六属性の七神が揃ったときに供物の子が生まれ、子を神に捧げたものは創造神の使徒になれるっていう逸話があるの知ってる?」
供物の部分は話によっては“大いなる力をもたらす花の果実”だったりもするんだけど、まあざっくり言うと“神様の食べ物”だね。
そこまで聞いて、ウィルがああ、と声をあげた。
『……そういうことか。繋がったぜ』
いや、ウィル一人で納得されてもこっちは訳が分からない。
(どういうこと?)
『こいつもまだ喋る気みたいだし、話が終わっても詩絵里のやつがまだ気付かないようなら解説入れてやるよ』
「神の使徒になるとか、大いなる力をもたらす果実だとかはさすがにまともに信じてる人いないと思うんだけど……七人の神を揃える、っていうのが奇しくも転生者たちの登場によって現実味帯びてきてる感じでね」
「なるほど、Sスキルね」
まだしばらく話が続くとみたルイーザが、ちゃっかり追加でケーキを注文している。
この町も乙女ゲームの舞台だっただけあって、他の町と比べてスイーツのたぐいの解像度だけやたら高い。
よそでは香辛料が異様に高価だったり製紙技術が遅れていたりと、いわゆる異世界ものによくある世界観だというのに、地域による格差が凄まじいなと思わされる。各転生者の事情にあわせた継ぎ接ぎの世界観だ。
「そうそう。その七人の神を揃える、っていうのを実施しようとしてたカルト教団があったんだけど……そこに一部の転生者たちが便乗しちゃって」
「それって、この間私たちが話した、種子を使って何かしようとしていた組織のことかしら」
透とウィルのことがオフィス経由である程度知られていて、転生者相手では最も秘すべき情報でもあるオフィスによる回復魔法も元契約者の前には意味のないことだ。
先日のような腹のさぐり合いはいったん中断。
詩絵里が声をひそめながら、前のめりにアルスラッドに訊き返す。
「うん。君たちから情報貰って、その組織を僕も調べてみたんだけど……おおもとの組織は、陽光聖教会。
太陽の神と月の女神がまつられていて、さっきの逸話も神にひと目会いたいっていうこの世界の信者たちが自分たちだけで元々頑張ってたみたいだね」
「……で、そこに、転生者ゲームのスタート時に会ったあの“神様”と再会してもう一回話や交渉をしたい連中……転生者が参入した、と」
「転生者たちの知恵を借り、教会の人間たちは“種子”の採取に成功。
十四人のSスキル転生者のうち誰かが倒され、その際にもう片方の転生者がその種を拒否した場合、Sスキルは種子として回収が可能になるというものが実験の結果明らかになった」
頭脳派の面子二人が答え合わせをするようによどみなく話を進めていくのを、透は見ているだけである。
どのみちこの姿では喋れるわけでもないのだが、情報源であるアルスラッドの希望で同席しているため自分だけお暇するわけにはいかない。
「オフィスから訊いた話なんだけど、彼女たちにとって、人間の中には一定数すごくおいしそうに見える人間っていうのがいるらしいじゃないか」
なんとなく話に入れていない気分を味わい始めたころ、ふと透に馴染みの深い話題が出てきた。
ウィルにも何度も言われてきた。
“それ”に該当する人間は、今は自分だ。
「で、これ見よがしに六人の精霊と同じ数、似た系統のスキルの種。
詩絵里ちゃんはもう分かるよね?」
「……神――アリアルは、ゲームを通してこの世界に透くんと同じような存在を作り出そうとしてる」
詩絵里の言葉で続けられた推測に、ウィルが隣で『ビンゴ』と呟いた。
アルスラッドが話しているあいだに、運ばれてきたケーキは既に彼女の胃の中だ。
「ぜんぜん関係ないんですけど、アルスラッドさんが塩じゃないってことはオフィスさんって女性なんですか?」
ルイーザはオフィス本人と対面したことはないが、ピンポイントで透が気になっていた部分を訊ねてくれた。
この状況で訊きづらいことを遠慮なく訊いてくれる。
「彼女は心は女性だよ。
その性質上、入れ替わり続けるしかできない存在なのさ」
僕はちゃんと本質の方を重視できる男だからね。
透には女の見た目のままで話し合いに参加しろと言ったはずの彼が、いけしゃあしゃあと信用ならない言葉を続けてくれた。
「ううん、分かったような分からないような……。
同じ悪魔? 精霊? のウィルさんはたまに実体化してくれますけど、ほかの皆さんにはそういえば会ったことないんですよねえ」
「私たちが一方的に視認しただけも含めるなら、一応アリアルもね」
「あれもどこまで本当の姿かわかんないじゃないですか」
医療チートの転生者だったリファスとの戦いに現れたあの女神の姿のことを指しているのだろう。
あれは確かに、いかにもな作り物の見た目をしていた。
女神像がぬるぬる動いてる、としかいいようがないあれではどこまで信じていいのやら、だ。
『なあに、アタシの話?』
そこに当の本人――オフィスが前触れなく現れて加わる。
透にしか見えないわけだが、頭の上でウィル以外の存在がいきなり話し始めるのにはまだちょっと慣れない。
「ああ、なるほど。
君たちは“この世界の支配者”の方を神と呼んで、透ちゃんを取り巻く存在たちのことは精霊ないし悪魔と呼んでいるわけか。
じゃあ僕も精霊と呼ばせてもらおうじゃないか」
いや、僕たちを惑わせる存在という意味では小悪魔かもしれないね!
アルスラッドの言葉にオフィスが乗っかる。
『ヤダ! 可愛いこと言ってくれるじゃない。
女慣れしてる感じがちょっといただけなかったけど、彼は彼でアリだったのよねえ』
目の前に前契約者が居るのだ。
関係性も良好だったようだし、ウィルのように実体化できるのなら実際に会って話してもいいんじゃないかと思ったが。
『いいの。アタシ、昔の男とは会わない主義だから』
念話にもしなかった透の考えを読みとって、オフィスはあっさりNOを告げた。
「さて。いろいろ話したけど……僕の訊きたい話は彼女のことと、透ちゃんの身の振り方だ」
透とオフィスのやりとりを知らないアルスラッドが、こちらに向き直る。
「君が彼女の力をどう使うのか。
透ちゃんは今後、どこに身を置くつもりなのか。
僕はそれを訊いておきたい」
「……待って。どこに、ってまるで私たちが今後どこかの組織に所属する前提みたいな言い方ね」
「ん? ああ、そうか」
僕はその言葉でもう答えをもらったようなものだけど、一応説明しておこうかな。
合間にコーヒーを一口啜って、アルスラッドが再び話し始める。
「この世界、現地民の間では、六属性の七神が揃ったときに供物の子が生まれ、子を神に捧げたものは創造神の使徒になれるっていう逸話があるの知ってる?」
供物の部分は話によっては“大いなる力をもたらす花の果実”だったりもするんだけど、まあざっくり言うと“神様の食べ物”だね。
そこまで聞いて、ウィルがああ、と声をあげた。
『……そういうことか。繋がったぜ』
いや、ウィル一人で納得されてもこっちは訳が分からない。
(どういうこと?)
『こいつもまだ喋る気みたいだし、話が終わっても詩絵里のやつがまだ気付かないようなら解説入れてやるよ』
「神の使徒になるとか、大いなる力をもたらす果実だとかはさすがにまともに信じてる人いないと思うんだけど……七人の神を揃える、っていうのが奇しくも転生者たちの登場によって現実味帯びてきてる感じでね」
「なるほど、Sスキルね」
まだしばらく話が続くとみたルイーザが、ちゃっかり追加でケーキを注文している。
この町も乙女ゲームの舞台だっただけあって、他の町と比べてスイーツのたぐいの解像度だけやたら高い。
よそでは香辛料が異様に高価だったり製紙技術が遅れていたりと、いわゆる異世界ものによくある世界観だというのに、地域による格差が凄まじいなと思わされる。各転生者の事情にあわせた継ぎ接ぎの世界観だ。
「そうそう。その七人の神を揃える、っていうのを実施しようとしてたカルト教団があったんだけど……そこに一部の転生者たちが便乗しちゃって」
「それって、この間私たちが話した、種子を使って何かしようとしていた組織のことかしら」
透とウィルのことがオフィス経由である程度知られていて、転生者相手では最も秘すべき情報でもあるオフィスによる回復魔法も元契約者の前には意味のないことだ。
先日のような腹のさぐり合いはいったん中断。
詩絵里が声をひそめながら、前のめりにアルスラッドに訊き返す。
「うん。君たちから情報貰って、その組織を僕も調べてみたんだけど……おおもとの組織は、陽光聖教会。
太陽の神と月の女神がまつられていて、さっきの逸話も神にひと目会いたいっていうこの世界の信者たちが自分たちだけで元々頑張ってたみたいだね」
「……で、そこに、転生者ゲームのスタート時に会ったあの“神様”と再会してもう一回話や交渉をしたい連中……転生者が参入した、と」
「転生者たちの知恵を借り、教会の人間たちは“種子”の採取に成功。
十四人のSスキル転生者のうち誰かが倒され、その際にもう片方の転生者がその種を拒否した場合、Sスキルは種子として回収が可能になるというものが実験の結果明らかになった」
頭脳派の面子二人が答え合わせをするようによどみなく話を進めていくのを、透は見ているだけである。
どのみちこの姿では喋れるわけでもないのだが、情報源であるアルスラッドの希望で同席しているため自分だけお暇するわけにはいかない。
「オフィスから訊いた話なんだけど、彼女たちにとって、人間の中には一定数すごくおいしそうに見える人間っていうのがいるらしいじゃないか」
なんとなく話に入れていない気分を味わい始めたころ、ふと透に馴染みの深い話題が出てきた。
ウィルにも何度も言われてきた。
“それ”に該当する人間は、今は自分だ。
「で、これ見よがしに六人の精霊と同じ数、似た系統のスキルの種。
詩絵里ちゃんはもう分かるよね?」
「……神――アリアルは、ゲームを通してこの世界に透くんと同じような存在を作り出そうとしてる」
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