ショートショート【朗読台本用】

神山叶花(さゆか)

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『あのとき、好きだと言えたなら』

あのとき、好きだと言えたなら(約10分、女性目線)

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高校二年の冬。
彼と私は、いつも同じ時間に同じバスに乗っていた。

話したことなんて、ほとんどない。
でも毎朝、窓際の席で、彼の横顔を見るのが日課だった。

黒いイヤホンを片耳だけにつけて、外をぼんやり眺めている彼。
その瞳に、私は一度でいいから映りたかった。



ある朝、バスがいつもより混んでいて、私は彼の隣に座ることになった。

心臓がうるさくて、息がうまくできなかった。
彼はイヤホンを外して、「寒いね」って笑った。

それだけの言葉なのに、胸の奥がじんわり温かくなった。
たった一言で、一日が輝いて見えた。

あの日から私は、少しだけ勇気を出せるようになった。

「その曲、好きなんだ?」
「…え?ああ、うん。落ち着くから。」

会話はほんの数秒。でも、その積み重ねが嬉しかった。



三学期の終わり頃、彼が急にバスに乗ってこなくなった。

風邪かな、遅刻かな、そう思っていた。

でも、それは違った。

友達から聞いた。
彼が、家族の都合で急に引っ越したって。

何も言わずに、急に、いなくなった。

あっけなかった。
何も言えなかった。

「好きだったのに」なんて、心の中で何度も叫んだ。

彼が使っていたバス停のベンチに座って、泣いた。

冷たい風が吹いても、涙は止まらなかった。



それから一年が過ぎて、春。
高校生活の最後の桜が咲いたころ。

偶然、駅前の本屋で彼を見つけた。

髪が少し伸びていて、大人っぽくなっていたけれど、すぐに分かった。

声をかけようとした、そのとき。

隣に、女の子がいた。

笑って、彼の腕にそっと触れたその子に、彼は優しく微笑んでいた。

私の中の「もしも」は、そこで静かに終わった。



帰り道、風が桜の花びらを舞わせていた。

私は、そっと呟いた。

「あのとき、好きって言えてたら、何か変わってたのかな」

でも、言えなかったからこそ、
あの数秒の会話が、今でも大切に思えるのかもしれない。

彼がくれた小さな優しさを、私はずっと、忘れない。

それで、いい。
それだけで、よかったんだと思う。

———本当は、言いたかったけどね。

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