西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

文字の大きさ
57 / 69

番外編 硝子の城の朝食

しおりを挟む
     東京の朝は、西伊豆のそれよりもずっと白くて、無機質。

  地上四十階、遮るもののない大窓から差し込む陽光は、毛足の長い絨毯を白く焼き、壁に掛けられた悪趣味な極彩色の絵画をいっそう毒々しく浮かび上がらせている 。


 あたしは、シルクのシーツの海から這い出し、隣で眠るお兄様の胸に顔を埋めた。

  くんくん、と鼻を鳴らす。

  高級な柔軟剤の匂いと、その奥に潜む、熟れすぎた果実のような甘い腐敗の香り 。

  お兄様の身体から立ち昇るこの匂いを嗅ぐだけで、あたしの内臓はきゅうと可愛らしく鳴いて、世界で一番の幸福に包まれる。


「……おはよう、世璃」


 お兄様の低い、チェロのような声が頭上で響いた 。 

 大きな手が、あたしの背中をゆっくりとなぞる。

  その指先には黒く鋭い爪が宿り、以前よりもずっと硬質で冷たい、陶器のような肌が心地いい 。



「おはよう、お兄様。……あたし、お腹が空いちゃった」


 あたしがおねだりするように見上げると、お兄様は金色の瞳を細めて微笑んだ 。 

 その左足――シーツの下で異様に太く、脈打っている魔人の足が、あたしの足を愛おしそうに絡めとる 。

  人間であることを辞め、あたしと同じ闇を選んでくれたお兄様 。 

 あたしたちは今、かつて那美が夢見ていた「お城」よりも、ずっと完璧で安全な場所にいるのだ 。





 コン、コン。

  控えめなノックの音がして、執事姿の犬飼が入ってきた 。

  かつてのギラついた刑事の面影は消え、今では魂の抜けた老犬のように、恭しく銀のトレイを掲げている 。



「お目覚めのお飲み物でございます」

 トレイの上には、クリスタルグラスに注がれた「新鮮な赤い飲み物」が揺れていた 。

  今朝の獲物は、深夜のデリバリーで迷い込んだ、若くて健康的な配達員だったかしら 。

  不純物のない、透き通った鉄の匂い。



 お兄様はグラスを取り、まずあたしの唇に端を当てた。

  あたしは小鳥のようにそれを受け取り、甘美な熱を喉へと流し込む。


「美味しい……。お兄様、あまいよ」

「よかった。世璃が喜ぶのが、僕の何よりの栄養だからね」


 お兄様はあたしの唇に残った一滴を、自らの舌で丁寧に掬い取った 。 

 それから、窓の外に広がる一千万人の命の海を、愛おしそうに見下ろす 。


「見てごらん、世璃。今日もたくさんのご飯が、僕たちのために生きているよ」 


「うん。お兄様、次は誰を招待しようか? 欲張りで、お肉が柔らかそうな人?」 


「そうだね。……焦ることはない。時間は、あたしたちだけのものだ」 



     お兄様があたしを後ろから抱きしめ、鋭い爪で髪を梳いてくれる 。

  ガラスの塔の頂上で、あたしたちは互いの体温を確認し合う。 


 外の世界なんて、うるさくて、汚くて、退屈なだけ 。 

 この閉ざされた城で、愛しいお兄様と二人、人を喰らって愛を成す。



 あたしたちの饗宴は、まだ始まったばかり。  東京の空は、どこまでも白く、あたしたちを祝福するように輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...