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章1
箱庭世界のレヴィアタン(1)
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嫉妬の種の閉じこめられた氷塊をアイテムボックスに収納しながら、アルスラッドがあっと思い出したように声を上げる。
「そうだ、僕ちょっと透ちゃんに訊きたいことができたんだけど、このあとお茶でもどう?
通訳係として、詩絵里ちゃんも一緒に」
「通訳って……」
「いやあ、男の格好だとちょっと喋る気失せるっていうか」
アルスラッドの言動は、ここまで完全にナンパ男のそれである。
さりげなく、勝宏が透を庇うような位置に移動してきた。
「こちらは全員同席で、そっちはあなた一人ってことなら構わないけれど?」
「手厳しい! せめてそっちの男は抜きにしてくれないかな?」
詩絵里の提示した条件に対し、勝宏に視線をやったアルスラッドが食い下がる。
「理由によるわね」
「こう言えば納得してくれるかい?
――透ちゃんといつも一緒にいる、火の神様も男神だろう。
確か金髪なんだったかな。そっちは男でも、別についてきてくれて構わないよ」
このパーティーメンバーでもトップシークレットに掠るような情報を、アルスラッドが何食わぬ顔で口にした。
そのうえで、勝宏に来てほしくないということは――おそらく彼は、アリアルについての情報を持ち込んできたのだろう。
勝宏がアリアルに関わりがあるということも理解したうえで。
「仕方ない……か。勝宏くん、申し訳ないんだけど少し席を外しておいてくれる?」
「けど、詩絵里」
「何かあったら、透くんはすぐウィルに避難させるわ。勝宏くんはそのあと助太刀に来てくれればいいの」
「……わかった、待ってる」
一応情報提供しあった仲なのに信用ないなあ、と、こちらのやりとりにアルスラッドが笑っている。
「それじゃあ、私たちは行きましょうか。彼がお茶代は出してくれるらしいし」
「もちろん。僕が誘ったんだからそれくらいはするさ。……ああ、それと君」
勝宏のことは名前ですら呼ばない。相変わらず男相手には塩対応のようだ。
だったら透はなんなんだという話だが。
「俺か?」
「早く隠れるなりなんなりしないと、たぶん事後処理に巻き込まれるよ」
言うだけ言って、アルスラッドが取り出したマントにスキルを使った。
途端、確かにそこにいるはずなのに彼の存在が急に希薄になる。
それからルイーザと詩絵里をマントで覆い、左腕で透の肩を抱いた。
ここまで流れるように自然な所作で、女性のエスコートに慣れているスマートな男性ってこういうのをいうんだなと透はつい感心してしまったわけだが。
次の瞬間。
「うわっ! な、何――」
町の英雄だ、という歓声とともに押し寄せてきた住民たちによって、勝宏はあっというまに人垣の向こうに見えなくなっていった。
----------
アルスラッドのエスコートのもと、騒然としていた町中をなんなくくぐり抜けて、透たちは喫茶店に到着した。
町中に突然現れた怪物――アマリアを詩絵里が幻術で包んだだけだが――の件と再びのアンデッド騒動、ならびに分かりやすい町の英雄の誕生で浮き足立っている人が多いなかで、酒場を選ぶわけにはいかない。
「すごいわね。最初のアンデッド騒動で持ち上げられてた透くんまで……隠蔽魔法のたぐいじゃなかったわ。
スキルの応用かしら?」
「そうそう。僕のスキルは付与系だからね」
四人用のテーブル席でお茶と、ルイーザだけ加えてケーキセットも注文している。
アルスラッドの奢りだというので、貰えるものは貰っておこうの精神なのだろう。
「まず、どうして僕が透ちゃんの側に火の神がいると気付いたか、から話そうか」
注文分が届いてから、彼が切り出した。
「闇と再生の神、ウロヴォロス・オフィス。
透ちゃんはもう出会っているだろう? 僕は彼女の前回の契約者なのさ」
どうりで、と側でウィルが呟いたのが聞こえた。
「君たちと前に話したことがあっただろう。あの時はまだ彼女は僕と繋がりがあったんだよ。
透ちゃんの側にずっと控えていた男――火の神のことも分かっていたんだ」
彼女自身はその場にはいなかったんだけど、なんとなく気配で分かるんだよ。と、彼が続ける。
ウィルが以前、このへんはオカマくさい、とか言ってたのと同じような感じだろうか。
「もちろん、彼女自身から話を聞いているものもあるけどね。
……僕は、彼女へ願ったものの対価として彼女の提示した条件を呑んだ。
条件は、彼女が契約者を見つけるまで、この世界に転移するための媒介になること」
考え込むような仕草の詩絵里の横で透が首を傾げていると、ウィルが横で補足してくれた。
『……俺はそもそもがそういう能力特化だから関係ないが、基本的にほかの属性の連中は世界間の移動を行うのには制約がある。
たとえばセイレンは今自分が存在する世界の水――水素を、一片だけでも転移先の世界に持ち込まないとその世界には介入できない……とかな』
つまり、地球に住んでいたセイレンがこちらの世界に移動するためには透やウィルがあちらから水をこちらに持ち込まないといけない、と。
『カルブンクは鉱物を介して、だな。
隕石に乗ってくるとかもできるが、異世界の金塊に憑依して地球に持ち込まれた際にそれをマーカーにするとか』
……ひょっとしなくても、この世界にウィルたちの種族6人が大集合している原因はほとんど透にあるのではないだろうか。
あちらの世界から持ち込んだ品々のことを思い返してみる。
鉱物なんて、透の靴底に小石でも挟まっていたらそれだけでマーカー設置完了である。
『アリアルは、自分の箱庭の中ならまた話は別だが、基本的には物語の間を自由に移動する。
同じ物語の存在する文明レベルならどこへでも行ける。“同じ”の細かい基準までは知らねえが』
ウィル先生の解説が透の頭にだけ副音声で流れながら、アルスラッドの話が続く。
「彼女にとっては腹の足しにはならない条件だっただろうけどね」
『こいつだって実際に食われたわけじゃねえんだから、悪い取引じゃなかったはずだぜ。
俺らからしてみれば、一度マーカーに使ってから食うってこともできたんだからよ』
そういえば、悪魔に食べられるとその魂は転生することもできなくなるのだったか。
きっちり働きの分だけ対価をいただくと言っていたオフィスのことだ、アルスラッドの最初の願いも意外とささいなものだったのかもしれない。
「僕はこのゲームに選定される前に、彼女と接触した――いや、ちょっと違うかな。
彼女の依頼を受けて、彼女に協力するために、あえて自分の意志で選定されたんだ」
そこで、詩絵里が口を挟んだ。
「自ら進んで死を選んだってこと? あなた、そんなタイプじゃなさそうだけど」
「あはは、詩絵里ちゃんはよく分かってるね。もちろんタダじゃない」
「なるほど。あなたは日本で自分の命を代償にするほどの願いを叶え、オフィスはあなたを食らって取引完了になるはずがそうはせず、こちらの世界へ介入するための媒介になるようあなたに指示したと」
「そういうこと」
なんの願いを叶えたかまでは、ここで話すつもりはないのだろう。
「そういうわけで、しばらく僕と彼女は運命共同体のような関係でいたんだけど……少し前から彼女と連絡が取れなくなってね。
ギブアンドテイクが口癖のひとだったから、きっとようやく正式な契約者が見つかったんだろうと思っていたんだけど」
ひと呼吸おいて、アルスラッドが透の方を見た。
「別件で嫉妬の種の行方を追っていたら、僕の神様は透ちゃんのそばにいた、というわけさ」
「そうだ、僕ちょっと透ちゃんに訊きたいことができたんだけど、このあとお茶でもどう?
通訳係として、詩絵里ちゃんも一緒に」
「通訳って……」
「いやあ、男の格好だとちょっと喋る気失せるっていうか」
アルスラッドの言動は、ここまで完全にナンパ男のそれである。
さりげなく、勝宏が透を庇うような位置に移動してきた。
「こちらは全員同席で、そっちはあなた一人ってことなら構わないけれど?」
「手厳しい! せめてそっちの男は抜きにしてくれないかな?」
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「理由によるわね」
「こう言えば納得してくれるかい?
――透ちゃんといつも一緒にいる、火の神様も男神だろう。
確か金髪なんだったかな。そっちは男でも、別についてきてくれて構わないよ」
このパーティーメンバーでもトップシークレットに掠るような情報を、アルスラッドが何食わぬ顔で口にした。
そのうえで、勝宏に来てほしくないということは――おそらく彼は、アリアルについての情報を持ち込んできたのだろう。
勝宏がアリアルに関わりがあるということも理解したうえで。
「仕方ない……か。勝宏くん、申し訳ないんだけど少し席を外しておいてくれる?」
「けど、詩絵里」
「何かあったら、透くんはすぐウィルに避難させるわ。勝宏くんはそのあと助太刀に来てくれればいいの」
「……わかった、待ってる」
一応情報提供しあった仲なのに信用ないなあ、と、こちらのやりとりにアルスラッドが笑っている。
「それじゃあ、私たちは行きましょうか。彼がお茶代は出してくれるらしいし」
「もちろん。僕が誘ったんだからそれくらいはするさ。……ああ、それと君」
勝宏のことは名前ですら呼ばない。相変わらず男相手には塩対応のようだ。
だったら透はなんなんだという話だが。
「俺か?」
「早く隠れるなりなんなりしないと、たぶん事後処理に巻き込まれるよ」
言うだけ言って、アルスラッドが取り出したマントにスキルを使った。
途端、確かにそこにいるはずなのに彼の存在が急に希薄になる。
それからルイーザと詩絵里をマントで覆い、左腕で透の肩を抱いた。
ここまで流れるように自然な所作で、女性のエスコートに慣れているスマートな男性ってこういうのをいうんだなと透はつい感心してしまったわけだが。
次の瞬間。
「うわっ! な、何――」
町の英雄だ、という歓声とともに押し寄せてきた住民たちによって、勝宏はあっというまに人垣の向こうに見えなくなっていった。
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アルスラッドのエスコートのもと、騒然としていた町中をなんなくくぐり抜けて、透たちは喫茶店に到着した。
町中に突然現れた怪物――アマリアを詩絵里が幻術で包んだだけだが――の件と再びのアンデッド騒動、ならびに分かりやすい町の英雄の誕生で浮き足立っている人が多いなかで、酒場を選ぶわけにはいかない。
「すごいわね。最初のアンデッド騒動で持ち上げられてた透くんまで……隠蔽魔法のたぐいじゃなかったわ。
スキルの応用かしら?」
「そうそう。僕のスキルは付与系だからね」
四人用のテーブル席でお茶と、ルイーザだけ加えてケーキセットも注文している。
アルスラッドの奢りだというので、貰えるものは貰っておこうの精神なのだろう。
「まず、どうして僕が透ちゃんの側に火の神がいると気付いたか、から話そうか」
注文分が届いてから、彼が切り出した。
「闇と再生の神、ウロヴォロス・オフィス。
透ちゃんはもう出会っているだろう? 僕は彼女の前回の契約者なのさ」
どうりで、と側でウィルが呟いたのが聞こえた。
「君たちと前に話したことがあっただろう。あの時はまだ彼女は僕と繋がりがあったんだよ。
透ちゃんの側にずっと控えていた男――火の神のことも分かっていたんだ」
彼女自身はその場にはいなかったんだけど、なんとなく気配で分かるんだよ。と、彼が続ける。
ウィルが以前、このへんはオカマくさい、とか言ってたのと同じような感じだろうか。
「もちろん、彼女自身から話を聞いているものもあるけどね。
……僕は、彼女へ願ったものの対価として彼女の提示した条件を呑んだ。
条件は、彼女が契約者を見つけるまで、この世界に転移するための媒介になること」
考え込むような仕草の詩絵里の横で透が首を傾げていると、ウィルが横で補足してくれた。
『……俺はそもそもがそういう能力特化だから関係ないが、基本的にほかの属性の連中は世界間の移動を行うのには制約がある。
たとえばセイレンは今自分が存在する世界の水――水素を、一片だけでも転移先の世界に持ち込まないとその世界には介入できない……とかな』
つまり、地球に住んでいたセイレンがこちらの世界に移動するためには透やウィルがあちらから水をこちらに持ち込まないといけない、と。
『カルブンクは鉱物を介して、だな。
隕石に乗ってくるとかもできるが、異世界の金塊に憑依して地球に持ち込まれた際にそれをマーカーにするとか』
……ひょっとしなくても、この世界にウィルたちの種族6人が大集合している原因はほとんど透にあるのではないだろうか。
あちらの世界から持ち込んだ品々のことを思い返してみる。
鉱物なんて、透の靴底に小石でも挟まっていたらそれだけでマーカー設置完了である。
『アリアルは、自分の箱庭の中ならまた話は別だが、基本的には物語の間を自由に移動する。
同じ物語の存在する文明レベルならどこへでも行ける。“同じ”の細かい基準までは知らねえが』
ウィル先生の解説が透の頭にだけ副音声で流れながら、アルスラッドの話が続く。
「彼女にとっては腹の足しにはならない条件だっただろうけどね」
『こいつだって実際に食われたわけじゃねえんだから、悪い取引じゃなかったはずだぜ。
俺らからしてみれば、一度マーカーに使ってから食うってこともできたんだからよ』
そういえば、悪魔に食べられるとその魂は転生することもできなくなるのだったか。
きっちり働きの分だけ対価をいただくと言っていたオフィスのことだ、アルスラッドの最初の願いも意外とささいなものだったのかもしれない。
「僕はこのゲームに選定される前に、彼女と接触した――いや、ちょっと違うかな。
彼女の依頼を受けて、彼女に協力するために、あえて自分の意志で選定されたんだ」
そこで、詩絵里が口を挟んだ。
「自ら進んで死を選んだってこと? あなた、そんなタイプじゃなさそうだけど」
「あはは、詩絵里ちゃんはよく分かってるね。もちろんタダじゃない」
「なるほど。あなたは日本で自分の命を代償にするほどの願いを叶え、オフィスはあなたを食らって取引完了になるはずがそうはせず、こちらの世界へ介入するための媒介になるようあなたに指示したと」
「そういうこと」
なんの願いを叶えたかまでは、ここで話すつもりはないのだろう。
「そういうわけで、しばらく僕と彼女は運命共同体のような関係でいたんだけど……少し前から彼女と連絡が取れなくなってね。
ギブアンドテイクが口癖のひとだったから、きっとようやく正式な契約者が見つかったんだろうと思っていたんだけど」
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